平成24年6月6日
生活保護制度の適切な運用を求める要望書
群馬県内各福祉事務所長 殿
群馬司法書士会会長
岡 住 貞 宏
岡 住 貞 宏
現在、人気タレントの母親が生活保護を受給していたことを契機として、生活保護制度及び制度利用者全体に対する「バッシング」というべき事態が起こっている。一連の報道は、「不正受給が横行している」、「働くより生活保護をもらった方が楽で得」などという、感情的で、生活保護の実態をおよそ把握していない表面的な議論に終始するものが多い。
それら報道のなかには、扶養義務者による扶養が生活保護適用の前提条件であるかのように論じ、タレントの母親が生活保護を受けていたことを不正受給であるとする論評も見られる。しかしながら、現行生活保護法上、扶養は保護の要件ではない。保護の要件について定めた生活保護法4条1項が、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」と定めているのに対し、生活保護法4条2項は、「民法に定める扶養義務者の扶養は保護に優先して行われるものとする」と定めているのは、このことを意味する。厚生労働省も、「扶養が保護の要件であるかのごとく説明を行い、その結果、保護の申請を諦めさせるようなことがあれば、これも申請権の侵害にあたるおそれがあるので留意されたい」との通知を発出している(「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」第9の2、『生活保護手帳2011年版』288頁参照)。
加えて、夫婦間及び親の未成熟の子に対する関係を除き、直系血族及び兄弟姉妹に対する扶養義務は、「その者の社会的地位にふさわしい生活を成り立たせた上で、余裕があれば援助する義務」にすぎない。そうだとすれば、このレベルの扶養義務が存在することを前提に、なお扶養義務者による義務履行が困難であり、しかも申請者が保護の要件に該当する場合には、生活保護を受給しても違法性は存在しないのである。
今回の事件に関連し、小宮山厚生労働大臣は、「親族側に扶養が困難な理由を証明する義務」を課すという、事実上、扶養を生活保護利用の要件とする法改正を検討する考えまで示している。しかし、生活困窮者はDV被害者や虐待経験者も少なくなく、「無縁社会」と言われる現代社会において、家族との関係が希薄化・悪化・断絶している人がほとんどである。このような現実を直視することなくやみくもに上記法改正を行えば、生活保護制度の利用が著しく困難となり、餓死や孤立死などの深刻な事態が多発することも懸念される。昨今の経済状況の下、雇用情勢や他の社会保障制度を改善することなく生活保護制度のみを切り詰めれば、餓死・孤立死・自殺の多発、犯罪の増加など、深刻な社会不安をも招きかねない。
群馬県内各福祉事務所においても、生活保護申請者に対し、「まずは扶養義務者に援助してもらいなさい」などと対応し、親族の扶養義務を口実に申請を不当に阻む運用がなされることがないよう、切に要望するものである。
以 上