空飛ぶ自由人・2

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短編集『満願』

2024年05月11日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

米澤穂信による短編集。
「小説新潮」などに掲載された短編を集めたもの。
2014年に刊行され、その後、文庫化。
山本周五郎賞受賞作。
直木賞候補
2014年の「ミステリが読みたい! 」(早川書房)、
「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)、
「このミステリーがすごい! 」(宝島社)において、
史上初の3冠に輝いた。

「夜警」

殉職した川藤浩巡査の葬儀が終わった後、
柳岡巡査部長が過去を振り返る形で語られる。
嫉妬深い夫が、妻の浮気を疑って、暴れ、
刃物を振り回して突っ込んでくる男に
川藤は何発も発砲した。
しかし、男は止まらず川藤は首を切られた。
血を吹き出しながら、川藤は、
「こんなはずじゃなかった。うまくいったのに。」
とつぶやいて死んだ。

日頃の川藤の行動から、
柳岡は、「警官に向かない」と判断していた。
川藤はすぐに拳銃を抜こうとする癖があり、
また、失敗を小細工でごまかそうとする男だったのだ。

警察葬の後、遺族を訪ねた柳岡は、
川藤の兄から、
当日、何があったかを訊かれる。
川藤の兄は、あの日弟から
「とんでもないことになった」とメールがあり、
「あいつが勇敢に死んでいったなんて思わない。
あいつは駄目な男だった」と言い切る。
そして事件の真実の姿が浮かび上がる・・・

「死人宿」

2年前に失踪した佐和子が、
山奥の温泉宿で仲居として働いていることを知った私は、
宿に車で向かう。
上司と反りが合わないと何度も相談された私は、
一般的な講釈を繰り返して彼女をなだめるばかりで、
佐和子の助けを求める声に気付いてやれず、
説教をしただけだったことを後悔していた。

2年ぶりに会った佐和子は、
すっかり温泉宿の中居として貫禄を身につけていた。
佐和子は、この宿が自殺の名所として知られていることを説明し、
温泉の脱衣所に置き忘れられていた遺書を見せ、
3人の宿泊客のうち
誰が書いた遺書なのか突き止めるよう私に依頼する。
佐和子の信頼を取り戻すために私は、
遺書を書いた人物を探すが・・・

「柘榴」

さおりは、佐原成海と大学のゼミで出会い、婚約する。
佐原は、異性を魅了する不思議な魅力を持つ男だった。
佐原に会った父は、佐原の本質を見抜き、
「あれはだめだ」と言い放つが、
妊娠することで強引に結婚に結びつけた。
父は正しかった。
成海はまともに働くことができない、ダメ男だったのだ。
娘の夕子と月子はともに母の美貌を受け継いで美しく育った。
夕子が高校受験を控えた年、
さおりは離婚を決意し、佐原は同意するが、
双方とも娘たちの親権を欲した。
生活能力のない佐原に勝ち目がないことは分かっていたので、
さおりは安心していたが、
判決は佐原に親権を認めるというものだった。
その背後には・・・

まさに「いやミス」(読んだ読んだ後に「嫌な気分」になるミステリー)の典型。
女心は分からない。

「万灯」

商社に勤め、仕事一筋に生きてきた伊丹は、
バングラデシュで天然ガス資源の開発に挑んでいた。
集積拠点として、ある村に目を付けたが、
交渉は難渋。
マタボールと呼ばれる村の長老の1人のアラムが、
資源は将来のバングラデシュ人民のものだと主張し、
他国に譲る意志がないためであった。
しかし、開発による村への恩恵を期待する他の長老たちは
アラムを排除するため、
伊丹とライバル社の社員・森下に
アラムの殺害を持ちかける。
殺害は成功するが、気の小さい森下が
日本に逃げたため、
追って日本に来た伊丹は森下をも殺害する・・・

事件が発覚するてだてに意外性がある。
また、外国における商社の活動が活写される。

「関守」

都市伝説の記事を依頼されたライターの俺は、
先輩ライターに「死を呼ぶ峠」のネタを提供してもらう。
伊豆半島の桂谷峠で、
4年で4件、死者を出す車の事故が起きていた。
気をつけろという先輩の忠告を聞き流して、
桂谷峠までの道中にあるドライブインで、
店主のばあさんに取材をする。
ばあさんは4件の死亡事故をすべて記憶していた。
話の途中、たばこを吸うためにいったん店の外に出た俺は、
脇にあったお堂の中の古い石仏に目を止める・・・

最後に交通事故の真相が見えて来るあたり、ぞくりとする。
前に読んだことがあると思ったが、
どこでだろう。

「満願」

弁護士の藤井は学生時代、
下宿していた畳屋の鵜藤重治の妻・妙子に
大変世話になった。
ダメ男で借金まみれで家業の畳屋を傾かせた重治には
過ぎた妻だった。
藤井は在学中に司法試験に合格し、独立する。
妙子は夫・重治の借金返済を迫る貸金業の男を殺害し、
藤井は妙子の弁護を担当する。
計画性はなく、妙子の正当防衛を主張したが、
懲役8年の実刑判決が下された。
妙子の刑が少しでも軽くなるよう
控訴審の準備を進めた藤井だったが、
重治の病死を聞いた妙子が控訴を取り下げたため、
刑が確定してしまった。
8年後、刑期を終えて出所した妙子が事務所に来るまでの間、
藤井は事件を振り返っていた。
なぜ、妙子は「もういいんです」と控訴を取り下げたのか。
あれは本当に正当防衛だったのか。
証拠資料を見ている時、藤井はある事実に気づく・・・

ミステリー三冠を獲得しただけある、
精緻な短編集。
絶妙に配置した伏線
見事に結実する見事さ。
ミステリーを読む歓びを感じさせてくれる短編集だ。

「夜警」「万灯」「満願」の3編が
NHKのミステリースペシャルとして
2018年にテレビドラマ化された。                       


映画『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』

2024年05月11日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

1858年、イタリアのボローニャの
ユダヤ人街に住むモルターラ家に
教皇から派遣された兵士たちが訪れ、
6歳になる息子エドガルドを連れ去ってしまう。
両親は息子を取り戻すために奔走するが、
神学校に入れられたエドガルドに会うことは出来ても、
家に連れ帰ることは叶わない。

教皇側の言い分は、こうだ。
エドガルドはある人物から洗礼を受けており、
キリスト教徒であるから、
ユダヤ人の家庭では育てることは出来ず、
敬虔なクリスチャンになるための教育をする
というのだ。

事件はおおやけとなり、
世論と国際的なユダヤ人社会に支えられて、
モルターラ夫妻の闘いは急速に政治的な局面を迎える。
当時は、イタリアの独立闘争の真っ只中であり、
自由主義運動が勃興し、
保守反動的なローマ・カトリック教会と
民衆が対立していた時代。
31年間という、歴代最長在位期間を誇る
時のローマ教皇ピウス9世は、
弱体化著しかった教会の権威回復と、
権力を強化するために、
かたくなになってしまう・・・

というわけで、一人の子供を巡っての
カトリック教会とユダヤ教との争奪戦を描く。

つくづく宗教はやっかいだと思う。
宗教の特性は、
自らの正当性無謬性だから、
妥協することがない。
大の大人が寄ってたかって、
幼い子供の脳みそに手を突っ込み、
自分の側に引き寄せようとする。
親子の情愛など、歯牙にもかけない。

途中で「洗礼」の真相が明らかになるが、
幼いエドガルドが病気の時に、
出入りしていた家政婦が救いを与えようと、
容器に入った水を頭に垂らしただけだと分かる。
本来、洗礼は聖職者がしなければ無効だが、
瀕死の瀬戸際には、聖職者以外の者が施すことが出来るのだという。
しかし、何も分からない赤子にほどこした
「洗礼もどき」のもの根拠に、
教皇庁が拉致するのだから、あきれる。

元々洗礼は、水の中に頭まで浸かって(浸礼)、
一度死んで蘇る、という意味があるのであって、
頭に水を垂らしてするのは、「滴礼」と言って簡易型のもの。
今でも、教派によっては、
浸礼しか認めないと、
礼拝堂の床に水槽を備えているところもある。
いずれにせよ、
キリストの時代とは、やり方が違う

成人したエドガルドの「粗相」を
ピウス9世がとがめて、
ある反省の行為をさせるが、
もしキリストが蘇ってその様を見たら、
「私はそんなことをしろとは言っていない」
と否定するだろう。
ついでに言うと、
今の日本の仏教がしている戒名や法事を
ブッダが見たら、
「こんな事を誰が定めたんだ」
と拒絶するだろう。

驚くような描写もある。
エドガルドが祭壇にある磔刑のキリスト像によじ登り、
手足に打たれた釘を抜いてやると、
キリストが解放されて、自由に歩み去るところ。
エドガルドの夢なのだが、
子供の純粋な目だとそう見えるのだ。
もう一か所、一緒に教育を受けていた子供が病死した際、
その葬儀の場で、子供同士が
「祈ったけど無駄だったね」
と言うところ。
これも子供の視点から真理を突いている。

約150年前の事件を描くが、
現代にも通じる多くの課題を突きつける。
宗教に根ざした戦争は今も続いている。
取り戻そうとする両親を拒む教会の姿に、
カルト教団に子供を奪われて闘う父母の姿や
北朝鮮に拉致された被害者を取り戻そうとする肉親の姿が重なる。

ローマの歴史的宗教建造物が沢山出て来るが、
カソリックの暗黒史に加えられそうな事件の内容で、
よく撮影許可が出たものだ。

二つ宗教に挟まれて呻吟する
子供の姿を描いて胸が痛かった。

近代史の出来事を積極的に描こうとする
スティーヴン・スピルバーグ(ユダヤ系)が映画化を目論み、
書籍の原作権を押さえたのだが、


結局、映画化を実現したのは
イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオだった。

原題の「Rapito」は「誘拐」の意。

5 段階評価の「4」

ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。