森の空想ブログ

「仮面」はうそをつかない/門外不出の神面を拝観②―16年ぶりに奉納された湯之像<ゆのかた>神楽にて―【神楽を伝える村へ/宮崎神楽紀行2024-11】

*前回の続き。

     ☆

「湯之像神楽の祖・壱岐宇多守」の神面については、当夜、写真撮影も許されて比較的良く撮れた写真が一枚だけ手元にあるが、それをここに公開することは差し控えようと思う。神楽を同地に伝えた壱岐宇多守の子孫である壱岐家に、長く秘され、「神」として伝えられてきた神面である。今年(2024年)の3月に神楽が16年ぶりに奉納され、それを機に「公開」されることとなり拝観の機会を得たものだが、その日から今日まで記事にすることを躊躇していたのも、その歴史の重さに対する敬意のような気持ちが強く働いていたからである。この手にとり、拝し、写真を1枚撮らせていただいたことだけでも思いがけない幸運で、私は山中に埋もれていた宝物に遭遇したような驚きと感動を持って接したのであった。

このような前置きをしたうえで、当夜の体験をふまえた感想を書き留めておくことにしよう。

尾八重神楽の開始後最初に降臨する仮面神が「花鬼神」と呼ばれる神だが、湯之像神楽を源流とする尾八重神楽の花鬼神は、若い男神である。鬼神の相貌ではない。壱岐宇多守の青年期の相と「花の舞」と呼ばれる少年の舞(古くは宮中で舞われた稚児の舞という伝承がある)とをミックスした番付ではないかと私はこれまで思っていたのである。それが今回の湯之像神楽では「翁」に類似した神が出た。これも「鬼」ではない。そして、それは近年再生された復刻面であり、その原型となったものが、「壱岐宇多守の神面」だったのである。これは長い年月、使用されなかったものだが、風化の度合いと刻まれた年月は、この地方に分布が見られる「寿之舞」と呼ばれる「翁面」を想起させたが、よく見るとそれは老人面ではなく、壮年男子の老年に至った相貌であった。翁に見えるということは、壱岐宇多守その人の老年期の顔を写実した作品と把握してもよさそうである。これがそのまま900年前の制作とは言えないが、この神楽の草創期に、始祖の相貌を正確に写し取って仮面とし、「祖先神」として伝え続けてきたものではないか。それが「仮面」の制作にかかわる原初の姿にもっとも近いものではないか。私は率直にそのような感想を持ったのである。

ここは、この感想までで筆を止めておく。

     ☆

下記は湯之像神楽の主祭神「宿神」である。この宿神は尾八重神楽の宿神と同一である。法螺貝の音とともに厳かに降臨し、天蓋の下、莚一枚の上で荘厳に舞う。中世の絵物語が、ここにクライマックスを迎えるのである。

この「宿神面」も壱岐宇多守の神面とともに拝見した。神楽の場に降臨する神とは少し違った印象があった。神楽に降臨し、宝冠を被り衣装を纏い、面棒を持って舞う時の姿と、仮面という実態そのものを手に受け止めた時との感触に差異が感じられ、この神面に秘められ、流れている時間の重量を私は実感したのである。さらに、裏面を見ると、そこには判読不能なまで摩耗した墨書があり、裏面の木質は、摩耗の度が顕著で、ここにこそ、この神面に流れる歴史がとどめられていると思えたのである。私は思わず

――これはすごい、仮面の制作年代と伝承の年代とがほぼ一致しますね。

と呟いていた。さらに、

――仮面はうそをつかないのです。

とも言った。仮面は、一目でその大まかな制作年代、後世に手を加えられたものであれば、その痕跡と印象、もしも贋作であればなおさらのそのいかがわしい臭気などが目につき、判断が下されるのである。それが1000点を超える仮面を実際に手に取り、一部は収集し、展示し、調査を重ねてきた40年にわたる経験と修練の積み重ねによって身に着いた私の「技術」であり、直観力であろう。その長年の経験が発した言葉だったが、それがこの神面拝見の機会を与えて下さった中武貞夫・前宮司さんのお耳に止まり、

――ありがとう。あなたに見ていただいて良かった。

という感慨となって返ってきたことは望外の喜びであった。研究者冥利に尽きる、とはこのような場面をいうのではなかろうか。

この一件は、ここまでの記述にしておこう。書きすぎると、空想の度が飛躍しすぎる恐れがある。

なお、米良山系の神楽には南北朝末期に南朝の遺臣と菊池氏の一族によって持ち込まれたという伝承をもつ「宿神面」が分布するが、この湯之像神楽の宿神面は伝承と起源を異にする。この宿神面は「石清水八幡」から伝わったとされ、箱書きにもそれが明記されている。これもまた仮面の制作年代や流入・分布の経路を知るうえで大切な資料である。石清水八幡には宮廷に奉納された古式の神楽が現在も伝わっている。900年前(平安末から鎌倉時代頃)に伝わったとされる湯之像・尾八重神楽と南北朝期(およそ570年前)に流入した米良山系の神楽とは神楽の様式を同じくする要素が多い。これらとの照合は今後の課題となるが、私ども在野の愛好者レベルの研究者の力の及ぶ範囲ではない。


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