空飛ぶ自由人・2

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小説『ファラオの密室』

2024年05月24日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]



紀元前1300年代後半の古代エジプトが舞台
当然、日本人は一人も出て来ない。
大変ユニークなミステリーが誕生した。

亡くなったアクエンアテン王の墓所を建設中に、
石が崩落する事故が起こり、
神官のセティが死亡する。
下半身岩につぶされたセティの胸にはナイフが刺さっており、
殺人事件の疑いがある。

で、セティは、当時のエジプトの死生観のとおり、
冥界に行き、
真実を司る神・マアトの審判を受ける。
審判には死者の心臓が必要で、
ダチョウの羽根と天秤秤にかけられ、
心臓が羽根より重い場合は、
死者に永遠の死が待っている。

しかし、セティの心臓には欠損があるという。
欠損部分はまだ現世に残っている。
そこで、現世に戻って
心臓の欠損部分を取り戻して来るよう命令される。

セティは生き返り、自分の心臓を探す。
期限は3日。
成功しなければ、セティは現世にも冥界にも留まれず、
永遠にさまよう存在になってしまう。

という、ファンタジーとミステリーの融合
これは、新機軸
なにしろ、殺人の被害者が
自分への殺人の謎を解明するというのだから。

謎は、セティの死の真相。
そして、心臓の欠損部分の取返し。
更に、もう一つの謎が加わる。
というのは、前王アクエンアテンのミイラが
葬送の儀式を前に王墓の中から消え失せ、
神殿で発見されたというのだ。
密室状態であるピラミッドの玄室から
ミイラを運び出すことは不可能。
では、王のミイラはどうやって移動したのか。

この謎を解明するため、
セティは親友のタレクに会う。
タレクは、セティの死体のミイラ化をし、
アクエンアテン王の遺体も扱う
熟練のミイラ職人だ。

こうした話に、
異国でさらわれ、奴隷になった少女・カリの話や、
先王のとむらいの儀式を失敗した神官たちが、
市民によって虐殺される話などがからむ。
先王が主導したアテン神と昔の宗教との確執も描かれる。
現在の王として、トゥトアンクアテンという名の
後のツタンカーメンも登場する。

という、よほどエジプトに興味を持っている人以外は、
日本人にはなじみのない題材の中で進行する話。

そこが選考委員たちの知的好奇心を刺激したらしく、
第22回「このミステリーがすごい!」大賞を見事受賞。
賞金は1200万円。

謎解きは平凡だし、
先王のミイラ移動のトリックも無理があるし、
ミステリーとしては上等とは言えないが、
題材の斬新さに選考委員の目がくらんだとみえる。

選考委員の主な評価は、↓のとおり。

大森望(翻飲家、書評家)
死者が甦る世界でなければ書けない
魅惑的な謎に正面から挑んでいる。
これだけ野心的な設定を用意して、
壮大な物語をきちんと着地させた点を高く評価。
このミステリーはたしかにすごい。

香山二三郎(コラムニスト)
現世に蘇ったミイラが何の違和感もなく受け入れられるあたり、
落語にも似たとぼけた味わいがあり、
思わず吹き出しそうになった。
奇想天外な謎作りといい
友情溢れる人間関係劇といい大賞の価値あり。

瀧井朝世(ライター)
探偵役がミイラ、タイムリミット有り、
不可能犯罪のほか謎がちりばめられ、
読ませるポイントが随所に用意されている。
古代エジプトに興味をもてない方々もぜひ読んでほしい。

選考委員に本職の推理小説家がいないのがミソ。
3300年前のエジプトが舞台なのに、
選考委員にエジプト史に造詣の深い人もいない。

なお、作品中、あまり詳しくは触れられていないが、
アクエンアテンという王は、
エジプト史の中で特別な存在
古代エジプト第18王朝の王で、
在位は紀元前1353年? から1336年? 。
この王がエジプト史でどう特別な位置を占めるかというと、
大胆な宗教改革を行った人物だからだ。
それまでの多神教を否定し、
一神教を樹立
テーベから
「アテンの地平線」の意味を持つアケトアテン
(現在のテル=エル=アマルナ)への遷都を行った。
自分の名前もアメンホテプ4世から、
アクエンアテン(アテンに愛される者の意)に改名。
↓ご覧のような馬面で、


他のファラオの像↓とは一線を隔する。


その身体的特徴から、
遺伝病のマルファン症候群ではないかという説もある。

宗教改革の原因は、
強大な権力を有したアメン神官団に対抗するためだったらしい。

それまでの多神教から、
世界初の一神教を樹立、
その正体は太陽神で、
↓のように、太陽から降り注ぐ恩恵を人々が受けているという。



そして、「アマルナ時代」と呼ばれる、独特な文化を形成した。



しかし、旧宗教の神像を破壊する等して迫害し、
アテン神に傾倒するあまり、国民の支持を失い、
トゥトアンクアテンの代になると、
新しいアテン神信仰から、昔のアメン神への信仰復興が行われた。
トゥトアンクアテン(アテンの生きる似姿の意)は
トゥトアンクアメン(Tut ankh Amun)に改名。
つまり、ツタンカーメン(Tuthankhamen)である。

なお、この小説の中で、
王墓としてピラミッドが出て来るが、
クフ王等三大ピラミッドの時代は1200年も前で、
この時代には、王墓にピラミッドは建設されていなかった。

また、ナイル川の洪水を雨のためとしているが、
原因は上流が雨季で多量の降雨量があったためとされている。

数年前、フランスで
モーセの民は、
エジプトのアマルマに住んだ人々のことで、
宗教的迫害を受けた民が
そこを出て、今のエルサレムあたりに移り住んだ、
というユダヤ人エジプト起源説が出版されて、
ベストセラーになったことがある。
フロイトも同じようなことを言っている。



ユダヤ教は、一神教の宗教。
その後継であるキリスト教
アクエンアテンが行った宗教改革の一神教の教理が
よく似ているので、
傾聴に価いする面白い説かもしれない。