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こずえの遊び日記

KOZUE BAR 8 ~山口広島編~

2006-02-28 | Weblog
先日の旅行で買った、広島の日本酒『酸心 純米大吟醸』で。ふくの唐揚げと牡蠣の塩辛とあなごの竹輪で。ふくは、とらふぐじゃないので、小さくて小骨があるけど・・・。牡蠣の塩辛も、塩辛好きなら、たまらない 今回は、日本酒は呑み比べを買ったんので、この他にも、純米吟醸と特別本醸造もある 
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山口と広島の旅 ~津和野編~

2006-02-23 | Weblog
2月20日 寿英と旅へ お決まりの朝早い飛行機での出発の為、3:30起床。始発で羽田空港に。ANA691便 6:55羽田発で、山口へ。窓からは、雪の積もった山々が見え、どこを飛行しているのかわからなかったが、しばらくすると機長の“ただいま名古屋上空です”とアナウンス アナウンス後は、寝てた 8:40に山口宇部空港に到着。窓の外は  天気予報は曇りだったのに・・・ いつも旅行で雨に降られたことなど無いぐらいの晴れ女なのに  空港で傘を探すが売っていない。9:30に、観光バス「おいでませ山口号」に乗り込む。運転手さんとガイドの山田さんが“津和野に着く頃は晴れだよ。天気予報の午後の降水確率は10%だよ”という事で傘は買わなくていいという言葉を信じ、バス酔いする寿英を考えて、一番前の座席を指定された 空港から乗り込むのは私達2人だった。10:30新山口駅に。ここで、11人のお客が乗り込む。小さい子供が2人いた。新幹線が少し遅れたので、5分位遅れて出発。3年前に音楽療法の勉強会で一緒だった野村君が合流。野村君は山口の人で、休みが偶然に重なったので、参加となった。(沖縄のかおりちゃんもこの勉強会で一緒になったメンバー。2年前の寿英との沖縄旅行。2004年9月 沖縄旅2 再会編の写真に載ってます) 新山口駅は、何年か前に小郡駅から名前を変えたそうです。バスを乗ってしばらくすると、川端康成の雪国を思い浮かべる状況トンネルを抜けると雪景色。目的地の津和野は、島根県になる。山陰はいつ雨や雪が降ってもおかしくないと言われているそうだ。12時頃津和野に到着。山陰の小京都と言われ、殿町という通りは、白い土塀と堀割が続く。武家屋敷が立ち並ぶ街。そして、鯉が多い。そして、大き~い 正直、綺麗というより、大きすぎて、狭いところに数多くいたので、気持ち悪かった。鯉は満腹中枢が無く、餌をあげただけ食べてしまうそうで、観光客が餌を沢山あげるので巨大化してるそうだ。鯉に、小錦、ボブサップ、琴欧州と名付けていたが、特長がある訳でもないので、きっと、適当に言っているんだろうと思った 津和野という町名は一面にツワブキが生い茂っていた為という。山の中だが、かつては裕福な街で、芸術などにも力を入れていた。森鴎外もここの生まれだそうだ。最近は、SL山口号が3月~11月の間走っているのも有名らしい。和紙と紙人形が有名な街でした。少しのフリータイムで、古い民家の茶房 立石で、お茶をする “この土地のお土産のお菓子。源氏巻ってどんな味かな~”と言ってすぐ、“サービスです”と源氏巻が登場。偶然だったのか ちょっとお得でした 
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山口と広島の旅 ~萩・松陰神社編~

2006-02-23 | Weblog
津和野観光後、お昼のお弁当を頂く津和野では1時間しか時間がないので、その間に昼を食べるか、お弁当を食べるか選択で、薦められたのは、お弁当。津和野名物のうずめ飯。お弁当のパッケージが、津和野の名産の和紙人形の絵の形とイラストで、バスの中で、津和野の味を頂いた。萩までバスで、約1時間位。お腹もいっぱいとなり、車中は、お昼寝モードでした。萩は、江戸時代は長州藩の城下町。戦国時代、3本の矢で有名な毛利元就が、岡山、広島、鳥取、島根、山口の当たりを治めていた。毛利元就の孫の毛利輝元が、関が原合戦で、西軍豊臣方につき、総大将となり、負けてしまった。領地を取られ、今の山口県の周防と長門の領地に減ってしまった。小郡辺りに城を作りたかったが、幕府に謀反を起こされる可能性があると困ると、許可が貰えず、萩にと指定されたという。長州藩は、江戸時代260年間、恨みを抱え、毎年、年明けには、幕府が倒せるか・・・と話しあっていたという 14時過ぎ、萩の町に到着。外は 始めは、松陰神社。幕末、吉田松陰が貧しい志士達に学ぶ場所を提供した松下村塾(しょうかそんじゅく)もあり、縛りのない自由な雰囲気で、ここで学んだ人は、幕府を倒す中心となる桂小五郎(後の木戸孝允)、日本初の総理大臣の伊藤博文や、総理大臣になった山県有朋、奇兵隊を作った高杉晋作など数多くの人がいる。吉田松陰が松下村塾で教えたのは、2年半くらいの時期だが、多くの人がここで学んで、倒幕し、新しい日本へ変えていくきっかけだったとは、驚いた 
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山口と広島の旅 ~萩焼編~

2006-02-23 | Weblog

松陰神社の後は、萩焼の窯元の所を見学。萩焼は、元々、高貴な方しか使えなかったが、コウダイの所を欠けて、不良品として庶民に手に入る物となったというが、見たものは、ほとんど欠けていなかった。 

                         

               ホテルで。下の部分が欠けているのがわかるかな

                                                    

                                  萩焼窯元に飾ってあった「幻影」という作品 

 

                        

               萩焼窯元の壁にあった埴輪みたいな焼物が張ってある

萩焼を作っている工程も見学できる。昔、栃木の益子で、体験したが、手がかゆくなってしまった 湯のみを作りたかったが、ロクロを回して、高さのあるものをつくるのが大変だった事が分かったし、有田焼を絵付けも想像より難しく、線を1本綺麗に引くのも大変だった事が思い出された   初日だったので、割れたら嫌だな~と思って、買うのに躊躇してしまった 茶人には、一楽 二萩 三唐津と称され、日本を代表する焼物の一つの萩焼。ゆっくり、お気に入りの萩焼を見つけるのもいいな・・・ 

  

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山口と広島の旅 ~萩の街編~

2006-02-23 | Weblog
次は、江戸屋横町へ。木戸孝允旧宅など、昔ながらのたたずまいの道をガイドの山田さんの説明で歩く。旧久保田家住宅など、飾り雛の展示がされていた。菊屋家住宅は、豪商の家で、この家の横の道の菊屋横町は日本の道100選と呼ばれている。萩は、夏みかんが有名。夏みかんは、実がなっても、1年間はそのままにして、取らずにならして、1年後に食べるのが食べごろだそうだ ここで、萩観光も終わりとなる。萩は、今、萩祭りというものをやっていて、笠山では、椿が2万5000本あり、道のうえに椿が落ちて綺麗に彩られていたり、飾り雛の展示を沢山の住宅でやっていた。萩では、長州藩3代目から11代の奇数代藩主の菩提寺が東光寺、2代目から12代目の偶数代の藩主の菩提寺は、大照院と分かれている。今回は残念ながら時間がなく、見られなかった。東萩駅で下車。ここで、野村君とは 宿へ向かう
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山口と広島の旅 ~ふぐ編~

2006-02-23 | Weblog

東萩駅から送迎車で5分くらいの松陰神社の近くにある『萩本陣』という宿へ。ドライバーさんの話だと、夕日が綺麗に見えるそうで、夜景も綺麗だそうだ   7階の部屋で、萩の街が見える。私達の部屋の担当の仲居さん。忙しい時間だったのか “夜の飲むお酒は今決めてください” と即決の答えを求められ、夕飯は、ふぐだったので、日本酒を注文。18時過ぎ頃、日が沈む。2人で、カメラを抱え待っていたが、残念ながら、沈む瞬間は、雲がありました。

                         

              右側に見えるポックリ丸い山は指月山と日本海

18時半に部屋に、ふぐ会席の夕飯が来た。やっぱり、山口に来たら、ふぐだろう。グレードアッププランで、ふぐ会席にして、部屋食となったのだ てっさに、ふぐの一夜干し、にこごり、てっちり、ふぐの唐揚げ、ひれ酒 ひれ酒は、このプランについているそうで、知っていたら、日本酒注文しなかったのに この他に、刺身(ふぐ以外の)やワカメそば、健康米という雑穀のご飯に、吸い物、夏みかんゼリーもついた。食べきれないぐらいでした 

                    

                 てっさは、ふぐの柄の皿に。ひれ酒と

ふぐを堪能した後、ここの宿のウリで、モノレールで、裏の山にある露天風呂に行ける。山の頂上には展望台もある。浴衣を着て、行ってみる。展望台は夜遅くて行けなかった 寒かったし、部屋からも夜景が見れたから、露天風呂だけ入る。星が綺麗に見えました 夜景は、神戸や函館と同じくらいお薦めという事だったが、聞いて想像したよりは、大した事ない。東京のネオンを知っているだけに、萩の夜景はおとなしかったよ 

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山口と広島の旅 ~錦帯橋編~

2006-02-23 | Weblog
2日目の2月21日 8:25発の防長バスで東萩駅を出発。10:10頃新山口駅に到着。新山口駅に近くまでの約1時間、乗客は私達2人と萩バスセンターで乗った人と3人と運転手さんだけだった 10:36発のひかりの自由席で広島駅へ。約30分位で到着。荷物を今日宿泊するホテルに預け、広島駅10:50発の山陽本線で、岩国駅へ。11:33に到着。バスで15分位で錦帯橋に到着。お天気にも恵まれた 錦帯橋は,日本三名橋の一つの木造橋。5連のアーチで構成されている。錦帯橋の下の川の錦川の水も綺麗だった。橋を渡る。宮本武蔵と対決した佐々木小次郎の像がある。吉川英冶「宮本武蔵」では佐々木小次郎は岩国出身とされているが、福井県とも福岡県の出身とも言われている。宮本武蔵と対決する厳流島は、山口県下関の所にある。ちなみに、岩国は、広島県ではなく、山口県である アンティーク着物をきた女性が5名ほど歩いてきた レンタルして着る事もできるらしい。予約が必要なので、着る機会がなかったが、天気も良かったので、着物を着て、錦帯橋を渡るの素敵だな お腹がすいたので岩国寿司を食べた。岩国寿司は押し寿司だった 
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山口と広島の旅 ~安芸の宮島 厳島神社~

2006-02-23 | Weblog
岩国を出て、再び、山陽本線を広島方面へ20分、宮島口駅に到着。そこから徒歩で約5分で、フェリーに乗る。夕方近くになり、風が寒かったが、気合を入れて、デッキへ。少しずつ厳島神社の大鳥居が見える。しかし、又、離れていく・・・ フェリーの到着場所は、神社から離れていた 下船し、歩くと外国の方が多い 厳島神社は世界遺産に登録されている。日本にある世界遺産は、古都奈良の社寺や法隆寺の仏教寺。姫路城。屋久島。白神山地。古都京都の寺。白川郷・五箇山の合掌作り。日光の社寺。琉球王国のグスク。知床が登録されているらしい。(家に帰って調べた所によると 日本にも結構あるんだな~)日光は小学校や中学校の林間学校に行ってた。奈良の法隆寺にも行ったことがあった。友達の由佳ちゃんと白川郷・五箇山の合掌作りは見に行ったな~ 宮島には鹿が多い 風景に同化していて、鹿だと分かるとビックリする事もあった 厳島神社は、満潮が13時頃。干潮が20時頃。到着した頃は、16時近かったので、段々とひいていた。去年の台風で、破損した所を修理していたし、海水がひいていたからか何か臭かった。夏だったら、もっと臭いのかな 丁度、結婚式を終えた新郎新婦が大鳥居をバックに写真を撮っていた 厳島神社は、6世紀推古天皇の時代の創建で、平清盛が現在の様な綺麗な寝殿作りの社殿を作ったというものだった。五重塔が綺麗だった。少し高い所にある千畳閣からだともっと神社が綺麗に眺められるのでは・・・と思って行ったが、木が生い茂っていて、見られなかった フェリー乗り場までの帰り道は、揚げたもみじ饅頭や焼牡蠣を食べた 店が17時頃閉店となり、帰り道は寂しいカンジがした。時間が潰せたらライトアップもあったので、見てみたかったな~  
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山口と広島の旅 ~広島 お好み焼き編~

2006-02-23 | Weblog
広島駅に戻ってきた 広島電鉄(ヒロデン)に乗る。街の中を走る電車。東京だと三ノ輪から早稲田に走っている都電と同じ。子供の時、私達は、都電の事をチンチン電車と呼んでいた。チンチンと鳴らして走るからだ。この都電みたいな電車が、広島では、バスなどと並行に走っている。しかもいろんな路線がある。しかも宮島行き以外は、均一の150円。気軽に乗れてしまう。ヒロデン に乗って、八丁堀駅で下車。お好み村に行く。広島のグルメといえば、広島風お好み焼き 去年大阪の道頓堀にあったお好み焼きなどの大阪グルメのテーマパークに行ったイメージで行った。2~4階まで店舗があるが、各階行くのに、その都度、エレベーターで行かないとダメで、店の案内もなく、何がなんだかわからなった 2階から上がって、全部の店を見てみた。沢山の人が入っている店をさがした。ネットで美味しいと書かれていた店は満員で入れず、『大丸堂』という店にした。店内は多くの芸能人のサインだった。大塚愛や河口恭吾のあった。来週には大友公平も来るらしい。まずは広島スペシャルのお好み焼きと牡蠣バターを注文 牡蠣は大きく、プリプリだった。広島焼は、お好みの皮はクレープみたいに薄い。その上に大盛りのキャベツともやしとイカフライ(駄菓子屋に売っているやつ)。別にそば(又は、うどん)と卵焼を焼き、上に乗せ、お好みの皮のネタを垂らし。最後にソースや青のりをかけ、大盛りの万能葱がかかる。かなりのボリュームに、野菜たっぷり 美味しかった。もう一つ。和風スペシャルで高菜と餅が入っているのも注文。かなりお腹がいっぱいだったが、食べた かなりキツかったけどね~ 重いお腹で、ヒロデンに乗り、広島駅へ。今日のお宿は、駅から徒歩5分のホテルニューヒロデンへ。
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山口と広島の旅 ~原爆ドーム編~

2006-02-23 | Weblog
3日目の2月22日は、9時にホテルをチェックアウト。広島駅のホテルあった南口から空港のリムジンバス停のある新幹線口へ。この反対側の出口に行くには、地下の大きな通路を行く。昨日から利用していたので、結構スムーズ、荷物を預け、きょうの目的地へ。又、南口からヒロデンで、原爆ドームで下車。原爆ドームの所で、10時にボランティアガイドさんと待ち合わせ。ガイドさん一人1000円で応じてくれる。ガイドの吉田さんと一緒に見学。写真で分かるように、ドームに足場やネットやシートがかかっている 3年に一度の点検をしているとの事。ちょっと残念であった。この原爆ドームはチェコの建築家ヤン・レツル氏によって広島県物産珍列館の建物として建設された。このヤン氏は、銀座で多くの建物を設計した人で、当時広島県知事は、その前に茨城県知事だった人で、その事で、銀座で作られているものと同じ様な物をという事で作られた。もっと大きな物だと想像していたが、思ったよりも小さかった。原爆ドームは、世界遺産でもポーランドのアウシュビッツ強制収容所に次いで、2番目の負の遺産〔人間の過ちの歴史を伝える財産〕として登録されている。当時原爆を浴びた橋げたや鐘の音が日本の音100選に選定されている平和の鐘。アンネの日記のアンネ・フランクの父親が送った花。10年後に白血病を発病し、12歳で亡くなった佐々木禎子さんを弔う原爆の子の像。など沢山の場所を案内して下さった。原爆ドームは爆心地でなく、少し離れた〔徒歩5分くらい〕所で、現在は、碑だけで、当時からの病院があった。平和記資料館で原爆や核爆弾などの怖さを知った 子供の時に「はだしのゲン」を読んだ事を思い出した 最後に、核廃絶を願って地球上から核兵器がなくなるまで絶やす事のない火のある平和の灯を見た。ガイドの吉田さんの案内で、2人だったら、見なかったり感じられなかったりしたものまで案内してもらったので、お願いして良かった。以前秋田の角館に行った時もガイドさんを利用して有意義なものだったので、又、機会があったら利用してみたい 原爆も投下されて今年で61年。原爆にあった遺品などが、少しずつ色あせてきたりしていた。時が経つと風化されてしまうので、世界遺産という物で残していくことの重要性を実感した。ここで、吉田さんとお別れして、ヒロデンで胡町で下車。もう一つの広島グルメの激辛つけ麺を『唐唐亭』で食べた。唐さが選べて、ピリッとした辛さにしたが、結構辛かった 食べて、広島駅に着くと リムジンバスに乗る頃には、結構降っていました。ANA682便 17:10広島を出発し 18:30頃に羽田空港に到着。この3日間。幸運にもに濡れないで過ごせたのがラッキー
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