第2章 カタカタと、コカコーラの空き缶が小さく呻いていました。
ピカピカ輝きながら銀色電車は冷たいプラットフォームに滑り込んできました。 電車と大気の巻き起こした突風が夏の終わりの鋭角的な陽光の中に、カラカラと空き缶を転がしました。 キーホーは改札の影の領域を抜け出してオレンジ色の夕暮れに体を割り込ませてゆきました。
一帯は、たちまち肉の渦となって人間切符切りは滑稽な自動人形と化してしまいました。(自動改札故障の為、人間が切符を切っていたぁ!) 人々は滝の様に階段とエスカレータを落下していきます。 キーホーは銀色電車に電動ノコギリを振り回して乗り込み、軽やかに座席を確保しました。 キーホーは窓から構内の様子を淋しそうに眺めています。
バイオ・プロレスラーみたいなサラリーマンが勢いよく人々の頭上を飛び跳ねています。 それを仕事場を放棄した人間切符切りが真っ赤(マッカ)になって怒鳴り散らして空中を旋回しているのです。
「メリークリスマス」
キーホーの隣には、なんとコケティッシュな、りょう子さんが秘かに微笑んでいるではありませんか! 「あらら。まぁ。」 りょう子さんはキーホーの動揺を見抜いて意地悪く目を光らせました。 「何を恥じてるの? りょう子さんの言葉には明らかに侮蔑と好意がゴチャマゼに含まれていました。 感受性の鋭いキーホーは、しっかりと言葉の意味を捕まえました。 こう言い返したのです。 「ざけんじゃねぇやい!」
通り過ぎる高架線下の商店街では、けばけばしいネオンライトと濃くなった夕陽が複雑に絡み合って、あたりに靄の様にたちこめているのが窓から窺えました。 りょう子さんの可愛い唇が蠢きました。 「純粋乞食!」
キーホーは激昂しました。 「な・なんて表現をするんだ。 キーホーは、りょう子さんの前で両手両足を鳥の様にバタバタさせました。 顔は小刻みに震えています。 「あら、そんなに興奮しちゃって。 「それで僕が病気であるって事が少しは救われるんだよ!」 キーホーは息を切らしながら、ふと、手のひらから水をこぼした様に言いました。 すると、りょう子さんが、 「何から?」 と薄笑いを浮かべましたのでキーホーは、 「うわぁ---------!」 と叫ぶと狭い窓から夕闇の空に羽ばたき、気付いてみると内臓の様なギッシリとした街を空中から、それも百メートル程の高さから見下ろして(俯瞰)いる自分に気づきながら、落下していきました。
キーホーは着地しました。 ひと息ついて、ぐるりを見渡すと一斉に街路の水銀灯が淡い光達を拡散させ始めました。 キーホーは左を向きました。 彼の瞳に誰もいない薄暗い路地が映りました。 路地の中では小さな、つむじ風が枯れ草をころがしていました。 ふいにキーホーの頭の中で“カーン”という鋭く透明感のある音が飛び散りました。 すると、たちまちキーホーは自分の役割を思い出したのです。 (ああ嫌だ、嫌だ、何故、僕は役割を果たさなきゃならないんだろう。 キーホーは体中が、がらんどう化した気分になり思いきり唇を噛み締めました。 ごった返したオレンジゼリーの風景が凄まじい速さでキーホーだけを残して落下してゆく様な気分でした。 「おにいちゃん、はい。これあげる」 リボンを結んだ白い麻のスカートの女の子が天使の顔をしてキーホーにペロペロキャンディを差し出していたのです。 キーホーは救いを感じました。 キーホーのがらんどうの中からサイダーの気泡みたいに強烈な清涼感となって無限の海岸が湧き出し、少年の頃、修学旅行の深夜、布団の中で生まれて初めて胸に宿した、あのメランコリックな永遠への感傷までが吹き出してきたのでした。
「僕はね、僕はね」 キーホーは渾身の力をこめて少女の鳩尾(みぞおち)を天高く蹴り上げました。 そして、高層ビルの彼方の夕陽に向かって猛スピードで消えてゆく天使の顔をした少女に向かって、ペロペロキャンディーをBye・Byeと振りながら言いました。 「僕はね。とても淋しかったんだよぉぉぉおお。
(ああ。僕はダメだなぁ。 と、しみじみと考え込んでしまうのでした。
朝が来ると、 キーホーは砂浜を歩いていました。 |