昨日の続きです。
同じ『ぼくから遠く離れて』(辻仁成著)からの引用です。
「じゃあ、行くよ。大丈夫?」
「わかんない。ドキドキする」
「いい? 一歩外に出たら、君は男子じゃないということを忘れないで。仕草も、声も、雰囲気も女性にしないとだめ。そうじゃないと世界に違和感、衝撃、不愉快、誤解を与えてしまうことになる。睨まれちゃうわよ」
「できるかな」
「しなきや。電車にも乗るし、降りたら駅から目的地までは歩いて十五分から二十分はかかる。センター街を抜けないとならないし、大勢の人とすれ違う。あとね、もし、トイレに行きたくなっても男性のトイレには入れないのよ」
「え?」
「そりゃあ、そうでしょ? フルメイクして、女装なんだから、いいこと? 男子トイレには入れません。襲われちゃうよ。何もかも女性と同じにしなきやだめ、女性と同じ気持ちで行動し、発言し、挑むこと。わからないことはわたしに訊いて。導いてあげるから」
「うん、わかった」
そう返したものの、君はどうしていいのかわからず怖気づいた。マナが押し開けたドアの向こう側へ出ていく勇気はなかった。
マナは君が踏み出すのをじっと持っている。
「君次第、無理強いはしない。嫌だったら、辛かったら、乗らなかったら、やめてもいいよ。また今度にしてもいい。内召はいつまでも持つと思うよ」
「大丈夫、行くよ、もう待てない。今すぐに会って確かめたいことがたくさんあるんだ。今日、会いに行く」
「その声、それじゃだめ。少し高めに、そしてか細く、女性らしく。できなければ、囁けばいい。囁くように喋れば、少しは女性らしくなるから」
屈辱を感じる。纏っていた鎧を脱ぎ捨て、裸よりも裸の格好で歩くことになる自分を想像してみる。君はマナに渡されたポシェットを握りしめ、ついに一歩、新世界へと踏み出してしまった。
頭に血が昇り、逃げ出したくなった。こんな姿で外を歩くだなんて本当にできる?
マナが君の腕に自分のそれを潜らせる。
「じやあ、行きましょう。大丈夫よ、ほら、わたしがついてる」
ひんやりとした外の世界、足元から冷気が昇ってくる。異次元が広がる未踏の地、何が潜んでいるのかわからない不気味な世界。膝小憎が直に空気と触れて、君を心細くさせる。
ワンピースの下には、Tシャツもジーパンも存在せず、恥知らずな地肌が露出している。
パスポートを持たず異国の国境沿いの危険地帯を彷徨い歩いているような、または親からはぐれた子供、あるいは携帯をなくしてしまった心細さ、貯金ゼロ、まるで記憶を失った人間のような、不安…。
悪魔が、君のふくらはぎをさすってくる、君の項を舐めてくる、君の体に触れてくる。
穿いているスカートが膨らんで、隠さなければならない恥部が暴かれそうになり、君は慌てて、スカートを上から押さえつけてしまう。
息ができない。興奮しすぎて、思考が停止してしまう。
自分なんてものが最初から存在していなかったことを、今さらながらに思い知らされた恐怖。
恥ずかしさを通り越し、尊厳が否定され、裸以上に裸に近く、君は君を探しながら、闇の世界を凝視する。
いっそう冷たい風が股間に纏わりつく。そのせいで、大股で歩くことが許されない。小さめの一歩を、細かく細かく繰り返した。
自然に、つま先が内側を向き、膝小僧が膝小僧とぶつかる。激しい緊張と奇妙な恥辱によって、少し歩いては立ち止まり、深呼吸をしなければならなかった。
ひと目が気になり、きょろきょろ周囲を何度も見てしまう。なのに、焦点が合わず、視線はどことは言えない場所をうろついてしまう。
のどが渇き、聡さえも飲み込むことができない。
苦しくなってのどを鳴らすも、それが疑うことなく男子のそれなのに驚き、誰かに聞かれたのではないか、と慌てて背後を振り返る。暗闇の中に放り出された幼児のごとく、泣きだしそうになる。
『ぼくから遠く離れて』(辻仁成著)
辻仁成氏は女装を経験していますから、このシーンは自分の経験から描いているのかもしれません。
>ワンピースの下には、Tシャツもジーパンも存在せず、恥知らずな地肌が露出している。
こうした言葉は実感しないと出てこないですから...。
そして、このブログをご覧になっている女装子さんも最初の女装外出で同じような感想をお持ちになったのではないでしょうか。
同じ『ぼくから遠く離れて』(辻仁成著)からの引用です。
「じゃあ、行くよ。大丈夫?」
「わかんない。ドキドキする」
「いい? 一歩外に出たら、君は男子じゃないということを忘れないで。仕草も、声も、雰囲気も女性にしないとだめ。そうじゃないと世界に違和感、衝撃、不愉快、誤解を与えてしまうことになる。睨まれちゃうわよ」
「できるかな」
「しなきや。電車にも乗るし、降りたら駅から目的地までは歩いて十五分から二十分はかかる。センター街を抜けないとならないし、大勢の人とすれ違う。あとね、もし、トイレに行きたくなっても男性のトイレには入れないのよ」
「え?」
「そりゃあ、そうでしょ? フルメイクして、女装なんだから、いいこと? 男子トイレには入れません。襲われちゃうよ。何もかも女性と同じにしなきやだめ、女性と同じ気持ちで行動し、発言し、挑むこと。わからないことはわたしに訊いて。導いてあげるから」
「うん、わかった」
そう返したものの、君はどうしていいのかわからず怖気づいた。マナが押し開けたドアの向こう側へ出ていく勇気はなかった。
マナは君が踏み出すのをじっと持っている。
「君次第、無理強いはしない。嫌だったら、辛かったら、乗らなかったら、やめてもいいよ。また今度にしてもいい。内召はいつまでも持つと思うよ」
「大丈夫、行くよ、もう待てない。今すぐに会って確かめたいことがたくさんあるんだ。今日、会いに行く」
「その声、それじゃだめ。少し高めに、そしてか細く、女性らしく。できなければ、囁けばいい。囁くように喋れば、少しは女性らしくなるから」
屈辱を感じる。纏っていた鎧を脱ぎ捨て、裸よりも裸の格好で歩くことになる自分を想像してみる。君はマナに渡されたポシェットを握りしめ、ついに一歩、新世界へと踏み出してしまった。
頭に血が昇り、逃げ出したくなった。こんな姿で外を歩くだなんて本当にできる?
マナが君の腕に自分のそれを潜らせる。
「じやあ、行きましょう。大丈夫よ、ほら、わたしがついてる」
ひんやりとした外の世界、足元から冷気が昇ってくる。異次元が広がる未踏の地、何が潜んでいるのかわからない不気味な世界。膝小憎が直に空気と触れて、君を心細くさせる。
ワンピースの下には、Tシャツもジーパンも存在せず、恥知らずな地肌が露出している。
パスポートを持たず異国の国境沿いの危険地帯を彷徨い歩いているような、または親からはぐれた子供、あるいは携帯をなくしてしまった心細さ、貯金ゼロ、まるで記憶を失った人間のような、不安…。
悪魔が、君のふくらはぎをさすってくる、君の項を舐めてくる、君の体に触れてくる。
穿いているスカートが膨らんで、隠さなければならない恥部が暴かれそうになり、君は慌てて、スカートを上から押さえつけてしまう。
息ができない。興奮しすぎて、思考が停止してしまう。
自分なんてものが最初から存在していなかったことを、今さらながらに思い知らされた恐怖。
恥ずかしさを通り越し、尊厳が否定され、裸以上に裸に近く、君は君を探しながら、闇の世界を凝視する。
いっそう冷たい風が股間に纏わりつく。そのせいで、大股で歩くことが許されない。小さめの一歩を、細かく細かく繰り返した。
自然に、つま先が内側を向き、膝小僧が膝小僧とぶつかる。激しい緊張と奇妙な恥辱によって、少し歩いては立ち止まり、深呼吸をしなければならなかった。
ひと目が気になり、きょろきょろ周囲を何度も見てしまう。なのに、焦点が合わず、視線はどことは言えない場所をうろついてしまう。
のどが渇き、聡さえも飲み込むことができない。
苦しくなってのどを鳴らすも、それが疑うことなく男子のそれなのに驚き、誰かに聞かれたのではないか、と慌てて背後を振り返る。暗闇の中に放り出された幼児のごとく、泣きだしそうになる。
『ぼくから遠く離れて』(辻仁成著)
辻仁成氏は女装を経験していますから、このシーンは自分の経験から描いているのかもしれません。
>ワンピースの下には、Tシャツもジーパンも存在せず、恥知らずな地肌が露出している。
こうした言葉は実感しないと出てこないですから...。
そして、このブログをご覧になっている女装子さんも最初の女装外出で同じような感想をお持ちになったのではないでしょうか。