クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

群馬県みなかみ町に太宰治のギャラリーがある?

2021年02月09日 | ブンガク部屋
かつて太宰治が宿泊した「旅館たにがわ」(旧「川久保屋」)を訪ねたのは、
幼なじみのS君とぶらり旅をしたときのことです。

当時の僕たちは、水上を訪れた太宰のように人生の谷だったわけでもなく、
むろん、そこで事を起こそうとしていたわけでもありません。
「旅」と言っても日帰りの無計画で、
利根川の上流へ行ったついでに「旅館たにがわ」へ足を伸ばしたのです。

同館の一室には太宰治のギャラリーが設けられています。
展示されているのは、太宰関連書籍や小山初代・山崎富栄の写真など。
太宰が宿泊した当時の部屋も再現され、彼が使ったという定期券もあります。
再現されたその部屋に太宰と小山初代を重ねれば、
きっとそこで書かれた作品を読みたくなるでしょう。

そんなギャラリーでS君が気になるものを発見しました。
それは、当時中学生の村田一真君が書いたレポートです。
原本をコピーしたもので、閲覧も可能となっています。
ぺらぺら捲ってみると、
『走れメロス』の主人公メロスの走るスピードを検証するというユニークな視点での論考でした。

作中では、メロスはボロボロになって走り続けている描写です。
が、意外にもそうではないという結果が……。
結びに、「「走れメロス」というタイトルは、「走れよメロス」の方が合っているなと思いました」という筆者の感想が述べられています。

さすが、展示されるだけのことはあるレポートです。
調べてみると、賞を受賞した作品のようです。
そのような作品をさりげなく展示している「旅館たにがわ」もぬかりなく、太宰愛を感じます。

ところで、S君の書く作文もユニークだったのを覚えています。
小学生の頃、文集に載った彼の作文に、他校から多くの感想文が寄せられたものです。
僕も含め、ありきたりの題材で書く同級生が多数だったのに対し、
彼が選んだモチーフは「ものもらい」。
しかも、3度目のものもらいになった体験を作文に綴っていました。
初めてではなく、3度目という点も大きなポイントでしょう。

人の目に留まるのは、その人のセンスです。
文章で言えば、何を題材に選ぶのかもセンスになります。
文章が優れていることも立派な特技ですが、人を立ち止まらせるのは、
やはりこれまでなかったものを取り上げることがその一つだと思います。
例えありきたりの題材としても、料理の仕方によって全く別物になれば、
人は目を向けるものです。

メロスの走る速度を検証する村田君の視点もセンスが光っています。
このセンスについては、努力してどうにかなるものではないのかもしれません。
基礎は必要です。
が、その先へ抜きんでるには、
その人の生まれ持った才能や性格、環境によるものが大きい気がします。

中学時代の夏休み、同級生たちと葛西用水路沿いの道をひたすら下ったことがありました。
そのことを夏休みの宿題で書いたT君がいました。
一方、僕は何の変哲のない作文を書いて提出。
むろん、面白いと国語教師に感心されたのは彼の作文です。

僕にとって、この記憶は戒めの一つとして残っています。
全く同じ体験をしたのに、そのことを書いたT君。
そして、それを選ばなかった自分。
何をどう書こうとその人の自由です。
でも、このことは大人になったいまも教訓として胸を突くことがしばしばあります。

S君にしろ、T君にしろ、日常生活においてもセンスが光っていました。
一緒にいてたくさん笑ったのは、面白いことをいつも言っているのではなく、
彼らのセンスが光っていたからなのでしょう。
「旅館たにがわ」では気付きませんでしたが、
村田君のレポートはかつてのS君の作文と同じ匂いだった気がします。

S君の母親も、友だちに頼まれて書いた作文が賞をとることがしばしばあったそうです。
聞けば彼の長女も読書好きで、川向こうへ自転車で遠征して本を買うとのこと。
光るセンスはきっと遺伝しているはずです。

太宰治もまた、センスを持つ作家だったと思います。
作品や手紙のみならず、太宰を知る人の回想文を読むと、
発言の一言一句が光っているように感じてなりません。
きざと言えばきざですが、それを口にできるのもセンスあってのことのはずです。

あの日、僕たちは太宰治ギャラリーを堪能したあと、
お土産を買って「旅館たにがわ」を去りました。
思い出に、同館を背景にして写真をパチリ。
三脚がないので、S君にシャッターを押してもらいます。
カメラ越しでも、丸顔の僕は太宰治に似ても似つかず、
どちらかと言えば、細面のS君の方がそれっぽく見えた気がします。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 宣教師が目にした本能寺の変... | トップ | 逆井城に入った‟北条氏繁”が... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブンガク部屋」カテゴリの最新記事