元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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探偵キック 参

2021-06-13 07:28:35 | 夢洪水(散文・詩・等)
探偵キック

 キックは必要資料の収集と聞き込み作業は、もうこれで充分だと思った。これ以上やってもそれは無駄だろうと思った。何となくそんな気がした。後はじっくりと集めた情報の中からポイントをピックアップしてゆけば何かが浮かんでくるだろう、そして彼女の失踪理由と失踪先が判明してくるだろう、と思った。

 キックは興信所の自分の机で今まで集めた全ての資料を丹念に読み返し、それぞれの証言テープや関連資料から類似点や相違点や矛盾点を整理しまとめ上げてゆき、個人別に失踪したレク夫妻の娘との関係性に置いて重要と思われる箇所を調査報告書としてワープロに入力していった。作業は徹夜に及んだ。

 翌日の昼頃、キックは目覚め、近くのコンビニでサンドウィッチとコーヒーを買って来て、他の社員のざわめきの中で朝までかけて入力したワープロ文書を印刷し、読み返し始めた。寝起きのぼんやりした気分の中で彼は心の奥底の方で何かが、これ以上この依頼に関わるべきではないと忠告している様な気がした。


 
「レク夫妻の娘の失踪に関する中間報告書」
 
 
●証言者:カルチュア

 東京在住の理工系大学生。年齢20才。血液型A型。極めて傲慢で支配欲の強い性格。頭脳明晰で非常に知力に優れている。体力的にも剛健で幾つかの武道において初段以上を極めている。全てに置いて優越感を持ち、全ての他者を愚人と呼び蔑視している。

 レク夫妻の娘との出会いは失踪時から約半年前で場所はインターネット上の「珍品屋」というホームページにおかれたチャット。数十回のメール交換の後にオフで彼女と出会い、すぐにホテルへ行き肉体関係を持つ。メールの内容は最初の頃は執拗な彼女へのラヴコールだったが次第に嫉妬心が露わになり攻撃的なものに変わっていき狂気じみて来る。
 最後のメールには一言“あれを使っちまえ!お前を飛ばしてくれるぜ!淫乱地獄へ行っちまえ!”と書かれていた。 

 
●証言者:キーホー

 九州の精神病院に入院している重度の強迫神経症患者。レク夫妻の娘の失踪当日に自主入院している。高卒。元コンピュータープログラマ。年齢24才。血液型B型。極めて繊細で受動的な性格。あまり知的な人間ではなく物事を表面的にしかとらえられない愚鈍なタイプ。

 レク夫妻の娘との出会いは同じく失踪時から約半年前の「珍品屋」というHPに置かれたチャット。数十回のメール交換の後に東京にやって来て同じくオフで彼女と会う。しかし緊張して話すことも出来ず、結局、十数回静かなデートを繰り返し強引に彼女側からホテルに誘い込まれる形で性交渉を持つが、初めての性体験のショックにより強度の妄想と強迫観念を抱くようになり数回の自殺未遂を経て自主入院する。
 最後のメールには“僕は、ここの世界の人間じゃないんだ!メールに添付されて、本当の僕の世界から飛ばされちゃったんだ!”等、意味不明の内容が延々と綴られていた。 

 
●証言者:キップル

 北海道在住の文化系大学生。年齢19才。血液型A型。見るからに腺病質で気の小さそうな青年。幼い時から病気がちで外出はあまりせず、今も試験日以外ほとんど大学にはいかず、自宅でビデオを観たり音楽を聴いたりしている。劣等感の固まりのような人間で自分は世界で最低最悪だと思っている。自閉的なタイプ。

 レク夫妻の娘との出会いは同じく失踪時から半年程前の「珍品屋」というHPに置かれたチャット。彼も数十回のメール交換の後で夏休みに東京の実家に帰って来た際にオフで彼女と会う。その後、ビデオの交換やCDの貸し借りなどをするために数回会ったのちに、どちらからともなくホテルに入り肉体関係を持つ。
 交換メールの内容は性交渉を持ってから次第に彼女を罵倒するものが多くなり、最後のメールには一言“そんなに、この世界がイヤなら僕が君をメールに添付して違う世界に送ってあげるよ”と、やはり奇妙な文章が書かれていた。 

 
●証言者:ミック

 四国在住の某有名総合商社専属のフットボール選手。年齢25才。血液型O型。非常に社交的で明るい性格。妻帯者で仕事も試合も順調で幸福の真っ最中。精神的にも肉体的にも強靱で完全にアウトドアなタイプ。豪快で知的でもあり他者からの評判も良く、がっしりした身体に輝くような笑顔をたやさず、聞き込みに対しても一番快く応じてくれた。

 レク夫妻の娘との出会いは、やはり失踪時から約半年前の「珍品屋」というHPに置かれたチャット。彼は数回のメール交換の後、仕事で上京した際に彼女と何度か会い、2度目に彼女を自分の宿泊しているホテルに呼びだして性交渉を持った。
 交換メールの内容は彼の外見とはうらはらにサディスティックで被害妄想的な文章が多くなり、最後のメールには“これ以上、無言電話を繰り返すようなら、お前を逆さ吊りにして添付するメールソフトを送ってやるぞ!消えちまえ!お前は邪魔なんだよ!これ以上オレの家庭にちょっかい出しやがると遠隔操作で張り付けてやるぞ!”と、これも奇妙な内容が記載されていた。 

 
●証言者:青年Z

 沖縄在住の無職の青年。高卒。卒業以来一度も働いた事はない。レク夫妻の娘の失踪当日に自殺した。自殺時の年齢24才。血液型AB型。身辺調査による情報から浮かび上がってきた彼の人物像は、あまりにも両極端なものだった。ある者は彼を、とても気さくで陽気で社交的で健康健全そのもののようで、はちきれんばかりに元気なアウトドアーなタイプの人間だったと言った。又、ある者は陰湿で挨拶も一度もした事無く、何を考えているのか全く分からない不気味で内向的で不健康で、めったに家から出てこない病的な感じの人間だったと言った。彼の両親は、すでに他界しており、その遺産で一人暮らしをしていた。
 高校卒業後、何をしていたのか分からない一番謎の多い人物。自殺の原因は不明。方法は電車への飛び込みだった。死体は無数の肉片になって散乱し、身元の確認が困難だったためにDNA鑑定のデータをもとに住民データベースに登録されていたDNAデータとの照合により確定された。多数の自殺目撃者がおり、彼は楽しそうに赤いゴミ箱のようなものを抱えて飛び込んだらしい。その赤いゴミ箱らしきものは破片も何も発見されなかった。

 レク夫妻の娘との出会いは、彼も皆と同じ様に失踪時から半年程前の「珍品屋」というHPに置かれたチャット。彼も又、十数回のメール交換の後、レク夫妻の娘が沖縄に遊びに行った時に会い、数回、性交渉を持った。それ以後もメール交換を続け東京でも何度か会って肉体関係を継続させていた。
 メール交換の内容には彼の分裂した、アンヴィバレンツな人格がよく現れていた。時には罵詈雑言を百行以上に渡って綴ったメールを送ったり、時には優しく悩み事の相談に乗ってあげている様な内容だった。最後のメールは“人生って何だと思う?この世界って何だと思う?僕のハンドル名は、ほら、君、君だよ”と書かれていた。 


 報告書を、読み終えるとキックは伸びをして、ゆっくりと社内を見渡した。ザワザワしていた。そういえば、今日はキックの部に何人か中途採用の新入社員が配属されると聞いていた事を思いだした。しかし、もう昼も、とっくに過ぎているのに来ている気配は無いようだった。

kipple