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元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

あっしは、kippleってぇケチな野郎っす! 基本、自作小説と、Twitterまとめ投稿っす!

机上花火 九

2021-07-26 07:09:26 | 夢洪水(散文・詩・等)

机上花火


-九-


 とワタシは、ここまで脳内の小説を何度か上書きしますと、机に頬杖をついたまま一息ついて、窓の外を眺めました。
 何時の間にか、あれほど夏の太陽の輝きの中で歪んで白色に輪郭を溶け込ませ、境目をなくしていた外の世界も、薄暗くなり、こんどは闇の侵入によって何もかもが曖昧に影たちの世界に溶け込んでおりました。

 部屋の中は冷房装置のおかげで適度に冷され、冬眠人間のワタシの脳を活性化させ何重にも脳内で小説を上書きして楽しませてくれるのでございます。苦だからこそ、で、ございます。
 何もかも、とろとろに溶けて輪郭を失った曖昧な暑い蒸し暑い夏の世界の方が楽なのですが、ワタシは冬眠人間であるが故に、それでは脳内で小説を書き続ける事ができないのでございます。

 ワタシが小説を書いて上書きをし続けなければ世界は生まれることは無いのです。全ての世界は冬眠人間のワタシが作り続けているのでございます。

 ワタシは一生のあいだ、虚弱な身体を輪郭を失った曖昧な夏で支えながら、はっきりとした冬に眠り脳内で世界を夢見続けなければならないのでございます。それがワタシの役目でございます。御察しくださいませ。

 ワタシが死ねば、全ての世界は消え失せるのでございます。全てはワタシの夢でございます。夢とは脳内で小説を上書きして楽しんで生涯を送ることでございます。ワタシが死ねば宇宙は終わるのです。

 ワタシこそ、絶対者なのでございます。

 

 おや、花火が上がりましたね。美しい。ワタシは頬杖をついたまま隅田川上空に打ち上げられ、ど~んっと花開く巨大な色彩の戯れを見つめております。ずいぶん暗くなり、何時の間にか巨大な月が花火たちの背後に、のっそりと出現しております。
 

 ぱぁ~ん!ぱぱぁぁ~~ん!
 

 どうした事でしょう。ワタシは涙を流しているのでございます。ああ、へんです。涙が止まらないのです。
 ワタシは冬眠人間で、ずぅっと冬は閉じ篭もり脳内で小説を上書きして生きてきました。夏には少しだけ、今のように外出し太陽の輝きから生命力を僅かながら得て生きてまいりました。他には何も無いはずなのです。

 どうしてでしょうか?窓の向こうの隅田川の花火大会がワタシのココロを震わせます。

 ワタシは、ワタシは、ずいぶん、ずいぶん、昔、ある男性と一緒に暮らしておりました。
 そ・そんなはずは無いのですが。その男性はキップルと言い作家を目指しておりました。ワタシも彼も、ずいぶんと若かった頃で、ございます。いったい、どのくらい昔のことなのか、思い出せないほど昔のことで御座います。

 でも、そんなはずは無いのです。鮮やかな光を振りまく花火たちの背後の巨大な吸い込まれそうな月がワタシのココロを震わせます。そんなはずは、無いのです。
 そのキップルという男性はワタシに酷い事を言いました。彼は、一生懸命に書いた小説が、いくら応募しても、いくら出版社に持ち込んでも全く相手にされず、イラだっていたのだと思います。彼は何十作も熱心に書き続けたのでございます。誰も相手にしてくれませんでした。
 ある日、彼は死ぬと言い出したのでございます。ワタシは止めました。すると彼は言いました。鬼のような顔をしておりました。

「オイラは知ってんだ!お前は俺を馬鹿にして俺のいない間に片っ端から、そこらじゅうの男とヤリまくってんだろ!この淫乱!淫売!オイラが認められないのもお前のせいだ!この死神め!オイラを殺したのはお前だからな!ひとごろし!全部、お前が悪いんだ!死ね!お前こそ死ねぇぇぇええええええ!」

 ワタシは泣き出して、アパートを飛び出して一晩中、街を彷徨いました。
 次の朝、アパートに帰ると彼は電球のコードで首を吊って死んでおりました。

 ワタシは、ワタシは、あの隅田川の花火の夜、彼と手を繋いで吸い込まれそうな大きな月をにこにこ笑いあって眺めていた時が一番、幸福だったので・・・いや、そんなはずは、ないのです。
 ワタシは冬眠人間でございます。ココロは、ございません。

 ああ、あの時、ワタシが彼についていてあげれば。ワタシが、ワタシが、彼を殺したようなもので、ございます。今頃気づくなんて、余りにも悲し過ぎます。ワタシは本当に彼の事を愛していたのでございます。

 ワタシが悪うございました。花火が綺麗です、月が綺麗です。この大きな窓から映し出される世界は、ずっと過去の世界です。
 ワタシの大切な大切な世界でございます。ワタシが悪いのです。ワタシが彼を殺したのです。あの晩、戻って励ましてあげれば、それだけでよかったのです。ただ、ついていてあげれば良かったのです。

 

 ワタシは死にたい。死んで彼のもとに行きお詫びをしたい。ごめんなさい。ワタシは逃げたのです。ワタシは死にたい。死にマス。
 

 ワタシは、頬杖をついていた両手を自分の首に持ってゆきました。窓から美しい花火が、たくさんたくさん夜空に輝いてます。どぉ~ん!どぉ~ん!あの月に吸い込まれてしまおう。ワタシは、そう思いました。
 そしてワタシの首を、思いきり絞めました。両方の手のひらを裏返して両手の親指を喉もとにあてて、ぐいぐい絞めました。

 ごめんね。ワタシも死にます。気が遠くなってまいりました。
 彼と手を繋いで見た花火たちと輝く巨大な月の世界だけにワタシは意識を集中させました。涙が、とめどなく流れ落ちてゆく中で、何だか幸福な気持ちを、ワタシは取り戻してゆくようでございます。
 さようなら。死んでゆくのが分かります。

 ・・・誰?へんね。そ・そんな。だ・誰かがワタシを書いている。
 だ・誰なの?ワタシを書いているのは。ワタシは、ワタシは、絶対者ではないの?脳病院?ワタシは気が狂っていたの?誰もワタシを書いているわけじゃないのね。死ぬのね。これで、いいんだわ、きっと。

 いまわの際に、ワタシの頭の中に大声が響いた。 
 
 

「俺!俺だよ!俺、俺!ぶっ殺す!ぶっ殺してやるぅぅうう!ああ!我慢ならねぇ!何だ、この社会は!糞豚どもめぇ!死ね!死ね!死ねぇぇっ!金満鬼畜腐れ外道どもめぇぇぇ!ぶっ殺してやるぅぅうぅ!皆殺しだぁぁああ!ざぁまぁみさらせぇぇえぇぇえぇぇぇぇえぇっ!」

 



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