内的自己対話-川の畔のささめごと

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「引っかかり」―「未だ生み出され続け、他者とかかわることをとおして更新されつつある“生きた経験”」― 西村ユミ『看護実践の語り 言葉にならない営みを言葉にする』(新曜社、2016年)より

2024-09-13 12:25:28 | 読游摘録

 9月14日『ケアとは何か』のまえがきにも本文にも何度か引用されていて気になっていた著者の一人が西村ユミ氏である。氏の『語りかける身体 看護ケアの現象学』(講談社学術文庫、2018年)を読んで受けた衝撃については2020年7月29日から九回にわたる「読中ノート」に縷々綴った。本書への言及も『ケアとは何か』にあるのだが、今回気になったのは未読の『看護実践の語り 言葉にならない営みを言葉にする』(新曜社、2016年)だった。装丁が素敵な本で、紙版がほしいなと思ったのだが、すぐに読みたいし、紙版より少し安く買えるからという理由で電子書籍版を昨日購入した。
 村上氏の本のまえがきで言及されている「引っかかり」という言葉が気になった。村上氏の説明によると、「しばしばケアラーは「引っ掛かり」の残る個別の事例を実践の糧としている[…]。「引っ掛かり」は標準化された事例から外れた特異な事例において生じる」。
 看護の現場では、医療行為については、エビデンスに基づいて多くの人に有効な手段を講じるため、一人一人異なる個々の経験とその偶然性は脇に置かれる。ところが、ケアは、出来事・偶然の出会い、背景の多様さを前提にしている。一般化できない個別性にこそケアは注意を払う。
 『看護実践の語り』では、看護の現場でのこの個別性への注意とそれが看護師のなかに残した「しこり」や「傷」が「引っかかり」という言葉で表現されていて、その多様な実例がグループインタビューのなかで看護師さんたち自身の口から語られている。
 「引っかかり」という言葉が使われている箇所を一つ引用しよう。

語り合うことをとおして彼らが出会い直したのは、自分たちの実践の源とも言える、印象深い患者との経験であった。十数年から数年前に経験したことに、今でも「引っかかり」を残していたり、それが自分にとっての「しこり」や「傷」になっていたりするのだと言う。しかし、それらは、今の、あるいはこれからの実践に、その意味を更新しながら働きかけてくる。

 「引っかかり」とは、いずれは消える外傷のようなものではなく、何年もあるいは十数年も心に残り、しかも、もとのかたちのまま残るのではなく、積み重ねられる経験のなかで問い直され、意味が変容し、今の心に働きかけてくるものだ。「引っかかり」を繰り返し想起し、意味づけし直すことが看護実践を質的に高める契機となる。
 しかし、「引っかかり」は看護師の心のなかで何年も「消化」されないままに「心の奥をキュキュキュと引っかかれるような経験」(グループインタビューに参加した看護師Cさんの言葉)として残る場合もある。この看護師Cさんの経験は第4章「応答としての苦しみ ―「引っかかり」はいかに問われるか」で詳細に紹介されている。それは、慢性骨髄性白血病の急性転化によって入院してきた三十代の女性患者とのかかわりである。この患者さんは、生き延びるための唯一の治療方法であったハイリスクの骨髄移植に「治るために頑張りたい」という意思から踏み切ってから一年余りのち、突然「自分自身の意志で逝ってしまった」。
 この患者さんとの入院から最期までのCさんのかかわりが、その語りを何度も引用しながら詳細に記述されているが、その部分はとても要約する気になれない。その長い記述の後に記された西村氏の考察の一部のみを引用する。

Cさんにとって、赤土さん(亡くなった患者さんの名前=引用者注)とのかかわりが「引っかかる」経験となった契機は、長期にわたって接し続け「おんなじ空気を吸っていた」と感じたこともあった彼女が、ある日突然、自分自身の意志で逝ってしまったためであった。そして、このような赤土さんの最期がCさんに、彼女とのかかわりを辛い経験として意味づけさせ、まだ消化できていないこととして語らせた。が、見てきたように、消化できないからこそ、この経験は「今でも」たびたび想起され、Cさんの実践の中で問い返され、実践自体を形づくっている。つまり赤土さんとの経験は、Cさんの記憶(心)に留められいる過去の出来事でもなければ、Cさんの経験から切り離して理解できる患者赤土さんという事例(対象)なのでもない。そうではなく、未だ生み出され続け、他者とかかわることをとおして更新されつつある“生きた経験”なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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