内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

近代日本の旅行者たちが西欧への航路の途次に見たもの

2019-01-19 23:59:59 | 読游摘録

 今日のように海外への旅行は飛行機を使うのが普通で、遠国への船旅はごく一部のお金持ちたちだけに許された極めつけの贅沢になってしまった時代に生きていると、日本から西欧への旅は船を使って一月以上もかかっていた時代に、その船旅の途次に旅行者たちが見たものを想像してみることはかなりむずかしい。
 しかし、最終目的地であるヨーロッパでの見聞・経験と同じくらい、あるいはそれ以上に、旅の途次の観察がその旅行者に多くのことを考えさせ、近代日本の将来に思いをめぐらさせ、その後の生き方やものの考え方に影響を及ぼした場合があることを忘れるわけにはいかない。
 岩波書店の『シリーズ 日本の中の世界史』の中の一冊、木畑洋一著『帝国航路を往く イギリス植民地と近代日本』(2018年)は、文久遣欧使節団(1862年)から遠藤周作(1950年)まで、「帝国航路」を旅した日本人の経験や思索を通して、帝国世界における立ち位置を模索する近代日本の姿に迫ろうとしている。

 帝国航路は、確かに長期間をかけて暑い地域を行くルートであった。しかし、そのルートをたどることによって、ヨーロッパにでかけた近代日本の旅行者たちは、イギリスやフランスが支配している地域の状況に直接触れて、ヨーロッパとアジアの関係についてさまざまな感懐を抱き、世界のなかでの日本の位置や日本の将来の姿について思いをめぐらした。それは、日本以外のアジア地域と日本の間を比較する試みでもあったり、アジアにおける日本の居場所の模索であったりしたのである。(6頁)

 本書にも言及されている和辻哲郎の『風土』も、ヨーロッパへの船旅の途次で各地での観察がなかったとすれば書かれることはなかったであろう。近代日本の知的所産の一つの源泉が、今日では決定的に失われてしまった航路を経る長旅の途次にあったことを、本書は、その「プロローグ」に挙げてある三冊の先行研究 ― 和田博文『海の上の世界地図―欧州航路紀行史』(岩波書店、2016年)、橋本順光・鈴木禎宏編『欧州航路の文化誌―寄港地を読み解く』(青弓社、2017年)、西原大輔『日本人のシンガポール体験―幕末明治から日本占領下・戦後まで』(人文書院、2017年)― とともに私たちに教えてくれる。本書の焦点は、世界とりわけアジアのなかでの日本の位置の模索に関わる人々の見聞と議論に絞られ、扱う期間は、1860年代から1950年までの約百年間である。