元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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探偵キック 壱

2021-06-11 07:39:03 | 夢洪水(散文・詩・等)
探偵キック


武蔵野市の閑静な住宅街に住むレクさん夫妻の一人娘が失踪した。

 レクさんは、かなりの資産家だったので最初は誘拐かと思った。

 しかし娘の机の中から、“さよなら”と書かれたワープロ用紙が発見された。

 ワープロ用紙は数十枚あり、全て真っ赤な特太明朝体で埋め尽くされていた。

 みっちりと真っ赤な“さよなら”がギッシリと浮き出るように並んでいた。

 レクさん夫妻は、それを見て、すぐ警察に捜索願を提出した。

 しかし、警察の失踪人捜索にはあまり期待できそうになかった。


 失踪事件は頻発しており、ありふれたこの程度の失踪に対しては一応書類上の手続きと、失踪人データベースに登録して全国の警察NETから検索できるようにし、顔写真を他の失踪者たちと並べて小さくポスターに印刷して全国の主要駅構内に貼っておき、情報を待つ、くらいの事ですませていた。

 五万といる全国の失踪人に対して熱心に調査するための人手も予算もあるわけが無く、よほどの重要人物や特別例を除いてはたいてい、ポスターを数ヶ月貼っておいて何の連絡も無ければ後はコンピュータ内のデータとして残され、法律通りに処理されてゆくだけだった。一定期間経過後、失踪状態のままであれば、死亡とみなされる。


 レクさん夫婦は警察があまり熱心に動かない事情を知り、何とか他の捜索方法はないかと考え、自ら動き始めた。

 娘の机の中に例のワープロ用紙と一緒に入っていた、電子手帳の中から失踪時につきあっていたと思われる恋人の電話番号を見つけた。机の上にはパソコンが一台置かれていたが、レク夫妻には使い方が分からなかった。

 恋人の名前はカルチュアと言って、名前の他は何も分からなかった。レク夫妻は彼に電話をして娘が失踪した旨を伝え、とりあえず家まで来て最近の娘の様子や思い当たる事などを聞かせてくれないかと彼に頼んだ。

 カルチュアは、“すぐに、そっちに行きます。そして知ってる事をすべて話しましょう”と答えたが、何故だかその口調は、とても荒々しかった。

 翌日の正午近くにレクさん夫婦の元に、その青年、カルチュアは現れた。彼は大学生で剛健そうな身体と鋭い目つきをした頭の良さそうな青年だったが、何故だか不機嫌そうに口をひん曲げて薄笑いを浮かべていた。

 カルチュアは、応接間に通されると出されたお茶にも和菓子にもいっさい手をつけずにぶっきらぼうに怒気を含めた口調で話を始めた。

「彼女はね、僕の他にも少なくとも3人の男とディープな交際をしてましたよ。風俗でもバイトしてましたし、援助交際だって結構気楽にやってたでしょうね。ドラッグだってばりばりですよ。」

 レク夫妻は、一瞬にして青ざめた。2人とも娘の事を今どき古風すぎる程、真面目だと逆の心配をしていたくらいだったのだ。

「本当なのですか?いったいどういう根拠で、あなたは娘をそんな風に言うのですか?娘の事は親の私たちが一番良く知ってます。」

 と言うレク夫妻の質問に、カルチュアは無表情に即答した。

「電子手帳に僕の名前が載っていたんでしょう?それで僕が彼女の公然の1人の恋人だけだと思い込んだわけだ。他の名前の記入されていない電話番号は調べてみましたか?Eメールは調べてみましたか?冗談じゃない、僕は彼女の大勢の単なる性的な遊び相手の一人にすぎませんよ。失踪の理由は他のヤバいドラッグ系の男連中との何らかのトラブルでしょう。いや、売春での金銭的なトラブルかも知れませんね。」

 レク夫妻は、震えていた。そして震える顔にカルチュアに対する憎悪を伴った不愉快さを露わにしていた。

 カルチュアは娘の実体を決して信じようとせず、現実を他者への怒りにすり替えているレク夫妻の惨めさに内心せせら笑い、さらに調子に乗って罵った。

「あんたらの娘は淫乱な豚女で自己の快楽のみにしか他者との関係性を持てない救いようのないバカだ。自己利益しか考えない、ただのけだものだよ。だから自殺の心配なんて皆無だろうねぇ。そんな内省的な精神なんか持ち合わせちゃいないよ。どうせSEXかドラックがらみでヤバくなってトンズラしてるに違いないさ。いいですか?あの豚女は自殺なんかするほど人間的じゃないですから、その心配だけはいりませんよ。」

 レク夫妻は、とうとう怒った。夫婦でブルブル身体を震わせ、こぶしを握り、声を揃えて怒鳴った。

「じゃあ、お前は何故娘と付き合っていたんだ!根も葉もない嘘ばかりつくな!もう、いい!さあ、今すぐに出て行け!」

 カルチュアは待ってましたとばかりスクッと立ち上がり、スタスタと玄関に向かいながら、

「何故って決まってるじゃんかよ!性欲の処理だよ!他に何があるってんだ!ば~か!娘が娘なら親も豚だ!けっ!」

 っと捨て台詞を残して、ペッと壁に掛かっている高価そうな絵画に唾を吐きつけた。そして乱暴に扉を蹴り開け、そのまま出ていった。

 残されたレク夫妻は、しばらく呆然としていた。あんなに清楚で真面目な娘が、まさかそんな事をしている訳がないと、何度も何度も自分自身に心の中で言い聞かせていた。

 それからしばらくレク夫妻は2人だけでボソボソと話し合い、自ら現実に向かい合うのはストレスが溜まりそうだし、ひょっとすると、とても精神衛生上良くない事かもしれないという結論に達し、親戚関係を通じて興信所に娘の調査を依頼しようという事にした。もし娘が社会の手本になるような我が良き家庭の名に傷が付くような事をしていたとしたら、それはいっさい報告しないで欲しい、ただ、居場所を見つけて連れ戻してきて欲しい、という条件を出した。

 ここまでで、すでにレク夫妻は、もう娘に失踪したまま見つからないでいて欲しいと願い始めていた。ただ、失踪したなら世間に向けて捜索にこれくらいの努力をしましたよ、という何らかの証拠、痕跡を残したかったのだ。

 そして娘の失踪という現実を忘れ、のほほんと朗らかに暮らして、もう一度子供を作って、どこからみても模範的な家庭を築き上げていけばいいさ、と考えていた。

 

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