イタリア半島 食 の彷徨 西川 治
昨年の12月 友人からもう今年5月連休の海外旅行 羽田発の航空券は 売り切れだ と聞いて慌てて 航空券を予約した。 あまり考えもせず、とにかく先ずは航空券が先だと。 確かに 2年前1月に購入した時よりも3万円ぐらい安い。 そう この航空券をゲットしようとした時から、旅の楽しみを味わいだしている。 今回はローマとナポリにしようと、 その時は思ったのだが。 どう云う訳か今年の新年は NHK-hivisionで 毎日朝から夜まで イタリア特集 。イタリア政府から金を贈られているのではないかと思わずにいられないほどだ。 昨年春からイタリア料理教室に通うようになった。 しかし Ma-君と食べた本場の味には 遠く及ばない。 日本のレストランでの味からは本場の味は想像すらできない。 これは他の料理でも同じことが言えるのだろうが、感性で味わうものはみなそうなのだろうか。 イタリアでの観光は、正月のテレビで十分といった感じ。遺跡と中世の絵画、彫刻は 解説付きで堪能した感。 では 何を求めてイタリアまで? 一つはボケ防止と冒険心を満たす事。そして2つ目にイタリア美味い料理の食べ歩き。 3つ目、夕日の沈む水平線を眺めながらホテルのベランダでゆっくりする事。地中海の海は一味違うのではないかと期待して。
この本には、Ma-君とフィレンツェで食べた ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナについて書かれてあった。あの表面だけ焼いて中はまるでレア。そしてやわらかい肉を口に入れるとその肉汁が口の中いっぱいに広がる、この後々まで思い出に残るあの味が、イタリア料理の醍醐味だと。『直截的な力強さに満ちた肉料理は、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナだろう。煌々とおきた炭火の上で厚さ3センチ、2キロはあるだろうという牛肉を焼くだけである。厨房は、滴り落ちる牛脂の焼ける煙ががあがり、霞んでいる。煙いなどとは思わぬ。それは生命感を超え霊的な風景に近い。僕は、フィレンツェに来るとまず、数日間はこのビステッカにうつつを抜かす。』と。 この厚い肉に塩コショウをし炭火で焼く。そして肉汁が出る寸前に裏返しまた 塩コショウをして焼く。するとなるほど表面だけ焼きが入り旨みの肉汁を閉じ込めた焼き具合になるのか。
宿はまだ予約しない。今月いっぱいあーでもない、これにしようか、あそこに行こうかと楽しんで。
そうもう旅は始まっているのだ。
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