★北河内路上通信-the Voice of VoICelESs on roadsides in EastOsaka

 北河内路上通信は大阪北河内において、同地域の野宿者と助け合い、共にあろうとする有志によって始められました。

*a nightmare at a park on 14 feb 2003.

2008-02-14 01:29:40 | 野宿者支援
do you remember a nightmare for 11 homeless persons at hanahakukinen-tsurumiryokuchi park on the morning of 14 feb 2003?
from that day, 5 years passed by... comrade_M and i went to that park on the afternoon, and heard from some homeless persons living in that park about the nightmare: about 30 teenagers with iron bars suddenly attacked & smashed 11 homeless persons. some of 11 got heavy damage, others were injured. some homeless persons being able to run away from the nightmare telefoned to the police, then, medias picked and spread about that fuckin' nightmare.
on this cold night(0 degree), i could get a tiny space for some sleeping at a netcafe...however, also on this night, many places of the roadsides/parks in osaka, especialy in eastern suburbs, many homeless persons are sleeping without any room...
anyway, on 5:00 of this morning, i must go my working place. so, i have to sleep right now. thanx.

布施★積雪の路傍で簡易カイロ配布

2008-02-10 11:53:41 | 野宿者支援
★積雪後の冷え込んだ路傍でカイロ配布

 昨夜は大阪でも珍しく雪が降ったというが、中でも大阪市東部や河内の状況は一層厳しいものであったことは言うまでもない。テント村ではテントを雪が潰すこともありうるが、市東部や河内では、ほぼそんな「贅沢な悩み」は持つことすらできない野宿者がひっそりと存在するだけだ。心配事と言えば天候と寝床を何処にするか、段ボールがあるかどうかという事になる。
 ともかく、降り積もる雪が止んだ夜に用もあって大阪市南東部を訪れ、その後、2001年秋からの長居公園テント村再建を知る方と旧交を温めた後、夜回りもあって布施に戻った。23時前現在の近鉄布施駅前の気温は電光温度計で1度。写真では分かりづらいだろうが、路面には残雪があり、既にアイスバーン状態になるほど、放射冷却で冷え込んできている・・・明け方にはもっと冷えるに違いない。夜空には闇に消え入るような細々とした三日月が浮かんで一層寒空を演出していた。そんな昨夜も貼るカイロを配布して安否を確認したが、天候などの理由で場越しをしている野宿者もあり、某所でも居ない方も多かった。週末は駅前にある段ボールがただでさえ回収業者の餌食となるため、無くなるのが早く、早めに確保できない野宿者は面倒でも足労を惜しまず確保しに行き、その近場で寝てしまうことにもなるからなのだが。それはともかく、布施より一層厳しい寒さの荒本など大阪中央環状線以東にいる野宿者を安否確認しに行けたら良かったのだが、昨夜は路面凍結なども激しい同地での深夜の行動は大きなリスクを伴うため断念した。
 昨夜またボッタクリ福祉業者に引っかかりかけた野宿者が尼崎方面から戻ってきた。無事に戻ってきたのは何よりだが・・・当人は数日前に出会った男に声をかけられ、泊めてもらうことになったが、尼崎まで連れて行かれたとのこと。そこで「保護に入るやったら暫くゆっくりして役所に行こ。もろたら部屋もあるし小遣いもわたすで」と言われたが土地勘もなく不安なので戻ってきたと言っていた。いずれにしても、この厳寒期を追い風に次々新手が現れるボッタクリ福祉業者の軽やかな動きには恐れ入る。奴らは手口を巧妙化し、無い者からふんだくり、肥え太り高笑いする最低最悪のダニ野郎だ。詐欺の総元締めでもある公僕どもよ、やらんでもいい貧困層の給付の紐を締める前に、ボッタクリ福祉業者や行路病院内ブローカーなどのダニ野郎どもの首を絞めては如何。ボッタクリ福祉業者はタラフク喰ってるぞ、汝公僕、奴らを吊して自らも吊せ。御名御爾。

河内★大型店舗による缶取り自転車撤去策動

2008-01-04 02:21:45 | 野宿者支援
河内★大型店舗による缶取り自転車撤去策動を許すな

 年明け早々撤去策動があったので報告せねばならない。布施の路傍に住まう野宿者からの報告を受け、昨日現地に向かい、添付の写真の様な大手デパートである大型店舗による缶取り自転車撤去勧告文書を確認した。それらは明らかに野宿者の物であると思われる自転車にのみ貼られており、他の明らかに長期にわたって置かれているバイクや自転車には貼られていないという破廉恥ぶりだった。(放置などしておらず、年末までは缶取りをしており、また昨日まで夜回りやその準備で止めてない時間の方が多かったにも関わらずだ。ましてや毎日買い物をする客でもあるのにだ。)このことを受け、布施夜回りの会としては被害にあった野宿者の要請によっては当該店舗に対し嫌がらせをやめるよう申し入れる用意があることを伝えた。現在、勧告を受けた野宿者は買い物をする時でさえ自転車を別の場においており、自転車は無事だが、現地の野宿者から再度の要請があれば共に申し入れを行う所存である。その際は殆ど事情も知らないくせに偉そうにする、あてに出来ない大阪市内のどんな支援グループにも支援を受けることなく、河内のことは河内の者の手でやりぬく所存だ。
 当該店舗は野宿者いじめを止めよ!
 当該店舗は、店じまいの責任を野宿者に転嫁するな!

★大阪南港臨泊

2007-12-25 03:28:29 | 野宿者支援
 南港臨時宿泊所の受付についての告知が、釜ヶ崎にある市立更生相談所(シコウソウ)の狭い玄関横に貼り付けてあった。今年も縮小したい大阪市の意図とそれを釜ヶ崎で宣伝するなどして手伝うNPO釜ヶ崎支援機構の許しがたい反動的立ち居振る舞いにより、わざわざ多くの付け加えのイヤラシイ文言がご丁寧に貼り付けられて提示されている。釜ヶ崎至上主義者どもとファシスト大阪市の共同作業のオゾマシサがここにも見て取れる。奴らのメリークリスマスは、殆どの困窮野宿者のベリー苦シミマスだ。セントニコラスを気取るなら、身を削ってやってみよ。釜ヶ崎から出れない釜ヶ崎至上主義者サンタ殿。

河内夜話

2007-09-27 06:30:56 | 野宿者支援
 大阪市内の喫茶店(喫茶店などというものは昔から好きになれない。金もないし缶コーヒーで公園でも良いじゃないかと常に思うのだが)で煙草の煙の中で耐えねばならなかった昨夜は息苦しく、河内の路傍に立ち寄ってから帰ろうとした。呼吸器を休めるために途中、河内にある公園の空気の流れるところのロハ台で月を見上げながら暫くいるとそのまま眠ってしまい、空が白んできていた。何の風の吹き回しか(議員選挙の後の第一夜のためか)昨夜の布施は異様に2人一組の制服警官が深夜まで街角に目立っていたが・・・それにしても合羽はあるものの雨が降らずに済んでよかった。そして今朝は野宿者解放戦線の5人が弾圧された日から1周年。若いエリートどもが代用監獄の獄中の仲間の救援を切った過ちをまた思い出さざるをえない。理由が何であれ、獄中の仲間の救援を切ったその後の新世代「釜パト」のあり方は断罪されねばならない。

Fw:★徹夜監視パト

2007-09-26 02:59:26 | 野宿者支援
 月夜の近鉄布施駅前での今夜は東の空にオリオンがうっすらと見える風のある少し肌寒い夜だ。気温は午前2時現在、駅前の電光温度計表示で16度とあり、納得する。この夜は宵だし狙いや翌朝に府東部に缶取りに来る大阪市内組がリヤカーなどを付けた自転車で時折この駅前を通過する。重点監視地点にも既に宵出しの缶をとってきた野宿者が一人、ロハ台で寝始めた。多分10キロくらいはあるだろうその缶の袋をくくり付けた自転車を傍らに大いびきだ。それとは別にゴロゴロという音が聞こえるので見上げると高架の上に近鉄の保線カーも走っている。そうかと思うと、時折コオロギの声も聞こえてくる少々秋を感じさせてくれる夜だ。襲撃現場は時にはそんな風流さも漂う日常空間の中の非日常が発生した場である。おとなしい夜は何でもない都会の片隅のそれと変わらない。5時まで後2時間半程度、横になったり周辺を回ったりして監視体制を続け、帰ることにする。

監視徹夜パト

2007-09-24 06:16:27 | 野宿者支援
 布施駅前北側のロータリーから機動隊が帰っていった後の秋分の日の振り替え休日であるこの未明は酔っぱらいが多いが少年らは少ない。
虚しい東大阪市議会議員選が終わったこの夜は、涼しく雨粒が時折落ちてくる。
この地の野宿の仲間たちが寝静まるころ、どこからかコオロギの鳴き声が。東部戦線布施駅前、異状無し。しかしながら襲撃と排除の秋は始まったばかりで神無月もこれからだ、油断は出来ない。
ーーーーー

朝になり、皆が寝床を片付けて襲撃された野宿者のいる場での監視徹夜パト終了。
★_-~

★北河内路上通信

2007-09-23 19:47:59 | 野宿者支援
★北河内路上通信

   2007年9月23日  ★布施夜回り 

 彼岸とはいえ、まだまだ残暑どころか厳暑といった有様の昨今だが、身体を壊したりはしてないだろうか? 朝晩が幾分か涼しくなってきてはいるものの、この暑さは、未だしばらく続くので、水分を補給したりして体調管理をしてほしい。
 ・・・ともかく、二日前(9月22日)の未明2時ごろに、近鉄布施駅前某所のベンチで休息をとっていた1人の野宿の仲間が、何者か(中学生?)に無料求人誌に火をつけたものを投げ付けられるという許しがたい放火襲撃事件が起こった。容疑者と見られる人物は無言で小阪方面へ逃走したという。投げ付けられた本人にケガは無かったが、店舗傍のベンチで横になっている人に対して火のついた物を投げ付けるというのが襲撃ではないなどということが出来たとしても、この店舗への放火未遂ともいえることである。それだけでも些細なことではなく、十分、重大事件である。多くの仲間たちも分かっていることだと思うが、そんなことがあっても布施署はひったくり事件防止とやらに一生懸命で、意味のない野宿の仲間たちやアジア系の人たちへの執拗な職質を繰り返すだけで、こういった襲撃事件などに気を配ることなどない。そんな中で、布施駅前で今年春先ごろからの度重なる野宿の仲間への①ダンボール囲いを壊す②物を投げ込む③火のついたタバコを投げ込む――などの襲撃が中学生や高校生と思われる大小の集団によって行われ続け、少なくとも6名の野宿の仲間たちが自分たちの確保してきた休息の場を守れず難を避けて布施の路傍から去っていったり彷徨った。その結果は襲撃者を満足させ、多くの野宿の仲間たちが布施で夜間休息する場を失い、いがみ合いすら生んだ。今回、その襲撃のあった場で夜間休息する野宿の仲間たちが「俺はやられてないから大丈夫」などと考えて防衛手段などを工夫しないなら、それは根拠のないことだろう。それよりも、毎年襲撃の増える10月を控えて「自分にもありうること」と考えてその場にいる仲間たちで相談して守り合うなどの防衛手段を工夫することこそが肝心である。その上で今いる場を守りきれそうにないなら、遠慮なく相談してほしい。布施夜回りは防衛の手伝いや、襲撃の緊急避難としての公園でのテント張りや、場合によっては野宿者を犯罪者扱いばかりする布施署に深夜徘徊の大小集団の少年を片っ端から職質させるなどを一緒に要求しに行くことなども可能な限りしたい。いずれにしても、何とかして守ってきた休息の場をその場にいる野宿の仲間同士で助け合って守ることが基本である。カントリなどをしながら生計を立てながらいる場を守っていくのはテント村などの拠点のない野宿の仲間たちにとって至難の業であることはよくわかっているが、いがみ合って自ら力を殺ぐようなまねは襲撃者を喜ばせ勢い付かせ、良い結果をもたらしはしないということを忘れないでほしい。その場を襲撃者に負けてスゴスゴ引くか、頑張れるかはその場の野宿の仲間たちの自覚にもかかっている。共に知恵を出し合って頑張ろう。これまで通り、毎土曜深夜もしくは毎日曜深夜には布施駅前で有志が夜回りしているので、何かあれば是非声をかけてほしい。

☆西日本某所のネッカフェで

2007-08-06 02:28:45 | 野宿者支援
☆中国地方某所のネッカフェで

 全く朝に行われるであろう行事を前に糞静かな暑い夜だ。野宿者の多かったはずの商店街にあったダンボールを手にして有名なモニュメントに近い川辺の橋の袂のロハ台で暫し眠っていたが、耳障りな警備のポリ豚の足音に起こされ、ガラッとした商店街を歩く・・・ 24時を超えているというのに、寝床を定められず歩き回ったり、所帯荷物を載せた自転車で彷徨う野宿者が散見されるが、明らかに野宿者がいなくなった。この朝に行われる糞行事が目に付く範囲の野宿者を追い出したことも予想に難しくない。ともかく、私服の豚がやたらと多い夜だ。「暑いですね」と話した仕事中の野宿者が「今日はポリ公がうろつき回って餌もとれないよ」と嘆いていた。 この街の玄関である駅前近くの行きつけのネッカフェに行くと、いつもよりは席に余裕があったが、日雇いや野宿者と思われる個々人も見かけられた。とりあえず、今日は蚊の心配もなく、借りた目覚ましをして久しぶりにゆっくり眠るとする。糞タバコの煙が咳を誘い鬱陶しいが…

★永山則夫氏死刑執行より10年

2007-08-01 11:53:22 | 野宿者支援
★永山則夫氏の死刑執行より10年
 早いものだ・・・統治機構とそれを自主的に支えるものたちのご都合に口封じされ、彼の償いの意志すら突然断った死刑執行より10年が過ぎた。”厳罰化が凶悪犯罪を抑止する”などという反動メディアなどの”ウグイスの声”に生け贄にされた死刑囚たちとは裏腹に、凶悪犯罪は統治機構や統治機構の”きっぱりとした英断”という暴力性の顕在化とも比例して増えていった・・・ 統治機構は見た目の違いこそあれ、大体こんな茶番劇の祭礼儀式で古今東西において生け贄を繰り返している。 その犠牲者はいつも鞭に甘んじ、無知であることを強制された個々人、そして最悪しか選択肢のないクソのような”選択の自由”を下されているだけの我々明日をも知れぬ寄る辺無き個々人である。あの日、彼の執行は筆者にそのことを再認識させてくれた・・・