そこは体を壊すだけの場所でしかない!
『「甲子園での肩の酷使」は禁止しよう キュラソー式野球は、「楽しんで上達する」-
東洋経済オンライン(2014年7月18日08時00分)
夏の風物詩である高校野球のあり方が、大きく見直されようとしている。1915年に全国中等学校優勝野球大会として第1回が開催されて以来、今年で100年のときを迎えた。誕生から1世紀もの時間が経ち、グローバルな野球シーンの観点から見ると、甲子園がガラパゴス化している印象は否めない。タイブレーク制の導入が議論されているが、是非はさておき、当然の流れと言えるだろう。
■甲子園での肩の酷使は大問題
熱中症で倒れる観客も出るような環境で、高校生たちをプレーさせるのは明らかに時代の流れに逆行している。肩の酷使により、選手生命を棒に振ってしまう投手も少なくない。ニューヨーク・ヤンキーズの田中将大投手のケガの具合が心配だ。
なぜ高校野球だけが、旧態依然であり続けているのだろうか。その裏にあるのは、勝利至上主義と主催者であるメディアによる「高校野球の神格化」だ。
以前、筆者はある元プロ野球選手と、「高校野球に球数制限を導入すべき」という話になったことがある。その元選手が高校野球関係者に球数制限を進言すると、「すべての高校球児がプロ野球選手を目指しているわけではありません」と言われたという。このセリフは、甲子園を神格化する者たちにとって常套句となっている。
確かに、プロを目指す高校生はごく一部だ。「甲子園を目指して努力してきたのだから、悔いを残さないようにプレーさせてあげるべきだ」という論理はわからなくもない。しかし、仮に高校時代の酷使で肩を壊したら、将来の可能性を潰すことになる。指導者にとって最大の役割は、選手のチャンスを最大限に広げてあげることではないだろうか。
改めてそう感じたのは、今春、オランダ領キュラソーの少年野球を取材したからだ。前回に引き続きキュラソー島のリポートをお届けする。
種子島ほどの国土面積に人口15万人しか住んでいないキュラソー島は、国力が低い。その中で優秀な野球選手を数多く輩出している理由は、「数少ない子どもたちの可能性を、どうすれば伸ばしてあげられるか」と考えていることにある。
2月末、キュラソーの首都ウィレムスタットから車で20分ほど走り、ボナンという町に到着した。
地元リーグ「リガ・パリバ」の強豪トライセロのシニアチーム(15、16歳)が平日の夕刻、練習に励んでいる。キャッチボール、守備練習が終わると、全員がマウンドに集まり始めた。各々が数球ずつ、キャッチャーにボールを投げ込んでいく。
「振りかぶったときにためを作ってから、投げるんだ」。63歳のコーチ、スタンリー・シモンがワインドアップの状態で少年を静止させ、パワーをため込む方法を教えている。「あいつはピッチャーを始めたばかりだから、メカニック(フォームにおける一連の動き)ができていない。でもそれを覚えていけば、いいピッチャーになれると思う」。
シモンによると、パンチョのニックネームで呼ばれるこの少年、ドルファー・ロドリゲスは投手を始めて1年に満たない。捕手と一塁を守るパンチョはこの年代でキュラソー代表に選ばれるほどの強打者だが、なぜ、わざわざ投手の練習を始めさせたのか。そうたずねると、シモンはイタズラな笑みを浮かべた。
「だって、1度やってみないと、誰がいいピッチャーになれるかわからないだろ? それくらいの話だよ」(笑)。
■すべてのチームに人数制限
キュラソーでは少年年代のすべてのチームに12〜15人と人数制限が設けられ、全員が複数の守備位置に就く。リガ・パリバの会長デニス・ダンブルックによると、「可能性を広げるためだ」。子どもはスペシャリストとして育てるのではなく、ジェネラリストとして育成したほうが、チャンスをモノにする可能性が高まると考えられている。
キュラソーを訪れて驚かされたのが、優れた育成システムだ。ダンブルックの言葉を借りると、当地の野球は「エレベーターゲーム」と表現される。少年リーグは「プリ・インファンティル(7〜9歳)」「マイナー(9、10歳)」「リトル(11、12歳)」「ジュニア(13、14歳)」「シニア(15、16歳)「ジュベニル(16〜18歳)」と6つの年代に分かれ、年齢を経るごとに同じチームで自動昇格していくのが一般的だ。
優秀な少年は、上の年代の練習に参加することもある。共通の指導方針で7歳から18歳まで育てられ、短期の視点で見ないから勝利至上主義に走ることはない。
7歳未満の子どもたちがプレーするのは、「ピーナッツボール」と言われる遊びだ。日本ではTボール(ティーボール)として知られ、「投手のいない野球」と言われている。ピッチャーが投げる代わりに台に置いたボールを打つため、難易度が極端に下がり、打撃の楽しみを体感できる。前述のシモンは、「Tボールでは打つまでに考える時間があるから、どっちの方向に打てばいいのか自分で考え、学んでいくことができる」と話していた
日本のアマチュア野球界を束ねる全日本野球協会の鈴木義信副会長は、未就学時の野球人口が極端に少なくなっていることの打開策としてTボールの普及を挙げていたが、すぐに取り入れてほしいと思う(詳しくは連載「野球イノベーション」第4回参照)。
筆者はキュラソーで9日間をすごしたが、ダンブルック会長のひと言がとりわけ印象に残った。キュラソーが優秀な選手を数多く生み出している理由をたずねると、「野球はカネのかからないスポーツだから」と答えたのだ。
昨今、少年野球における競技人口減少が顕著な日本では、「野球はカネのかかるスポーツだから」と敬遠される傾向にある。グローブ、バット、ボールなど道具を準備しなければならず、ユニフォームをそろえる必要もある。キャッチボール禁止とされる公園も少なからずあり、プレーする場所を探すのも面倒だ。
そんな日本の固定観念に捉われていたから、ダンブルック会長の言葉に驚かされた。
「子どもたちは野球ボールの代わりにテニスボールを使って、家の庭でプレーすることもできる。そうやって小さい頃から遊んでいるから、フィールドに来る年齢になったときには野球のやり方をすでにわかっているんだ。キュラソーの野球はエレベーターゲームで、どんどん成長していくシステムがある。アンドリュー・ジョーンズ(現楽天)はこの島で初めて、子どもの頃からプレーしてメジャーリーグ選手になった選手だ。彼が活躍するにつれて、野球人気が高まっていった。そうして多くの子どもたちが、野球に夢を抱くようになった。いつか、プロ野球選手になろうってね」
■アンドリュー・ジョーンズの功績
キュラソーでは1990年代初頭、野球よりサッカーのほうが人気だった。その傾向をジョーンズが一変させる。19歳のときにアトランタ・ブレーブスでメジャーデビューを飾った1996年、ニューヨーク・ヤンキースとのワールドシリーズ第1戦に先発出場すると、1打席目から2打席連続本塁打を放ったのだ。メジャーの“偉人”として崇められるミッキー・マントルの最年少記録を更新し、小さな島国の人々は熱狂した。そうして白球を追いかける少年が激増していった。
野球がカネのかかるスポーツか、否かは、同じ物事を表から見るのか、裏から見るのかのような話だ。日本とキュラソーの環境は大きく異なるが、発想もまるで違う。そう感じさせられたのは、かつてロッテやヤクルトでプレーしたヘンスリー・ミューレンスの兄、ランドル・ミューレンスと話したときのことだ。
ランドルは通信会社でセールス・マーケティングを担当する傍ら、キュラソー最初のメジャーリーガーとなった弟が設立したダッチ・アンティル・アカデミーで、ボランティアとして10年以上、少年たちに野球を教えている。このアカデミーでは技術指導だけでなく、野球の座学、メンタルトレーニングも行われる。ランドルによると、「少年たちがより良い人間になるため」だ。
1995年、ランドルは弟の応援に来日した。2~3カ月をすごした中で、六本木交差点からタクシーで15分の距離にある千駄ヶ谷小学校まで行ってほしいと説明したが、運転手とうまくコミュニケーションを取れず、30分以上かかったことをよく覚えている。
ランドルは様々な野球チームの練習を見学し、日本人の姿勢に感動した。「日本のリトルリーグは常にパワフルなチームを世界大会に送り込んでくるから、興味を抱いていた。日本で練習を見て感じたのは、試合のための規律を持ち、試合の勝ち方を学んでいることだ。最も学んだことの一つが、UNITYだ。みんながひとつになって働き、それが大きな力を作り出す。そういうやり方を俺は気に入っている」
ランドルは帰国後、打撃練習に日本式の規律を取り入れた。キュラソー島民の誰もが打撃を大好きで、練習に来た少年は「バッティングをしたい」と言ってくるという。ランドルはそうした意欲を、キュラソー人の長所だと考えている。
キュラソーの少年が楽しみながら打撃力アップを果たす上で、日本式の規律が役立つととランドルは考えた。
「右打ちの子どもは、左に引っ張るのが大好きだ。でも、いろんな方向に打てるようにならなければならない。アウトコースとインコースのボールでは、打つ方向を変えるべきだ。だからいろんなドリルを使いながら教えて、右にも打てるようにしている。アンドリュー・ジョーンズやココ・バレンティン(ヤクルト)はどの方向にもホームランを打てるから、彼らの映像を使って教えることもある。子どもたちにとって、様々な方向に打つのは決して簡単ではない。だが、左に打つのと同じパワーを使ってセンターから右に打てれば、素晴らしいバッターになることができる」
日本の一般的な考え方として、規律は勝つために必要とされている。だが指導者によって枠組みを設けられることで、選手にとって成長への足かせとなることもある。
野球解説者で侍ジャパン15U(15歳以下)代表の監督を務める鹿取義隆によると、少年野球のコーチには、背の低い少年に対し、一死2塁のような場面では1、2塁間にゴロを打つように指導する者が少なくない。そうすれば、走者が3塁に進めるからだ。だが目の前の些細な結果だけを求められ、小さくまとまるような打撃を強いられる少年は、果たして楽しいと感じるだろうか。東京の強豪・日大三高野球部を率いる小倉全由は高校時代にそうした指導をされたことで打撃が嫌になり、自身が指導者になると、少年たちに思い切りスイングするように話した。楽しみながら打撃練習することで、日大三高は全国屈指の打力を持つチームと認識されるようになった。
■楽しみながら上手くなれるようにする
ランドルが説く、キュラソー式も同じことだ。子どもたちが野球を楽しみながら上手くなれるように、規律を用いる。結果的に、それが打撃力向上につながっていく。そうした発想が、ジョーンズやバレンティンのようにスケールの大きな選手を育む背景にあるのだ。
打撃話を交わしていると、ランドルが誇らしげな顔で言った。「すべての方向に打つことは、メジャーリーグで成功するために必要になんだ。そういった文化を我々は持っている。それと、キュラソーから優秀な選手が生まれる理由はコーチだ。教えることで収入を得ているわけではないが、子どもたちに上手くなってほしいから、真剣に教えている。そうした姿勢こそ、キュラソー野球界の強みだ」。
上手くなってほしいから真剣に教えるのか、勝たせたいから懸命に指導するのか――。両者は、見ている先が決定的に異なっている
日本とキュラソーでは置かれた環境がまるで異なり、価値観が違うのは当然だ。しかし、底抜けの笑顔でプレーしているジョーンズやバレンティンを見ると、やはり、日本人にも野球を楽しんでプレーしてほしいと思う。=一部敬称略=』
※これは、プロ野球のスカウトも、選手自身も認める現実。甲子園はいらない!