内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

世阿弥『花鏡』における「初心不可忘」論(三)― 老後の初心

2014-12-06 01:54:20 | 読游摘録

 『花鏡』「奥の段」の最後に出てくる「初心不可忘」論の三番目のテーゼは、「老後の初心を忘るべからず」である。

老後の初心を忘るべからずとは、命には終はりあり、能には果てあるべからず。その時分時分の一体一体を習ひわたりて、また老後の風体に似合ふことを習ふは、老後の初心なり。老後、初心なれば、前能を後心とす。五十有余よりは、「せぬならでは手立てなし」といへり。せぬならでは手立てなきほどの大事を老後にせんこと、初心にてはなしや。

 この箇所の最初の一文「命には終はりあり、能には果てあるべからず」は、仏訳(La tradition secrète du nô, Gallimard / Unesco, « Connaissance de l’Orient », 1960)の当該箇所の注で訳者 René Sieffert が指摘しているように、ラテン語の格言 « Ars longa, vita brevis »(この格言の解説はこちらを参照されたし)を思い起こさせずにはおかない。しかし、世阿弥にあっては、「人の命には終りはあるが、能には終りがあってはならない」という禁止命令として読める。つまり、「芸には尽くす果てなきように有限の人生を生きよ」と世阿弥は言いたいのであろう。
 老年になって初めて知る風体がある。『風姿花伝』の「五十有余」の項で述べられていたように、その歳になれば、もはや「わざをしない」という行き方をする外ない。老年になれば、誰しも、遅かれ早かれ、多かれ少なかれ、体力は衰え、声も張りを失い、視力も落ち、激しい動きはできず、少しの動きで息が上がってしまう。そうなって初めて必要とされる、もはやそれしかないという大事な芸態を身につけることが課題なのであるから、それこそ、老年において初めて与えられた「初心」でなくて、なんであろうか。
 「前能を後心とす」は解釈が難しいが、新潮古典集成版の頭注には、「過去の芸のすべてが思い出され、現在及び今後のために、新しく見直され、経験し直されることになる、の意。これまでに蓄積された芸の、単なる繰り返しではすまなくなったのである」とある。つまり、これまでの行き方はいずれももう通用しない。そこで求められているのは、自己身体に対してまったく新しい態度で臨む工夫であり、いわば自己身体の運動図式を描き直す必要に迫られているのだ。
 「老後の初心」とは、年老いて初めて問題として向き合う自己身体との新しい関係性であるという積極的な意味において、その大切さが格別に強調されている。そうであってこそ、次の段落の「初心不可忘」論の結論と整合的に繋がる。

さるほどに、一期初心を忘れずして過ぐれば、上がる位を入舞にして、つひに能下がらず。しかれば、能の奥を見せずして、生涯を暮らすを、当流の奥義、子孫庭訓の秘伝とす。ことの心底を伝ふるを、初心重代相伝の芸案とす。初心を忘るれば、初心、子孫に伝はるべからず。初心を忘れずして、初心を重代すべし。

 生涯を通じて常に初心ということを念頭においてゆけば、芸は向上する一方で、退歩することはありえない。だから、上達の限界を見せないで生涯を暮らすことを、自分たちの芸道の奥義として、子孫を導く秘伝とする。この心を伝えること、これが初心をいつまでも子孫代々に相伝することが能の公案である。自分が初心を忘れてしまえば、それを子孫に伝えることもできない。初心を忘れることなく、代々伝えていかなくてはならない。
 どこまでも能の実践者としての経験に裏打ちされた明晰で透徹した思索のあとを直伝の覚智として口伝するだけではなく、子々孫々に公案として伝えることを当流の芸道の奥義とするという明徹な自覚とともに書き残された世阿弥の能楽論は、元々は門外不出の秘伝の書であったにもかかわらず、七百年近い時を超えて、私たちの〈現在〉に直接語りかけてくる。
 『花鏡』「奥の段」の「初心不可忘」論は、「初心」を忘れないことによって人生の各瞬間がその最後まで新しい「時のはじまり」となりうることを私たちに教えてくれる。