小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

災害対策、防災対策にMMTを!

2019年11月07日 23時08分21秒 | 政治


台風大雨被害からの復旧や復興が遅れています。
直接の理由はお分かりと思います。
わずか1か月余りの短期間に台風15号、19号、東日本の大雨と、これだけ押し寄せてくれば、被害の重なった地域ではライフラインの復旧すらままなりません。
しかし必ずしもダブル、トリプルの被害を受けずにそれぞれ個別に被災した地域に限っても、関東甲信越東北の被災地全般を見渡せば、ため息の出るほど復旧・復興に手間がかかることが想定されます。
倒れた高圧電線や電柱による停電、土砂災害による寸断された道路や倒壊家屋、各河川の堤防決壊や氾濫が引き起こした水害による鉄道や橋の崩落、浸水で使えなくなった家屋・家財、田畑の被害など、後始末だけでも大きな人手とコストを要します。
まして被害に遭った人たちの生活や産業の再建には莫大な労力と費用が掛かるでしょう。
一説によると、総被害額は5000億円に上ると言われています。

この復旧・復興の遅れは、昨年7月の西日本豪雨、9月の大阪地震の際にも指摘されました。
一つの大きな理由は、長年にわたる公共事業の削減によって、中小の建設業者が倒産・廃業に追い込まれたためです。
復旧しようにも人手が不足し、高い生産技術があっても、うまく使いこなせる人がいません。
おまけに昨年から今年にかけての場合、東京五輪準備のために多くの建設業者が取られ、とても対応することができないのです。
昨年の12月には、こんな報告もなされています。

広島県では工事が必要な被災箇所は約7千件に上ると見込んでおり、山間部で重機が入れないケースなど難易度が高い現場も多い。人手不足で人件費が高騰する傾向がみられ、業者からは「経費がかかる分、利益が圧縮される。コストに見合わない」「発注が多すぎて、人繰りがつかない」という声が上がっている。岡山県と愛媛県では不調の発生率は10%以下に抑えられているが、今後も工事が増えていく中で危機感は強い。両県では、多くの業者が入札しやすいように設計金額の要件を緩和。人手不足に対応するため近隣の工事をまとめて発注し、1人の技術責任者が複数の現場を同時に監督するのを認めている。》(太字は引用者)

一般に、戦争や大災害があると、需要が伸びます。
戦争の場合は、それ自体が莫大な費用を必要としますし、日本のように敗戦の痛手を受けたケースでは、復興需要が発生します。
また大災害の場合でも大きな潜在的需要が生まれるので、それに応えられる供給力さえあれば、皮肉なことに経済成長のきっかけになることが多いのです。
ところが近年うち続く大災害の場合、復旧・復興のための供給力が決定的に不足しています。

もちろん、被害に遭った各家庭や企業に十分すぎるほどの経済力があれば、もしかしたら復興需要を満たすだけの供給力が創出されるかもしれません。
建設業者の経営者が従業員にうんと高い給料を払うことにして、高度人材を集め、生産性の高い技術を駆使するとか。
それだけの資金を提供できるだけの消費者(被災者)がいさえすれば、の話です。
しかし、それにはどう考えても限界があります。
貧困化している今の日本で、そんなお金持ちばかりがいるはずがありません。
また、橋や道路は地方自治体が復興に当たらなくてはなりませんが、地方自治体はただでさえ財政難で悩んでいます。
そこにこの度の連続災害に遭遇したことは、まさに「泣きっ面にハチ」でした。

さてどうしたらいいでしょう。
もちろん、中央政府の支援に頼るほかありません。
その中央政府は何と言っているでしょうか。

首相は「必要があれば補正予算も含めてしっかりと財政措置を講じていく」と表明した。政府は今年度当初予算で確保した予備費5千億円のうち、すでに使途が決まっている230億円を除いた部分を活用した上で、補正予算案の編成に着手する。自治体への普通交付税について首相は「繰り上げ交付を迅速に実施するように」とも述べた。https://www.sankei.com/politics/news/191015/plt1910150047-n1.html

一見、やる気満々のようです。
ところがです。
昨年の西日本豪雨災害の後、次のようなことが確認されました。

厚生労働省は、2018年9月に公共施設や病院などにつながる全国の主要な浄水場3521カ所を調査。その結果、22%に当たる758カ所が浸水想定区域にあり、そのうち76%の578カ所は入り口のかさ上げや防水扉の設置などの対策がされていなかった。土砂災害警戒区域にも542カ所あるが、うち496カ所が未対策だという。

さて1年経ちました。
今年の台風19号による水害では、次のような、同じ数字が報告されています。

河川の氾濫(はんらん)などで浸水する恐れがある場所に設置されながら、浸水対策がされていない浄水場は全国で578カ所にのぼっている。台風19号の大雨では、福島県いわき市の平(たいら)浄水場が水没し、最大で約4万5千戸が断水した。災害からの復旧を支えるインフラの備えが遅れている。

これは、1年たっても、問題の浄水場に対して新たな整備が行われていないことを示しています。
こんな調子では、意気込みだけ表明されても信用できません。
しかも「必要なら」と仮定を置いているだけですし、補正予算もどこまで組めるのかおぼつきません。
なにしろ、鉄壁の緊縮財政というこれまでの「実績」がありますから。

エコノミストの斎藤満氏は、次のように述べています。
政府は遅ればせながら、にわかに復興支援に積極的な姿勢を見せ始めました。日銀が支援融資を検討するほか、政府はこれを機に積極財政に転換した模様です。(中略)幸い財務省は、このところの超低金利を利用して、18年度中に52.5兆円も国債を前倒し発行し、その資金をある程度プールしています。財政資金はいつでも活用できる状況にあります。これで災害復旧が進めば、それなりに生産やGDPが増えるはずです。https://wezz-y.com/archives/70280?utm_source=onesignal&utm_medium=button&utm_campaign=push

しかし国債を災害対策にどこまで充てるのか、まったく怪しいものです。
というのも、使える資金はあると言ったその舌の根も乾かないうちに、斎藤氏は、次のようなことを言っているからです。

政府が支援のために財政支出を拡大するとしても、国にお金があるわけではないので、それは国民の税金や、将来世代からの借金によって賄えることになります。》(同前、太字引用者)

要するに政府の支援金は国民の税金から拠出し、不足分は国債(いわゆる国の借金)で賄うと言っているわけです。
「国にお金があるわけではない」という言葉がそれをよく表していますね。
これは、彼が財政支出の仕組みをわかっていないことを表しています。
しかし何も斎藤氏だけが悪いわけではありません。
日本国民のほとんどが、いまだに財政支出の主たる部分は税金で賄い、足りない分はやむなく国債を発行して間に合わせると思いこんでいます。
つまり公共事業や社会福祉事業、災害対策費などを捻出するのに、国民からカネを集めて行うと信じているのです。
国債もこんなに残高が積み重なっているから、「孫子の代に迷惑がかからないように」できるだけ節約をして、などと誰もが考えるのでしょう。

しかしMMT(現代貨幣理論)によれば、財政支出のためのカネは、政府がキーストロークだけでいくらでも創出できるのです。
そこにはインフレ率以外の制約はありません。
これは政策判断以前の、単なる会計上の事実です。
なにしろ政府には通貨発行権があるのですから。
「国にお金があるわけではない」などというのは、例によって、財政を家計の財布に例えるトリックを使った財務省に騙されているにすぎないのです。

さてここに、激甚な災害に見舞われている国民がいて、財政難のためにその対策ができずに悩んでいる地方自治体があります。
非常時です。
政府は支援のために5000億円取ってあるだの、補正予算を組むだのと大げさに騒いでいます。
おそらく補正予算なるものも、緊縮財政の枠をはみ出さないようにセコイセコイ金額しか積まないのでしょう。
どうせそうに決まっています。
国会議員たちもほとんどが騙されているのですから。
しかしこれは、あそこにいくらあるからあれを使って、というような話ではありません。
非常時ですよ。
中央政府にだけ許された通貨発行権を大いに行使して、復旧・復興のために、必要十分な数字をはじき出し、それを直ちに特別予算として組めばよいだけの話です。
けっして税収から何とか、などと考えてはなりません。
人手不足が問題なら、国が自ら中小企業に潤沢な補助金を提供して、企業はそれを人材登用に充てればよい。
こういうことをしたって、何も高インフレになどなるわけがありません。
欠損してしまったものを埋めるだけなのですから。
ちなみに東日本大震災というあれほどの非常時に、政府はいくらでもできるはずの財政出動をせずに、あろうことか、国民から(それも被災者まで含めて!)復興税を徴収したのです!

ところで、災害大国ニッポン。
このような危険は、これからも年を追うごとに増大していくことが予想されます。
こういう国土から逃げるわけにいかない以上、私たちは、永遠にそれに対する備えをしていかなくてはならないのです。
「今受けた被害のために」だけではなく、「これからの子どもたちが被害に遭わないように」財政支出をし続ける必要があります。
単に、災害が起きた後の場当たり的な応急処置で済ませてはなりません。
今年度は災害対策のためにこれだけ使いました、来年度は未定だからわかりません、では、いつまでたっても国土強靭化が果たせません。
単年度会計のしくみから改めていく必要があるでしょうね。

これを機会に、財務省もいいかげんに「狂気の緊縮路線」をすっぱり捨て、今後に備えて地方インフラ、防災インフラなどハード面の充実のために、長期計画を立てておおらかにキーストロークを叩きましょう。



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