承前というか、再びというか、酒井順子さんです。
今日取り上げる本は『男尊女子』
酒井順子さんは立教女学院を経て、立教大学社会学部観光学科卒業。 高校時代、当時お嬢様系女子高生に人気だった雑誌 『オリーブ』「マーガレット酒井」のペンネームでエッセイを寄稿していました。
お嬢様高校の卒業生はお嬢様のまま、大学生になり、OLになり、妻になり、母になります。
そして彼女たちが集まりはクラスを感じさせるものなのでしょう。
でも真面目で大人しそうに見えるアラフォー奥様達でも閨房のなかでは奔放に楽しんでいらっしゃいます。
それを酒井さんは上手に書いています。
お嬢様育ちの友人がいます。お嬢様らしい素直な気質で何でもあけすけに話す彼女が、二十代の頃にポロツと漏らした話に、おおいに驚いたことがありました。
まだお盛んなお年頃だった我々。その時はシモ関係のお話で盛り上がっていたのですが、その時に彼女は、「私はいつも、男性には自主的に○エラチオをする」といった意のことを言ったのです。
その瞬間に、「それはダメ~っ!」と、叫んだ私。
「そんなこと自分からしたら、相手に引かれまくるでしょう!」と。
彼女は、「あらどうして? 皆、喜ぶわよ?」
と、キョトンとしています。
素直な感覚だからこそ、「相手が喜ぶことをしてあげる」のだとは思います。が、こと性行為に関して言えば、それは完全にアウト。特に日本男児を相手にした時、自らの手練手管を相手から頼まれもしないのに積極的に披露したりしたら、相手の心には「この女、どんだけ……」という気持ちが広がる。その特は喜ばれるかもしれないけれど、肉体のみのつきあいに終わる可能性が高すぎます。
お嬢様の彼女は、日本男児のそのような心理を知るべくもありませんでした。クリスチヤンー族の中で、奉仕の精神をもって育ったからこそ、「相手が喜ぶことを、進んでしてさしあげるべき」という一心で、その手の行為をしていたことが、私にはよくわかる。
しかしそれによって、彼女は今までその手のおつきあいをした男性達に、お嬢様とは正反対の印象を特たれていたのでしょう。これは単に笑える話ではなく、彼女の人生を左右する深刻な問題なのではないか……。
そう感じた私は、なぜ自主的にその手の行為をしてはいけないのかを、懇々と彼女に説きました。日本男児は、「自分が女性に教えてやって性に開花させる」というストーリーは好きだが、最初から開花している女性を我がものにしたいとは思えない気質。だから、結婚につながる父際をしたいのであれば、その手の行為を自分からしてはいけない、と。
「そうなの! ぜんぜん知らなかったわ。てことは私、今までの男性全てに、内心『この女ヽどんだけ……』って思われてたわけ? キヤーツ、どうしてもっと早く教えてくれないの」
と、彼女。
「そう言われても、まさかあなたがそんなことしているだなんて思わなかった!」
と私は言いつつも、確かにもっと早く教えたかったものよ、と思っていたのです。
そんなことがあった後のこと。その頃に四十代だった年上の友人から、
「今までした全ての男性に対して、私は『○エラチオをするのは今日が初めて』という態度をとり続けてきた」
という話を聞いて、私は再び驚愕したのです。閨房において、相手からその手のことを要求されたら、「したことがないから」と、まずは躊躇。何度も乞われたら、しょうがなく……という感じで、おずおずするのだ、と。
「最初は稚拙に。次回以降、だんだん上達していくようにすると、皆『俺が育てたんだ』みたいな感じで、とっても喜ばれるわよ」
ということなのだそうでヽ四十代になってもその方式を取り続けているのだとか。
彼女は、特別な美人ではないのにやたらとモテるという、魔性系の女性。ムンムンのお色気で相手を悩殺するのでなく、性の世界での心理戦を制していた模様です。
しかし、四十代になって「初めて」というのは、あまりにも嘘っぽいのではないか。
「さすがに相手にバレるのでは?」
と問うたところ、
「絶対に、バレない。皆、『そうなのか、初めてなのか』って、ホクホク顔をするわね」
と強調します。
四十代にもなって、さすがに処女のフリはできない。けれど、別の部分で「初めて」ということにしておいてあげると、殿方は一種の征服欲を満たすことができるのだ、と彼女はさらに教えてくれました。これぞ、年の功……。
『男尊女子』酒井順子著 集英社刊
この本も図書館で借りてまいりました。
この部分、下手なつくりの熟女初撮りビデオよりもなんか昂奮してきません?
社会現象を巻き起こした『負け犬の遠吠え』、子の有無から女性の人生を考察した『子の無い人生』など、自身の同世代と並走し話題作を送り続ける著者が、現代日本社会の男尊女卑意識に切り込む。
日本社会の男尊女卑感は、男性側だけによるものなのか。
女性側にも「男が上、女が下」という意識はないだろうか。
現代日本社会の女性蔑視感を女性側の視点から浮き彫りにする。
学生時代、運動部系女子マネージャーに眉を顰めたことはないだろうか?
夫でも恋人でもない男子の汚れ物を嬉々として洗っているあの女たちは何者なのか(「小さな女子マネ」)。
デスクを回って茶を淹れる女性社員を横目に「女を捨てて仕事に邁進したいわけではないが、茶を淹れる、しかも自分よりアホで暇そうな男性社員に…それはできない!」という雇均法第一世代女性社員がいた一方、お茶女子を全うするキャリア組も(「お茶女子」)。
男尊女卑のアイコン、九州男児。
リベラル系東京女と最悪の相性と言われる彼らも、その逆の組み合わせ――東京男と九州女子は、うまくいくことが多いらしい。
その意味するところは?(「九州男女」)。
夫、旦那、ダーリン。婚姻相手の呼称が女性の深層心理を炙り出す。
「養ってもらっている」専業主婦ならともかく、キャリア妻が「うちの主人」と言えるのはなぜなのか(「主人」)。
他、合計20章のエッセイ集。
今日取り上げる本は『男尊女子』
酒井順子さんは立教女学院を経て、立教大学社会学部観光学科卒業。 高校時代、当時お嬢様系女子高生に人気だった雑誌 『オリーブ』「マーガレット酒井」のペンネームでエッセイを寄稿していました。
お嬢様高校の卒業生はお嬢様のまま、大学生になり、OLになり、妻になり、母になります。
そして彼女たちが集まりはクラスを感じさせるものなのでしょう。
でも真面目で大人しそうに見えるアラフォー奥様達でも閨房のなかでは奔放に楽しんでいらっしゃいます。
それを酒井さんは上手に書いています。
お嬢様育ちの友人がいます。お嬢様らしい素直な気質で何でもあけすけに話す彼女が、二十代の頃にポロツと漏らした話に、おおいに驚いたことがありました。
まだお盛んなお年頃だった我々。その時はシモ関係のお話で盛り上がっていたのですが、その時に彼女は、「私はいつも、男性には自主的に○エラチオをする」といった意のことを言ったのです。
その瞬間に、「それはダメ~っ!」と、叫んだ私。
「そんなこと自分からしたら、相手に引かれまくるでしょう!」と。
彼女は、「あらどうして? 皆、喜ぶわよ?」
と、キョトンとしています。
素直な感覚だからこそ、「相手が喜ぶことをしてあげる」のだとは思います。が、こと性行為に関して言えば、それは完全にアウト。特に日本男児を相手にした時、自らの手練手管を相手から頼まれもしないのに積極的に披露したりしたら、相手の心には「この女、どんだけ……」という気持ちが広がる。その特は喜ばれるかもしれないけれど、肉体のみのつきあいに終わる可能性が高すぎます。
お嬢様の彼女は、日本男児のそのような心理を知るべくもありませんでした。クリスチヤンー族の中で、奉仕の精神をもって育ったからこそ、「相手が喜ぶことを、進んでしてさしあげるべき」という一心で、その手の行為をしていたことが、私にはよくわかる。
しかしそれによって、彼女は今までその手のおつきあいをした男性達に、お嬢様とは正反対の印象を特たれていたのでしょう。これは単に笑える話ではなく、彼女の人生を左右する深刻な問題なのではないか……。
そう感じた私は、なぜ自主的にその手の行為をしてはいけないのかを、懇々と彼女に説きました。日本男児は、「自分が女性に教えてやって性に開花させる」というストーリーは好きだが、最初から開花している女性を我がものにしたいとは思えない気質。だから、結婚につながる父際をしたいのであれば、その手の行為を自分からしてはいけない、と。
「そうなの! ぜんぜん知らなかったわ。てことは私、今までの男性全てに、内心『この女ヽどんだけ……』って思われてたわけ? キヤーツ、どうしてもっと早く教えてくれないの」
と、彼女。
「そう言われても、まさかあなたがそんなことしているだなんて思わなかった!」
と私は言いつつも、確かにもっと早く教えたかったものよ、と思っていたのです。
そんなことがあった後のこと。その頃に四十代だった年上の友人から、
「今までした全ての男性に対して、私は『○エラチオをするのは今日が初めて』という態度をとり続けてきた」
という話を聞いて、私は再び驚愕したのです。閨房において、相手からその手のことを要求されたら、「したことがないから」と、まずは躊躇。何度も乞われたら、しょうがなく……という感じで、おずおずするのだ、と。
「最初は稚拙に。次回以降、だんだん上達していくようにすると、皆『俺が育てたんだ』みたいな感じで、とっても喜ばれるわよ」
ということなのだそうでヽ四十代になってもその方式を取り続けているのだとか。
彼女は、特別な美人ではないのにやたらとモテるという、魔性系の女性。ムンムンのお色気で相手を悩殺するのでなく、性の世界での心理戦を制していた模様です。
しかし、四十代になって「初めて」というのは、あまりにも嘘っぽいのではないか。
「さすがに相手にバレるのでは?」
と問うたところ、
「絶対に、バレない。皆、『そうなのか、初めてなのか』って、ホクホク顔をするわね」
と強調します。
四十代にもなって、さすがに処女のフリはできない。けれど、別の部分で「初めて」ということにしておいてあげると、殿方は一種の征服欲を満たすことができるのだ、と彼女はさらに教えてくれました。これぞ、年の功……。
『男尊女子』酒井順子著 集英社刊
この本も図書館で借りてまいりました。
この部分、下手なつくりの熟女初撮りビデオよりもなんか昂奮してきません?
社会現象を巻き起こした『負け犬の遠吠え』、子の有無から女性の人生を考察した『子の無い人生』など、自身の同世代と並走し話題作を送り続ける著者が、現代日本社会の男尊女卑意識に切り込む。
日本社会の男尊女卑感は、男性側だけによるものなのか。
女性側にも「男が上、女が下」という意識はないだろうか。
現代日本社会の女性蔑視感を女性側の視点から浮き彫りにする。
学生時代、運動部系女子マネージャーに眉を顰めたことはないだろうか?
夫でも恋人でもない男子の汚れ物を嬉々として洗っているあの女たちは何者なのか(「小さな女子マネ」)。
デスクを回って茶を淹れる女性社員を横目に「女を捨てて仕事に邁進したいわけではないが、茶を淹れる、しかも自分よりアホで暇そうな男性社員に…それはできない!」という雇均法第一世代女性社員がいた一方、お茶女子を全うするキャリア組も(「お茶女子」)。
男尊女卑のアイコン、九州男児。
リベラル系東京女と最悪の相性と言われる彼らも、その逆の組み合わせ――東京男と九州女子は、うまくいくことが多いらしい。
その意味するところは?(「九州男女」)。
夫、旦那、ダーリン。婚姻相手の呼称が女性の深層心理を炙り出す。
「養ってもらっている」専業主婦ならともかく、キャリア妻が「うちの主人」と言えるのはなぜなのか(「主人」)。
他、合計20章のエッセイ集。