歩きながら考える

最近ちょっとお疲れ気味

日清食品「チキンラーメン」

2008-08-20 22:41:46 | Weblog
 今夜もカップめんを食べて残業です。なんでこんな時期に忙しいのか、自問自答する今日この頃です。
 「50周年記念 限定版」ということでしたが、特段すごく美味しいというわけでもありませんでした。しかし、いかにも昔の即席麺そのものの味は、なんだか郷愁のような感情を誘いますね。

オタクツーリズム

2008-08-20 18:13:02 | Weblog
 日本経済新聞に連載されている「ゼミナール」に、「オタクツーリズム」なるものが昨日取り上げられていました

(以下引用)
 団塊世代によるセカンドホームツーリズムの可能性が芽生えているが、一方で若者の旅行離れは深刻だ。若者の旅行需要の掘り起こしは観光立国を目指す上での重要課題だが、一つカギを握るのが漫画やアニメなどメディアコンテンツの活用だ。若者をひきつける要素となっており、新たな旅文化が形成されつつある。
(引用中断)

 例によって、アニメ「らき☆すた」のファンによる「聖地巡礼」によって埼玉県の鷲宮神社の参拝客がいかに増えたのかデータを示し、その他のアニメ作品の事例も紹介しつつ、アニメファンたちが地域住民とも交流しながら街づくりに参画し始めていると述べ、以下のように結んでいます。

(引用再開)
 日本の漫画やアニメは国内だけでなく、海外でも高く若者をひきつける磁力となっている。日本で育ち始めた「オタクツーリズム」は、新たな観光を生み出す原動力として重要な役割を果たしつつある。
(引用終わり)

 私も以前にこれと似たようなことをこのブログでも書いたのですが、よくよく考えてみれば、フィクションの舞台として使われた場所を観光資源として活用する例は、熱海を有名観光地にした尾崎紅葉の「金色夜叉」など昔からあるものです。要は観光資源のネタとして活用されるメディアがかつての小説やテレビドラマから漫画やアニメに代わっただけであって、フィクションの世界の疑似体験を求める旅のスタイルはむしろ古典的です。ブームの起点が漫画やアニメだからといって「オタク系」に分類することもないように思います。
 ただ、アニメの「聖地巡礼」が貫一・お宮の時代とは大きく異なるのは、(1)ブログやBBSを通じてコアなファンたちが「聖地巡礼」の情報を交換しあう、(2)その情報が伝播することでネットユーザーの間で「巡礼」への関心が喚起される、(3)「聖地巡礼」の模様が新聞などのメディアでも大きく取り上げられる、(4)これによってさらに「巡礼」への関心が高まり「巡礼者」が増加する、というスパイラルが働いており、しかもそのスピードが凄まじく早い点です。このスパイラルにおいて重要な役割を果たしているのが、インターネットという個人でも容易に情報を発信できるメディアであることは言うまでもないでしょう。

 アニメの「聖地巡礼」よりも、「乗り鉄」、「撮り鉄」の方々の旅のスタイルの方が「オタクツーリズム」の呼称にふさわしいと思うのですが、いかがでしょう。

名鉄だってポケモン

2008-08-19 19:53:23 | Weblog
 オークマとヤマザキマザックを訪問した後、江南から名古屋まで乗った名鉄の快速特急はたまたま「ポケモンミュースカイ2008号」でした。また、名鉄でもポケモンスタンプラリーをやっていました。ポケモンの車体ラッピング、スタンプラリーはJR東日本だけではないんですね。

オークマとヤマザキマザック

2008-08-19 19:52:25 | Weblog
 オークマとヤマザキマザックを訪問してきました。どちらも日本を代表する工作機械メーカーですが、なぜか愛知県大口町という小さな町に本社があります。しかし、オークマは国内市場、中でも金型関係に強いのに対し、ヤマザキマザックは海外での販売が8割を占めており、金型向けの機械はあまり手がけていません。お互いご近所の両社ですが対照的な存在ですね。
 写真はオークマ本社のギャラリーに展示されていた、同社の創業時の製品であった製麺機の写真です。つい最近まで名古屋市内の製麺屋さんで現役で使われていたのですが、よくぞ使い続けてくれたと感激したオークマは、この製麺屋さんで作られていたきしめんを得意先への贈答品として購入していたそうです。

さらば工学部 「6・3・3・4年制」を突き破れ

2008-08-18 21:45:41 | Weblog
 今週の日経ビジネスが「さらば工学部 「6・3・3・4年制」を突き破れ」というタイトルの特集記事でわが国の工学教育の現状を報告しています。

 記事はまず東京大学、京都大学という名門大学の工学部ですら志望者の減少、学力の低下という問題に直面しており、企業でも深刻な技術者不足に見舞われている現状を報告しています。ここまで読むと日本の将来は大丈夫かと不安になってしまいます。
 しかしその後は、大学にはもう頼れないと社内で大学レベルの教育を行うデンソーのような企業の例や、実習の技能向上のために地元企業で教員の研修を行う工業高校(岡崎工業高校、城東工科高校)、大学院レベルの教育、研究を行う工業高専(弓削商船高専、阿南高専)、全国唯一の中高一貫の工業高校(横手清陵学院)、そして定時制ながらロボット大会で好成績を収める工業高校(向の岡工業高校定時制)の事例が紹介されており、これを読むとちょっとほっとします。

 しかしながら、工学の中でも金属や機械といった「時代遅れ」と見られがちな分野でかつてに比べて大幅に学生数が減り、教育、研究の場も失われつつある状況は、日本のものづくりの将来を考えるとやはり深刻であると言わざるを得ません。記事でも指摘されていますが、わが国の科学技術戦略がバイオやITといった先端分野にシフトしすぎてしまい、金属や機械の分野に陽があたらなくなってしまった現状を変えていく必要があるでしょう。
 以前にこのブログでも触れましたが、大学では金属工学の研究室は絶滅寸前であり、教官も高齢化が進み後継者もいないような状況です。国が科学技術教育の舵取りを修正するのであれば今がラストチャンスであるように思います。

お金をかけずにチラシと新聞紙だけで1日中遊ぶ方法

2008-08-17 23:50:24 | Weblog
 これは実践してみようと思いました。

ビジネスパーソンのための「子供と遊ぼう」講座:お金をかけずにチラシと新聞紙だけで1日中遊ぶ方法

(以下引用)
 子供が夏休みだというのに家でゴロゴロしてテレビを見たり、ゲームばかりしてはいないだろうか? 今の時代、子供に必要なのは自分たちで遊びを考え出す力。そこで、今回は昔ながらの新聞紙とチラシを使った遊びを子供たちと一緒にクリエイトしてみようと思う。
(引用終わり)


 なんとなくノリが@niftyのDaily Portal Zのようなのですが、IT系ニュースポータルのIT Mediaの記事です。こんな特集もやるんですね。
 最初に新聞紙でいろいろな帽子、そしてスリッパを作り、次にチラシで紙飛行機を作って子供と遊び、そして最後にチラシと新聞紙だけで新しい遊びを考える、という企画なのですが、なかなか楽しそうです。
 おそらく私の両親の世代であれば、この企画で紹介されているようなチラシや新聞紙を使った遊びは当たり前だったことでしょう。しかし、この記事で紹介されている帽子や紙飛行機で私が作り方を知っていたものはわずかなものでした。豊かな時代に生まれ育った私は工夫する知恵というものがきっと退化してます。子供に自分たちで遊びを考え出させようにも、父親がこれではいけませんね。

(以下引用)
 新聞紙とチラシだけで、どれだけ遊べるか――。家族総出で試してみた結果は、日焼けと翌日の筋肉痛だったが、1日中公園で遊びまくったおかげで、夏休みのいい思い出を作れたと思う。
 道具が限られているからこそ、新しい遊びを考え出せる。これは仕事でも同じだ。予算があまりなかったり、メンバーが少ないなどの制約があったとしても、その制約の中で考えるからこそ、いろんなアイデアが生まれてくるのではないだろうか。
(引用終わり)


 全くその通りだと思います。この記事は一見ハウツーものであるようでいて、読者に対して自ら考える、工夫することの重要性を問い掛けていますね。
 週末に向けてチラシと新聞紙を用意しておくことにしましょう。

国名の中国語表記

2008-08-17 21:31:38 | Weblog
 北京オリンピックの女子マラソンはまさかの展開でした。日本選手には頑張って欲しかったのですが。

 ところで今回のオリンピックでは出場国が漢字とローマ字で表記されていますが、ちょっと国名が想像しにくい漢字表記もありますね。こちらに開会式での中国語による入場順の国名・地域名表記と日本語訳が載っているので参考になります。ほとんどが類似した漢字の音を当てているのですが(中には黒山(モンテネグロ)のように意訳している表記もある)、巴西、尼日利亜、沙特、捷克という漢字を見て、それぞれブラジル、ナイジェリア、サウジアラビア、チェコだとは日本人にはちょっと思いつかないでしょう。

 しかし漢字表記された国名で極めつけなのは「危地馬拉」です。国の名前に「危」という字が使われるなんてどうかと思うのですが(略して「危国」ですからね)。答えはグアテマラ。この国の人々のほとんどは漢字がわからないから問題にならないのでしょうね。

やるせない

2008-08-15 23:43:36 | Weblog
 炎天下の中、亡くなった知人の告別式に参列してきました。

 棺桶の中の故人の脇に彼の子供たちの写真が入れられているのを見て、本当にやるせない気持ちになりました。
 
 彼の子供たちの姿はその場にはなかったからです。

 彼は離婚して子供たちと別れて暮らしていました。写真に写っていた子供たちはあどけない幼児の姿でしたが、今ではもう中学生ぐらいに成長しているはずです。別れてから彼は子供たちと会う機会はなかったのでしょうか。

 母親が父親の葬儀に子供たちを連れてこなかったことには、彼女なりの事情があったのでしょうし、赤の他人である私があれこれ口出しできる筋合いはありません。しかし、子煩悩であった在りし日の故人を知っている私には、あまりにも残酷な仕打ちであるとしか思えませんでした。

 今夜は酒を飲んでも酔えそうにありません。

他人の知恵を借りる知恵を持て

2008-08-14 23:45:45 | Weblog
 かつて訪問した企業でのヒアリングメモを整理している中で、ふとある中小企業の社長さんから聞いた表題の言葉が目に止まりました。
 よほどの人物でない限り一人で出せる知恵には限界があり、他人から知恵を借りなければならないことが多いと思います。そのためには、自分からも知恵を相手に貸すだけの知的能力を磨き、相手との信頼関係を築くためのコミュニケーション能力を高めよ、という意味だと私は受け取りました。「貰う」とか「頂く」ではなく「借りる」という点も重要です。名言だと思います。

 時間を節約するのであればお金で知恵を買い取ってしまう方法もありますし、ネット上にアップされている知恵をそのまま拝借してしまえばお金もかかりません。しかし、それでは自らの成長にはつながりませんし、知恵を提供してくれる人との関係も深まらずにそれっきりで終わることでしょう。

 私は他人の知恵を借りる知恵をもっと高めたいと思います。