食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

『回想旅行記、ハットゥシャス遺跡』

2014年03月25日 17時35分53秒 | 旅行

早朝の起床、荷造り、朝食、あわただしくホテルを出る。250km先の世界遺産のハットゥシャシュ遺跡を目指す。

この日は遺跡を観てから更に200kmのカッパドキアに移動する。ホテルを出る時、未だ朝霧に包まれていて50m先

は真っ白状態にある。

太陽は上がっている時間なのに放射冷却の関係か、残雪の上に遅い霜がたっぷりと注がれたそんな感じだ。暫く走

ると集合住宅が何棟も建っている。道すがら個人住宅も建っているが疎らで日本のように密集していない。

アンカラからハットゥシャシュまでの道のりには、ここぞ異国の風景が連なる。ちょっとした町並みを外れると畑

地が延々と続き、小高い場所には小岩がゴロゴロしていた。全体的に平地の連続で水平線の彼方に高い山らしいも

のがかすんで見えるくらいで高い構造物は殆どない。変化が少ないから面白くはない。ちょっと寝ては目を覚ます、

やはり同じような光景を繰り返しハットゥシャシュ遺跡に到着。遺跡は少し小高い丘のような場所でバスが上がる

度に雪の量が増えていった。白い雪に被われた遺跡は写真で見るよりも素敵な光景だ。雪はあるが岩に掘られた像

などは、きちんと見ることができた。同行していた女子大生の誰かが遺跡の上に小さな雪だるまを飾っていたもの

が妙に可愛げで、カメラや携帯を向ける人が多かった。

一面の雪で全体が真っ白になっているから、雪が無ければ他の遺跡物をみる事ができるのか、いずれにしても雪で

被われた遺跡を見な機会はないだろうから貴重な体験をした。

BC2500年ころから史上初めて鉄器を使ったヒッタイト人が作った王国の遺跡、日本の歴史とは比較できないほど古

く、そんな時わが大和民族の祖先はなん何処でどんな暮らしをしていたのだろうかと思いを馳せる。トルコの歴史

に残る史跡は時間的な事、規模の大きさから常にその疑問と隣り合わせだった。

遺跡を見学してから奇岩で有名なカッパドキアにバスを走らせる。2時間に1度の割でトイレ休憩、ドライブインのよ

うな店に立ち寄る。ドライブイン直のトイレは無料、時々あるのが別棟になっている有料トイレは50円くら

い、有料でも日本の公衆トイレの方が綺麗。見るものはなく、用意していた地図と睨めっこをして方向と大体の市

を知ることに夢中になっていた。

 


『何の意味があったのか大阪市長選挙』

2014年03月25日 17時34分34秒 | 日記

人気に陰りが見え出した橋下市長が打ち出した起死回生の策は、舞台に上がる人がおらずしかも満席の三割にも

満たない観客。既成政党がこぞって対立候補を立てないから、挑発的な言葉を吐いたものの、ここでも笛吹けど踊

らずとなり選挙結果は最初からみえていた。

選挙は立候補しなければ何も始まらない。橋下前市長は立候補した。言い方は失礼だが他は泡沫候補だと新聞な

どの論調。選挙は実施され投票結果から橋下新市長が30万票あまりの得票で目出度く当選した。

選挙で選ばれたのだから目出度いと思うが、本人は本当にそう思っているのか聞いてみたい。当確が報じられた時

に選対事務所で『万歳』をしたのかどうかもしらない。誰も望んでいないのに『大阪の都構想の是非を問う』と勝手に

辞職して選挙をしてしまった。選挙で勝ったからと言って何が動き始めるのだろうか。身内の石原代表からも『大義

なき選挙』と言われているくらいだから、身内以外の人には余計に理解しがたい。

自治体の長は独裁者ではないのだから、自分の思いだけで無駄な経費、権力を使うべきではないと思うが、こうで

もしなければならない理由があるのだろう。橋下市長のデビュー当初、庶民の代表のように単刀直入に物を言う姿勢

に共感する人が多くいた。私も全面的とはいかないにしても溜飲を下げるような物言いを何度か聞いている。

関電の原発再稼働容認の頃から雲行きが怪しくなり、以後は私の頭の中から橋下市長への共感という言葉が消えて

しまった。それでも新しい大阪市長としてすべき課題は多いだろうから、とりあえずご活躍をお祈りしておこう。

 


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