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こずえの遊び日記

長 野 旅 行  9の36

2022-06-25 | Weblog

「善光寺」境内の観光案内所の壁  昔話の “牛に引かれて善光寺参り” 昔、信州国の小諸に、ケチで性根の悪いおばあさんが住んでいました  ある日、川で布を洗い、軒先で乾かしていると、1頭の牛が現れて、角で布を引っかけて走り出した為、おばあさんは、その牛を追っかけて、「善行寺」まで来てしまった  日が暮れて、牛が入って行ったお堂に、おばあさんが入って行くと、光明に照らされて牛のよだれが “牛とのみ思いすごすな仏の道に 汝を導く己の心を” と読めました  おばあさんの心に仏の心が芽生え、信心深い人間に生まれ変わりました  後日、近くの観音堂を詣でると、堂内の観音様に、牛にさらわれた布がかけてあったそうです  その牛は、小諸の布引観音[行基創建の天台宗の名刹で、断崖絶壁にかかる観音堂]  おばあさんは、更に「善光寺」の信仰を深めて、往生したそうです   

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長 野 旅 行  9の35

2022-06-25 | Weblog

「善光寺」境内の観光案内所の ‘牛’  “牛に引かれて善光寺参り” という言葉は有名ですよね~

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長 野 旅 行  9の34

2022-06-25 | Weblog

‘山門’ の正面に掲げられた扁額  畳約3枚分あり、‘鳩字の額’ と呼ばれています  字の中に、鳩5羽と牛の顔が隠れています  善の所の左右の上のハネに、2羽の鳩と、善の文字が、牛の顔に見えますが、他は分かりませんでした  他の方のブログによると、扁額では分かりにくいですが、「善光寺」の境内に入る所、 長野の中央通の信号機にかかっている、案内板には、善の所の左右の上のハネの所に、2羽の鳩  光の所の左右の上のハネの所に、2羽の鳩  寺の点の文字に、1羽の鳩  善の文字に牛の顔があります  

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長 野 旅 行  9の33

2022-06-25 | Weblog

「善光寺」の ‘山門(三門)’  1750(寛延3)年に建立。 2007(平成19)年に、完了した改修工事で、創建当初の、二重入母屋造りで、サワラ板を用いた栩葺屋根に復元。 国内で、現存する栩葺建造物となりました  門の高さと間口は約20メートル。 2階の楼上へは、500円の有料ですが上る事ができ、‘山門’ 本尊の、獅子に乗る ‘文殊菩薩騎獅像’と、囲む様に、持国天・増長天・広目天・多聞天と ‘本堂’ 側と両方の絶景を眺める事ができ、内部の写真撮影は撮影禁止ですが、外の景色は、撮影OKです

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長 野 旅 行  9の32

2022-06-25 | Weblog

‘ぬれ仏(延命地蔵)’  1722(享保7) 年に造立された延命地蔵尊  像高は、2.68メートルあり、右手には錫杖・左手には宝珠を持つ、銅製の坐像。 現在の地に移転後に鎮座になった。 江戸の大火を出したと云われる、八百屋のお七の霊を鎮める為、恋人の吉三郎が建てたいう言い伝えもあります。 子供を守る仏としても信仰されています

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長 野 旅 行  9の31

2022-06-25 | Weblog

通行止めが解除になりました  右側に、‘六地蔵’  仏教の六道[地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天] を6体の地蔵菩薩が、それぞれ担当し、衆生の苦しみを救って下さる尊い存在とされています  写真では、遠くて分からないですが、右のお地蔵様は、片ヒザを立てています  苦しみ迷う人々を少しでも早く助けに行きたいという、お地蔵様の気持ちを表したものと云われています

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長 野 旅 行  9の30

2022-06-25 | Weblog

正午の12時には、‘駒返り橋’ から ‘山門’ までの道の通行止めが解除になるそうで、少し待つ事にしました  関係者以外、人が歩いていないので、滅多にないタイミングです  参道入口から ‘山門’ まで長さ 約400メートルで、幅5.4メートル。 敷石は、計7777枚使われています。 長野市の文化財に指定されています  ‘山門’ から ‘本堂’ までは幅7.2メートル・長さ63メートル  この石畳には、悲しい伝説があります 江戸中橋の豪商である、大竹屋平兵衛に一人息子がいました。 しかし、酒と女におぼれ、家に寄りつかなかったそうです  ある夜、平兵衛の家に、盗賊が入りました  突き刺したところ、我が子でした  平兵衛は、「善光寺」に来て出家し、敷石を寄進したと云われています    

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長 野 旅 行  9の29

2022-06-25 | Weblog

‘駒返り橋’ の通り挟んで後ろ側には、‘信州善光寺仲見世通り’ があります

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長 野 旅 行  9の28

2022-06-25 | Weblog

‘駒返り橋’ へ戻ってきました  源頼朝が参詣した際、馬の蹄が石橋のくぼみにはまってしまい、ここで馬を返して徒歩で参拝したという、伝説から名付けられた橋  源頼朝って、今年の大河ドラマ 「鎌倉殿の13人」の殿の父ですよね~  

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長 野 旅 行  9の27

2022-06-25 | Weblog

「善光寺」の ‘本堂’  1707(宝永4)年 に再建された、江戸時代を代表する仏教建築。 高さは約29メートル。 間口が広く奥行きが浅い寺が多い中、間口約24メートルに対して、奥行きが約54メートルもある。 また、総檜皮葺の二重屋根は、上から見ると、T字型で、鐘を叩く 撞木に似ている事から、‘撞木造’ と呼ばれています  

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