本棚の奥から昔読んだ『ハーフラバーズ』が出てきました。
ブックカバーをかけて通勤電車で読みましたが、再読とは思えず面白く完読しました。
奥さんと子供のいるフリーのSE・篠原賢一はある日突然、女性ニュースキャスターがきているようなノーカラーのスーツを着てみたくなった。
そしてすぐにディスカウントショップにいってミセス用の11号のスーツを買った。これが彼が女装に目覚めた瞬間だ。
その後は下着を買い、ウィッグを買い、お化粧をする。そして外出。
ネットで知り合った男性とデート..。
ここまでならば女装愛好男子でさほど変ではない。
しかし篠原賢一は、気づいてしまった。
「女装するのではない。女性に戻るのだ」と。
カウンセリング、去勢、性転換手術。
離婚、子供の養育、氏名変更、戸籍変更。
藤沢さとみになった彼は、奇妙な大言壮語癖のある男に犯される。
その上にその男と同棲。
頼れる男・愛してくれる男を求めてネットをさまようが、出会いははかなく消える。
このハーフラバーズは家族も仕事も捨て、男から女になった藤沢さとみさんの本音の日記です。性転換に関わる事実の重みを知ることができます。
8月26日(土)の日記
今日は買ったばかりの紺のスーツで出かける日。
丁寧に化粧した。眉は少し剃り、毛抜きで薄くする。もちろんすね毛も剃ってある。
ビキニラインも毛抜きで抜いて、脇毛も剃ってあるし完璧だ。
髭を潰すのも大変だ。リキッドファンデーションで髭を潰した後、パウダーで整える。オークル色だ。次にチークを頬に軽く塗る。それからアイメイク。アイライナーで目の周りを描く。マスカラで肘がをカールさせる。縫毛が短いので、大変。ビューラーを使ってもあまり効果がない。紫色のアイシャドーを塗り、茶色でぼかす。アイブローで眉を細く描き、ブラシでぼかす。次にリップを塗る。ピンク色のリップだ。
輪郭はリップブラシでしっかり描く。
アクセサリーを付ける。イヤリング、ネックレス、指輪に時計。
メイクが終わったところで、下着を着ける。ちゃんと洗濯済み。
まず、股間の膨らみを小さくするために水着用のサポートパンツをはき、ショーツをはく。トリンプの白いショーツなんだ。ベージュのパンストをはき、スカートをはき、ジッパー、ホックを掛ける。
次は上半身に移る。ブラジャーを着ける。中に特製パッド(ウレタン製)を入れる。
これは、実は子供のおもちゃについていたスポンジ製のボールを半分に切ったものだが、さらに周りの肉をブラジャーの中へ押し込むと、ちょっと谷間ができる。その特製の胸パッドにはガムテープを付けて、肌からずれないようにした。
そしてジャケットを着て、ボタンを掛ける。
最後の仕上げはウイッグだ。丁寧にブラッシングした後、被る。両耳の後ろをピン止めする。再度ブラッシングして、パンプスをはいて完成。これをすべて車の中でやる。
やった! 初めて若い女性の服を着用した。
なんとかビル街に辿り着いた。トイレで用を足した後、全身が見られる鏡でチェック。顔は別として、このスーツはとっても格好いい。かなり短いスカートなので大い足が格好悪いかなあ、と思っていたが、そうでもなかった。
ダブルは素敵だな。
しばらく眺めた後、外に出た。
途中、マクドナルドの前でイヤリングを落とした。眼鏡を外しているのでなかなか見つからなかったが、なんとか見つけた。
新しくできたショッピングセンターの中に入る。1階から3階までのブティックなどを眺める。こういうショッピングセンターのブティックには入れるようになった。
店内には若者が何人かいた。
急いで出てまたビルの中に戻り、奥へ奥へと歩く。
新しいトイレを発見。今度はこちらも使ってみよう。
ぐるっとビルの周りを歩く。背筋を伸ばして、足を伸ばして内股気味に歩く。ハイヒールがコツコツと音を立てる。短いスカートのプリーツが握れる。
外はとても暑いので、すぐ汗びっしょりになる。36度くらいあるのかもしれない。
でもどんなに暑くても、ストッキングをはいていなければならない。巷の女の子の苦労を味わうために、私は我慢した。
時折吹く風が軽くスカートの裾を膨らませる。スカートの中をそよぐ風が、微かに涼しさを感じさせる。これが普段では決して味わうことのできないスカートの気持ちよさだ。この感触が忘れられない。女性はいいよね。毎日のことだからなんとも思わないんだろうけども。
ボックスプリーツスカートをはいて感じたのは、タイトスカートよりも動きやすいということと、風と戯れる機会が多いということ。ミニのフレアーならなおさらでしょうね。
またトイレヘ戻って鏡を見ると、汗で化粧がむらになっていたので化粧を直して、今度は千葉方面へ向かうことにした。
船橋に着くと、イトーヨーカドーと東武デパートに面した通路を歩き、デパートの中に入る。レディースコーナーで婦人服を見て歩いた。
エスカレーターで上っていくと、若い女の子二人とすれ違った。すれ違った後に、背後から驚きの声が聞こえた。やばい、ばれたかな?
そのまま上に上ると下着売場があった。何人かの女性がパンティを見ている。デパートなので、店員も何人かいる。
私は女の子になっているので、ガードルやブラジャー、パンティを見たり、触ったりしてその場を立ち去ろうとすると、店員が「いらっしゃいませ」と話しかけながら私の顔を見て怪訝そうな顔をした。
途中で喉が渇いたので、自動販売機でジュースを買って飲んだ。女の子の時はスカートがきつくなるので食事はとらないことにしている。
足がかなり痛い。パンプスのサイズがちょっと小さいのと、ヒールが高いから。女の子はよくこんなのをはいて、ずうーっと歩けるね。
疲れたので、女子トイレに入る。ここのトイレは初めて。
入ってびっくりしたのは、化粧用の三面鏡があること。何人かの女性が化粧していた。
とりあえず個室に入る。結構混んでいる。でも並ばずに中に入れた。用を足していると、隣でナプキンを使う音がした。ああ、ここは女子トイレなんだな、と実感して手を洗う。私はハンカチを使うが、女性はどんなように手を洗い、その後ハンカチを使うのか観察したことはない。が、最近は温風で手を乾かす機械があり、見ているとそれを使う人が多い気がする。
試しに三面鏡へ向かってみる。隣に女の子が二人いた。
私が化粧直しをしていると、ちらっと見ていたが気にしていないようだった。
そうそう思い出したけれど、昔ビル街のトイレで用を足した後、洗面台へ向かうと横で女の子が「よしっ」と気合を入れていたことがあったっけ。
出所 『ハーフラバーズ』藤沢さとみ著 近代出版社2003年
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