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まきた@VetEpi

酪農学園大学をベースに、発展途上国と日本の獣医疫学に取り組む獣医師のブログです。

オハイオの学生のホームステイ

2012-06-29 22:08:18 | 異文化
6月23日(土)、24日(日)。

アメリカのオハイオ州立大学獣医学部から、ローラという女学生をホームステイで受け入れました。
日本に来た当初は緊張していたようで、真面目なせいもあり、一時体調を崩していましたが、ホームステイの頃には元気になってくれました。

土曜日は、学生も呼んで一緒に庭でバーベキューをしました。ウチの学生と、日本人とアメリカ人の恋愛観について語っていたのが面白かったです。日本人は異性を「好き」になるけど、「愛してる」とは言わない。「好き」すら、言葉に出すと薄っぺらく感じる。これに対して、「どうして愛してる」と伝えないのか不思議に思うローラ。このように、異文化を自然にぶつけ合って話している若者たちが微笑ましかったです。

日曜日には、小さな私たちの教会に連れて行きました。言葉の壁はあったとは思いますが、楽しく過ごせたようです。午後はまた学生と札幌市内へ。夜までいろいろ見て回り、買い物も出来ました。まだ英語が堪能ではない4年生も、絵葉書を探しにロフトに連れて行ってくれて、貢献していました。ローラはうちの犬、ふくちゃんに「カワイー!」と言って可愛がってくれたし、始終ポジティヴで、本当に偉かったです。

2週間前には、同じくオハイオの獣医大学進学に備えるプレ大学であるフィンドレー大学からティーンエイジャーが泊りに来ていました。コートニーという静かな子でしたが、それなりに異文化を吸収し、楽しんでくれたようでした。いつかこの学生たちが、日本とアメリカの友好の懸け橋になってくれるよう期待したいものです。


ボルシチ

2012-02-14 22:47:39 | 異文化
2012年2月8日

酪農学園大学に、ロシア極東農業大学から、学生5名と引率者1名の6名が来学し、2週間の研修を受けました。一週目はカルチャーショックで、特になかなか日本食になじめない子がいて、疲れも出ていたので、酪農大の学生も一緒に我が家に招待してボルシチをご馳走しました。

このボルシチ、欠かせないのがキャベツと何よりビーツという野菜です。切ると中身は赤く、この色で煮汁も赤くなります。

しかしながら、なかなかビーツを売っているお店はないので、ロシア領事館に電話をして聞き出しました。前日になんとか購入に成功し、ロシアの学生さんが来るまでに煮ておき、最後の味の調整はお任せしました。

それはそれは、とても喜んでくれました。日本人だって、慣れない海外で日本食を食べるとほっとしますからね。

札幌も、雨で暑さ和らぐ

2010-08-24 19:11:19 | 異文化
8月24日(火)。

涼しいナイロビから比べて、日本に帰ってきたら札幌はうだるように暑かったです。アパートにクーラーも扇風機もないのも効いたけど、冬の寒さに耐える設計が、逆に暑い室温を保温しているようで暑かった。。。

本州の皆さんには申し訳ないけど、いやあ、雨が降ったら一気に爽やかになりました。これからもう暑さは戻って来ないのかもね。それはそれで、やはり寂しい気がします。初めて味わう北海道の四季。楽しみではあります。

ケニヤで身の回り品を処分するコツ

2010-07-31 01:09:25 | 異文化
7月30日(金)。

身の回り品を処分することは、海外勤務、留学をする人にとっては、必ず通らなければならないことです。処分する時、日本人の間で売ったり譲ったりするのが一番楽ですが、中には私たちのように、各国の人たちやケニヤ人に売ることが必要な環境にいる人たちもいます。

先週友人のフランス人に、丁度いいアドバイスをもらったので、今日は難なく裁くことが出来ました。

鉄則として、

1.ケニヤ人には、前以て数日前から処分する日を知らせてはいけない
2.基本的に「早いもん勝ち」のルールがある

という2点は必ずわきまえておかなければなりません。

数週間前、イルリに住んでいたオランダ人の家族が、処分の2日前に、処分品のリストと処分の日時をメールで職場に流しました。

すると、、、

事務方の現地採用職員、博士号を持った科学者もこぞって家に押し寄せ、家の中に入ってきては品物を見せろ、これは俺によこせ、私によこせ、という大騒ぎが二日間続きました。小さい子が3人いて、お母さんが、

「時間を指定したじゃない、出てって!」

と叫んでもお構いなし。。。恐ろしいことになりました。当日時間が来てバザーが始まると、あちらこちらで争いが始まり、まるで巣に群がる蜂のようだったと。。。友人は言っていました。

私は決して人種差別やそういうことで書いているのではないのですが、文化人類学的、社会学的アプローチが獣医学にも必ず必要だという意見は、こういう事例を見ると誠に本当だなと感じます。

友人のアドバイス通り、妻と前日から綿密に計画を詰め、本日午後2時に一斉メールを流し、4時にバザーを開きました。

メールを出した後すぐにこの「早いもん勝ちルール」の存在に気が付いたのですが、プリペイド携帯のお金が切れて妻に前以て忠告することが出来ませんでした。午後3時55分に住んでいる家に戻ってみると(職場の敷地内)、やはりフライングで押しかけていた女性がいて、妻がすでに一番の目玉商品の電子レンジを渡していました。。。時間通り来た人たち、ちょっと遅れて来た人たちは、かなり残念そうでしたが、全く争いなく終わりました。

何故だか分かりますか?

早いもん勝ちルール

が最も尊重されるからではないのかと、私は思います。

ですから、これからケニヤに住まれる予定のある人は、今から日本でも、早いもん勝ちの練習をしておいて下さい。日本で人間関係に支障を来たしても、当方では責任を負いかねますので悪しからず。


あのう、日本人の方ですか??

2010-04-24 22:44:24 | 異文化
4月24日(土)。

今日ではないんですが、数日前、ヨ○バシカメラでインターネット等の情報を聞いていたら、いきなり、
「お客さん、日本人の方ですか?」

と聞かれてしまった。なんでも、イントネーションが日本人ぽくなかったそうです。最近そんなことが多いですが、

何で!!?どこが!!?日本人ぽくないんでしょう??

僕は極めて普通に買い物の質問をしているだけなのですが。
確かにまだゼミ等では、センモンヨーゴを、日本語で何と言っていいのか分からずまどろっこしいので英語で話しています。
しかしまさか、お客さん何人ですか呼ばわりされるとは、思ってもみんかったわい。

皆で手を突っ込んで食う

2010-02-21 07:45:49 | 異文化
2月19日(金)。

マリの首都バマコから約300kmほど車で走って、研究地のシンザナに着き、現地の獣医官宅で昼食をご馳走になりました。

ヒエを炊いたものに、バオバブのどろっとしたソースと、羊肉のトマト煮をかけて、皆で手を突っ込んで食います。水も、大きなカップを回しのみ。初対面なのにかなりウェルカムでした。味は、とても美味しかったです。

会話はほとんどバンバラというマリの公用語だったので、ほぼ分からず。一応オフィシャルにはフランス語が公用語だと思うのですが、実際はケニヤのスワヒリ語のように、学校でもバンバラ語を習うし、現地では広くこの言葉が話されています。「こんにちは」は、「アニチェ!」。

久しぶりに地球を楽しんでます。

半乾燥地帯の井戸の深さ

2010-02-21 07:15:07 | 異文化
2月20日(土)。

マリの研究地、シンザナから帰って来ました。

もっと砂漠を想像していたのですが、潅木とバオバブなどの木が生えている半乾燥地帯でした。久しぶりに「地球の現場」を体感しました。

写真を見てください。水汲みのジェリ缶が井戸から上がったところです。こちらではロバを使って井戸の水汲みをしますが、はるか先にロバが見えるでしょう。井戸からロバまでの距離が井戸の深さを表わしています。深さ20メートル以上、小学校のプールの縦辺くらいの深さがありますね。これから乾季は5月まで続くそうです。すると水位もまだ下がるんでしょうね。

でも、現地の生活には有史以来培われてきた知恵が詰まっていて、ああこれなら生きていけるなと納得しました。人間はすごいですね。

魅惑のマリ。

2010-02-19 06:21:06 | 異文化
2月18日(木)。

仕事のことはとりあえず置いておいて、マリという国は、担当しているサハラ以南8カ国の中で、最もエキゾチックな国です。

まず、熱風。40度以上あるのに、乾燥しているため、全く不快ではなく、逆に快感な気候です。なんだろう、妙に笑いたくなってしまうような気持ちよさ。車に乗っていて、熱風が来ると、熱いのでクーラーなしでも窓を閉めてしまう。すると、中の気温は暑いはずなのに、乾燥しているからか不快ではないのです。

次にメシの食い方。今日初めて指導している学生の家に呼ばれて昼飯をご馳走になりました。でっかいタライに、ご飯をたくさん入れて、ピーナッツソースのラム肉シチューをかけたものを、みんなでそのままスプーンを突っ込んで一緒に食べるのです。皿に取り分けたりしない。多分田舎では、これがみんなで手を突っ込んで食べるんでしょうね。味は美味しいし、もちろん不衛生なので引いている自分がいるのだけれど、久しぶりに異文化を楽しんでいました。やってみると、ミョーに皆と親近感が沸いてくる。「同じ釜の飯を分け合った仲間」といいますが、「同じタライに手を突っ込んで飯を食い合った仲間」の方が親近感という面では勝ちでしょう。

次に、他国からの影響。かつてはフランスの植民地だったので、そこら辺で売られているパンでもめっちゃ美味い。紅茶の楽しみ方にはアラブの影響で小さいグラスに、急須を上に持ち上げながらチョボチョボと紅茶を注ぎ、注いだものをまた急須に入れるのを何度か繰り返す。甘くてキツくて泡だった紅茶。エキゾチックです。最近は、中国とリビアが争うように建物を建てており、イスラムと中国風の建物や橋などが多く、中心部は、歴史ある古い町並みで、なんとも言えないいい雰囲気。

最後に安全面。西アフリカは、政情不安の国もあるけれど、ガーナの首都アクラとマリの首都バマコは、治安が良くて割と安心して歩けます。

追加して、言葉かな。フランス語をしばらくやってなくて、まるで初めて英語圏に行った時のような外国にいる雰囲気を味わっているからかな?フランス語が訛っていて、通じないことも多いけど、ほんわかした発音がなんとも言えない。例えば、ワインは「ル ヴァン」なのに、そう言っても通じなくて、「ル ヴェン」と言い直される。

「その通り、そうです」という時、ウィではなく、いちいち
ヴわーら(You see? ほら、などの意味)

と言ってくれる温かさ。

「ぼんじゅー (こんにちは)」というと、聞いてもいないのに先読みして、
さば、さば(元気)

と答える可愛らしさ(この点はケニヤのスワヒリ語でも同じです。聞いてもいないのにンズーリンズーリ、と言って去って行く)

明日は、研究現場の100キロ以上離れた乾燥地に旅行し、一泊して来ます。
フラニの村です。とても楽しみ。








変則勤務時間

2010-02-12 04:00:24 | 異文化
2月11日(木)。

あんまり暑いと、頭が痛くなるという経験はありませんか?

僕は仕事でアフリカを旅していると、到着した日に頭が痛くなることがよくあります。
昨日南アフリカから、モザンビークの首都マプトに着きました。たまたま旧知のウガンダ人のチャールズという先生が仕事でマプトに来るということを日曜日に知ったので、空港から会議の会場に直接向かい、3年ぶりの再会を果たしたのですが、日中のあまりの暑さに頭が痛くなって、折角の再会が少々おとなしいものになってしまいました。でも、浜辺でビールを飲みながら美味しいムニエルと小エビのスープで夕食は楽しみました。

今日は朝から仕事だったのですが、こちらの仕事時間は、朝7時半から午後3時半まで。朝は早いけど、日中に外に出ていると、やはりあまりの蒸し暑さと頭の上からの強烈な日光で、非常に体力を消耗します。昼2時頃に今日は開放されて、安ホテルに送ってもらったのですが、もうすぐにシャワーを浴びて、クーラーを付けて昼寝をしました。

この強烈な暑さ。ゆっくりお茶の時間をとって、悠長にお喋りを楽しむ理由も、早く仕事を切り上げる勤務体制も、体力を消耗するからかも知れません。しかし、昼寝してからも十分食事の準備や家族との団欒を楽しめる時間があるこのゆったりさ。ちょっといらいらするけど、羨ましいもんです。

プレトリアを歩く

2010-02-08 03:26:20 | 異文化
2月7日(日)。

無事に午前中に南アフリカ共和国に着きました。
ジョハネスブルグ空港から車で約1時間、ワールドカップの会場も近い、プレトリアのゲストハウスにやって来ました。

南アフリカといえば、治安の悪さで有名で、ゲストハウスの人たちも、こちらの先生たちも皆なるべく歩かないように忠告してくれるのですが、割と閑静な住宅街だし、財布は持たずに散歩しました。

外を歩き初めたら、僕が事件に会うまでの時間は、統計学で言うとガンマ分布という確率分布に基づいているわけですが、場所や時間帯で異なる治安の悪さがパラメーターになっているわけですね。日曜の夕方で閑静な住宅街なので、多分パラメーターはかなり低めのものだろうと予想して、散歩してみました。カメラは持ち歩かない、ということでなおさらパラメーターを低く抑えているので、残念ながら皆さんにお見せする写真はありません。

家々の塀は様々なおしゃれなデコレーションがしてあって、住んでいるのはほとんど白人なんでしょうけど、結構黒人の人たちともすれ違いました。離れた方に行くと、居住区が違うのかな、と想像しつつ。塀の上にはかなりの本気の電気柵や有刺鉄線が張り巡らされているので、治安が悪いというのが本当だとは分かります。まあでも、ナイロビも家の近くで先週一週間のうちに2回銃声が聞こえて、警官隊とギャングが打ち合いをしていたので、ナイロビと比べるとどちらが危ないか判断に迷うところです。

折りしも、最近読んでいるネルソン マンデラの自伝も終わりに近づいてきて、ここで何十年にも渡って何が起きていたのかが随分分かってきたところでした。恐ろしい歴史で、もちろん未だに人々の心に残っているのだけれども、それでも力強く生きている人たちと出会うと、昨年感じた嫌悪感はなく、これからいい歴史を作っていって欲しいと感じます。

さて、明日朝は早朝ジョギングだ!