第29章 だから人それぞれリズムがあって、ひきづるリズムでさえも、どこか懐かしくて胸震える思いを感じるのです。 伸びる音。 下がったり上ったりして、うねうねと続いてパーンと突然、終わりになってしまって、やたら寂寥とするこの人生。 この人生。生命(いのち)、投げちゃおうか。おうか。 瞬間の積み重ねなんて人がよく言う。 人がよく言う事、つまんない。 つまんないから、ぐらぐら退行性があるんじゃない。 手紙を開く時の喜びのような生活は、いつ?。 ねばねばの現状。フツフツの頭とカラカラの外見。背反こそ全て。) キーホーは部屋に帰りました。 時が過ぎたり、やってきたりしました。
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こんなに辛いのだろう。 こんなに淋しいのだろう。 きっと生も死も、みんな意味なんて無いからだ。 きっとそうだ。 そうに違いない。)
白くて大きな広い、でぇっかい、がらぁんとした、荒涼とした部屋に一人で木の椅子に凭れるキーホー。
特に何か、ありますか?
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第28章 キーホーは黙って音楽室五号の板戸を開けて廊下に出て行きました。 自動人形になった気分です。
バイオ・プロレスラーみたいなサラリーマンに、切符切りに、りょう子さんに、ペロペロキャンディの少女に、小説家に、奇型的美男子に、透明な少女に、処女を失ったおばあさんに、カラス女の夜子に、行李を背負った税理士に、車掌さんに、蟹に喰われたもう一人のキーホーに、復元されないはずだった用務員のおじさんに、地球儀を肩に乗せた音楽教師に、男と女に、笑い仮面に、市長さんに、ギャッヴィに、旅人に、旅の娘に、バカの患者に、僕に、優しいネズミに、LOGOSに、あごらほぉびあの人たちに、ウルフに、美男美女に、ショパンを弾く天使の少女に、エキストラに・・・その他たくさん。
![]() どのくらいたったでしょうか、外でウグイスが鳴いていました。 校舎の裏で子供が変質者に殺されていました。
波がたったようでした。
歩く足が、なんだかプカリプカリと浮きあがっていくようです。
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第27章 キーホーはショックを受けました。 少女はこう言ったのです。 「あなたのお役目は果たされませんでした。 すでに遅かったのです。 あなたが私のスカートをめくる0.00001秒前に前の世界は滅亡して、こっぱみじんに消え失せて無くなったのでした。 そんで0.000001秒前に前の世界と全く同じ世界を再び神様がプログラムされたのです。 ですから今の世界であなたが、いくらスカートめくりをして目玉にピアノ線を突き刺そうとも、それはもう前と全く同じで全く違う今の世界にとっては何の意味もありませんのよ。 手遅れですわよ。 ざーんねん・むねん。 ケラケラ。」
そして再び朝が来ると、少女がエチュードを弾き始めたので、質問をひとつしてみました。 「最後に、教えて下さい。 いったい、どうして世界は滅亡してしまったのでしょう。」
ところがピアノは鍵盤自らが演奏を続けているのでした。 それは、ガーシュインの使ったデュオ・アート製の自動ピアノだったのです。 見えない手が鍵盤をたたいています。 仕掛けは巻紙にあけた小さな穴なのです。
![]() 「あのね。 ある日、美男美女が旅をしてるとお空のてっぺんから草原にUFOが落ちてきたの。 UFOは砕け散って半分くらいしかなくなっていたのよ。 中から宇宙人が、ふらふら這い出してきたんだけど、その人、記憶喪失になっていたの。 美男美女はね、その宇宙人が狼に似ているのでウルフって呼んだのよ。 ウルフはね、どこの誰で何をしに来たのか、さっぱり分からないんだけど知力は物凄かったのよ。 美男美女はね、ウルフを家に連れて帰ると彼の天才を利用して反陽子爆弾を一万個作ってもらって地球を脅迫したの。 戦争とお金を無くせってね。 でも、その反陽子爆弾は米粒よりちっちゃかったんで誰も相手にしてくんなかったわ。 ある日ね、美男美女はついうっかりと、一万個の爆弾で御飯を炊いてしまって大爆発が起きてしまったの。 地球は、いっぺんで消し飛んだわ。 それでウルフは地球のかけらに乗っかって一人だけ生き残ったの。 だってウルフはM78星雲から来た宇宙人だもん。 一人だけになったウルフはとっても孤独だったわ。 顔にSOLITUDEって書いてあるくらいにね。 ウルフは孤独のためにアル中になってしまってね、酔ったいきおいで頭をぶつけて思い出したのね。 彼は人類を破滅から救うためにやってきたのでした。 その後、ウルフは故郷からやってきた宇宙パトロールに宇宙犯罪人として追われています。 はい。 おわり。 じゃね。 ごしゅうしょうさまでした。」
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第26章 室内は、がらんとして広くて白くて壁にぐるっと甲虫(かぶとむし)の様にヴァイオリンが取り巻いてて、中央に黒いグランドピアノが大口を開けて白い歯を見せているのでした。 音楽室です。 間違いありません。 キーホーはソーダ水の泡が全身を駆け巡っているような気分で、もう、はちきれんばかりに安心して快地良さそうに涎を垂らして、うつら、うつらと室内を見渡していました。
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「キャッ。」 と言って一瞬、目を丸くしてキーホーを見ましたが、すぐに再びノクターンの続きを弾き始めました。
(ブゥォォォオンと広い部屋にエコー。) 両手で、しっかりと握りしめて自分の目玉に突き刺しました。 ![]()
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第25章
とうとう着きました。 もう音楽室は、ここ以外にゃありませんよ。 だって、そうじゃありませんか。 キーホーは、やっとここまで来たんですから。
あたかも、入水自殺をする決意をして、二階建てのカフェバーでカンパリを飲み終えたかのように。
そして、それは山を焦がす。
ごめんね。 それは、
ぐらりと再び傾き、心象風景は情報として一点に集中され、再構築された物語に戻り、キーホーは今、音楽室五号の板戸に手をかけるところなのでした。
足元に廊下の端から端まで白い靄が蛇のようにうねうねしています。 窓下の校庭に生い茂った緑の雑草に朝露がパチンコ玉みたいにリフレクションして音楽室五号の板戸にキーホーの影絵を描いているのです。
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第24章
白い大きな寝台にシーツをかむって髪を針の様に逆立てた男が大きな目玉をギョロギョロさせて横たわっています。 キーホーは、やれやれと思いました。
どうして行ってしまうのですか?。僕をちゃんと治療しもせずに。 む・むごいじゃありませんかぁぁぁ。」
もう音楽室は五号と決まったようなものです。 その安堵感もありましてか、キーホーは壁に吊り下がっている白衣を被ると精神分析医の証明バッチを胸に張り付けて荘重そうな顔つきをして患者の横の回転椅子に腰掛けて、V字型に笑顔を作ってみせました。
すると患者のおしゃべりスウィッチが症状告白モードでONに入ったようです。
特にチンゲの多さったら人の三倍はあると思います。 それで僕、困るんです。痛いんです。 あの時、チンコと一緒に固くて縮れた沢山のチンゲが先っちょに絡まったまま付いてくるんです。 チンコの先はカミソリでやられたみたいに切り傷だらけです。 目玉を抉られ喉から手づかみで心臓を抜かれる痛さです。 気絶した事もあります。 そ、それで・・・・・・・・・・。」
つるつるに剃ります。 僕は、そうしないと又、痛い目に遭うんです。 だからどうしても、つるつるにしないと駄目なんです。 一日でも放っておくと、短い針の様な毛が、今度は袋に何百本、いや何千本も突き刺さる事になります。 だから、よぉく剃るんです。 僕、とっても恥ずかしい。 洗面所の三面鏡に向かって下半身をガバと開らき、唯ひたすらに剃ります。 なんて惨めな事でしょう。 せ・先生。わかります?。この惨めさが。 そ・それで、まず十ヶ所はカミソリ敗けしてしまうんです。 時には何か得体の知れぬ前人未踏の不気味な体験かと思います。 そう、男のくせにメンスがあるんです。 くっ。くっ・く。 男のくせに。」
それで、陰毛が邪魔になり、剃るようになったと・・・・・。」
ダ・ダッチ・・ワイ・・・ いえ、僕はまだ性交渉してないです。 一度も。」
う・嘘でした。すみません。 また嘘をついてしまいました。 いかにも僕はS・SEXの時の様に話をしましたけど。 事実はそうなんです。しくしく。 僕も自分の心理がよくわかるんです。 僕、四十になっても童貞なんです。 そ・それで、それが劣等感で、ずっと二十歳頃から、すぐに嘘を言いました。 いかにも、とっくに体験したかのように。 で・でも直接、SEXしたかって友人に聞かれると震えちゃうんですよね。 僕、身体は正直にできているんです。」
本当でっす!いっつも、つるつるにしてました。」
もう嘘はいけませんよ。」
僕は十二才まで脱糞癖がありまして、いつも尻やチンコをウンチだらけにしていました。 あの頃の僕にとって、それはとても恐ろしい事でした。 一日に何十回もウンチが平べったく尻から下へ回って臍までベットリと付いてしまうもんですから。 父や母は、その度に僕の事を(うんちょっ子。うんちょっ子。)ってからかい、(自分で拭け!)と殴る蹴る始末でした。 十三才の頃、そんな癖も治りましたけど、何か尻やチンコのあたりが気になるんです。 それで前にウンチをキレイ・キレイに拭ってたように僕はチンゲと尻毛をつるつるに剃らずにはいられません。 きっと、そうだと思います。 先生、そうなんです。 僕はウンチを拭いたいから毛を剃るんです。 でしょう?。」
他に何か、その頃とても恥ずかしいとか屈辱的な出来事は、ありませんでしたか?。」
実は僕、十才の時、宇宙人の女の人とお父さんがSEXしてるのを見てしまったんです。」
あなたの性的発達は、その時の衝撃的な光景に留まってしまったのでしょう。 性の対象は歪められ代償を求め、欲動は彷徨います。 都合の良い事に、あなたは脱糞症で肛門部や性器に日常的に大便が付着していた。 それによって歪んだ性欲動の代理行為として肛門や性器周辺の便を取る事で充足させていたのです。」
とても恥ずかしい事です。」
口愛期です。 その癖は外的な制圧によって十三才の頃には周囲に対しても自分に対しても限界に来てしまったのです。 ここで自我が働き、なんとか、周囲の力も手伝い、脱糞癖は治りました。 しかし、そうすると今度は、また抑圧を受ける事になります。 せっかく十才で歪んだ性欲動、固着したリビドーも、その代替行為を奪われてしまったのです。 欲動ベクトルは自然に大便拭いから陰毛剃りへと向きを変えました。 そして大便拭いの記憶と状況からの対自己印象は、とても強くリビドー発達を、これまた歪めたのでしょう。」
止められないと又、自我と劣等感の闘争のため、又々、その対象行為を間違えて自分のチンコを街中で尻の穴に突っ込んでみたり高級レストランで人々の目前でウンチして、それを食べ始めたり、喫茶店でチンコの穴にストローを巧みに突っ込んで・・・僕、あれプロ級にうまいんだから!・・・小便をエメリューム光線※みたいに飛ばして他の客にひっかけたり・・・。 それを、も・もう、せずにはいられなくなります。 あぁ、なんて重い苦悩なんだ。ラ・ラ。 何で、あんな楽しい事しちゃぁいけないんだ。 そうだ、後で死ぬ程、恥ずかしくなるからだ!。 でも、止められない。 チンゲ剃りを止めれば、止められるんですね。」
チンゲ剃りを止めても駄目だろう。 失礼、陰毛剃りを。 無理して止めたら今度、代わりに君は、どんな事をするか、わからんぞ。 まず陰毛剃りの原因となった無意識の中の歪みを消さねば全ての異常行為は治らない。」
僕は宇宙人と父の産んだお前を殺したいんだ!!!。」
僕は、バカだったんだ。 バカだったんだぁぁぁぁぁあああああああ。」
「どういたしまして。」 と言って、ゆっくりと板戸を閉めました。
第三の目。
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第23章 という事で、旅人は市長さんとギャッヴィに処刑場へ引きずり出されて例のカミソリ式絞死刑台に押し込まれ、あっさりと血と肉片に変身してしまいました。
絵の中の旅の少女は、薄暗い納屋の奥で見ているキーホーに優しく微笑みかけてきました。 キーホーは、すっくと立ち上がるとランプを倒して外の広場に飛び出して行きました。
阿波踊りを踊りながら。
すると、そこは出口だったのです。
どうやらシルクロードの砂が舞い降りているようです。 廊下は、ふんわりとしてとても静かです。
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第22章
『もう三十年も昔の話です。 一人の少女が旅に出ました。 夕陽の中、土の道を自分の足が踏む音に耳を澄ませて歩きました。 海の彼方で太陽が焦げていました。 草が動いていました。
しかし時々、涙がそうさせまいとする事もありました。 出てきた時のままのブルージーンと白いシャツで小さな緑色のリュックをかついで、なるべく人気のないところを歩き、食べ物は小さな村や町のマーケットで得、殆ど野宿をして旅を続けました。 お金は盗んだのが百万円ありました。 ある夕暮れ、市道から遠く離れた畑の農具入れの小屋の中、くもの巣の下で少女は死にました。 少女が歩いた道、眠った畑も、今はすっかり近代化が進み、車両通行の多いアスファルト道路になり、当時の面影はありません。 もう三十年も昔の話です。 私は少女の旅の途中、三回会い、短い話をしました。 とても素直で天使のような女の子でした。
彼女の絵を一枚、私は持っています。 彼女が旅で出会った絵描きの老人の作品で、彼女は私にそれをくれました。 今でも大事にその絵はよく見える場所に飾ってあります。 ごく平凡な絵です。 陽差しの中、少女が、お花畑に立って何となく悲しそうに笑っています。 私が死んだら、もう誰も少女の旅の事なんか憶えていないでしょう。 もう三十年も前の事なのだから。 絵だって私が死んでしまったら、売られるか、焼かれるか、無い事が全てです。 私の家はその頃、東京の山の手の高級住宅地にありました。 父も母も元気で金の奴もかなりあったようでした。 私は大学生で人と話をしない青白い死人のような青年で、父の会社の人達や親類の人達の目は私の事をいつも情けなさそうに見るか、不満と怒りのようなものまでちらつかせていました。 私は大学四年の時、親や親戚たちに貰って貯めておいた預金がかなりありましたので、それを資金に家出をしました。 他人とは殆ど口を利きたくありませんでした。 食料と水をたくさん買って、あまり人の来ない野原(そこからは海がよく見えました)にテントを張って長い間、住み着いておりました。 毎日、私は昼下がりの長い影を引きずって断崖の下の誰も来ない綺麗な砂浜へ縄梯子で降りてゆき、読書をしました。 少女は三度、そこへ私に会いにやってきたのです。 少女とは誰とも話した事のないジュリアン・グリーンの小説について語り合いました。 少女は実に真剣でした。 少女の瞳は透んでいて、時にはピンク・ゴールドに輝いて見えました。 もう過ぎ去って時の風に削られた私だけの遙かな思い出になった少女の事。 今、思い出す昔の幻影。 夏が始まりかけた頃、私は少女の死を知りました。 蝉がうるさくて腹が立ちました。 まるで少女の死は蝉たちが、うるさく鳴くからのような気がしました。』
彼は大きな欠伸をして、そのままの姿勢で市長さんの後頭部をガツンと殴りつけまして、その拍子に市長さんの点の様な口から威厳のこもった判決が飛び出しました。
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