「山上臣憶良の七夕の歌十二首」と題された一連の歌を、歌群ごとにその内的構造に従いつつ、それぞれに簡略な注解を加えながら読んでいこう。
第一歌群 ― 伝統的枠組みの中での伝説への導入(1518-1519)
天の川 相向き立ちて 我が恋ひし 君来ますなり 紐解き設けな(1518)
この第一歌によって導入シーンが幕を開ける。織女は年に一度の邂逅を予祝する悦びを歌う。再会を間近に控えてすでに抑えきれない悦びの感情が表現されている。織女は、天の川の辺りに立ち、牽牛の乗る舟の櫂の音を聞いている。牽牛の姿はまだ見えないが、その到来を知らせる音を聴いている。待ち焦がれ、衣の紐を解いて待つ。第五句は、官能的な表現だが、他の七夕歌の中に類似する表現 が見られ(巻第十・2016,2048など)、けっして憶良の発明ではなく、むしろ当時の伝統的な表象の一つである。
ひさかたの 天の川瀬に 舟浮けて 今夜か君が 我がり来まさむ(1519)
たとえ年に一度の再会が天帝によって許されていると知っていても、織女は、牽牛の来訪について自問し、不安を抱かずにはいられない。一年前の同じ日に強いられた別れの後の不確かな気持ちが今だに心のなかにわだかまり、それをすっかり拭い去ることができない。
上掲の二首は、七夕伝説の日本に固有な伝統的表象の枠組みの中で、牽牛・織女の天上の再会の舞台への導入としての機能を果たしている。この導入シーンでは、織女の声が天の川の辺りに響いている。