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探偵キック 弐

2021-06-12 07:24:43 | 夢洪水(散文・詩・等)
探偵キック

 二日後にキックという興信所の社員がレク夫妻の元へやって来た。キックは応接間に通され、まず早口で「日当プラス交通費等の必要経費」などの調査費用の契約書と「秘密厳守」などの社会的責任の振り分けの承諾書について説明し、サインと印鑑を要求し、素早く手続きを済ませた。

 そしてキックの失踪人捜索が始まった。空はどんよりと曇っていた。

 まずキックは娘の部屋を徹底的に調べた。彼女の部屋には手がかりとなりそうなものは一見なにもなかった。ピンクのソファーやベッド。29インチのTV。整然とCDと文庫本の並んだ本棚。そして机の上のパソコン。

 女の子の部屋にしては実に無機質だった。ソファー、ベッド、TV、本棚、机、パソコン、それらがまるで関連性を欠いてポツンポツンと八畳くらいの部屋に雑然と何かの記号のように置いてあった。

 結局、手がかりとなりそうなモノは彼女のパソコンのハードディスク内とフロッピーディスクに納められた大量の交換メールと、電子手帳内の殆ど名前の書いてない電話番号にしぼられた。あとは聞き込みに頼るしかない、とキックは思った。

 それから一週間かけてキックは興信所の上司を通して、情報屋から電子メールの差出人のアドレスと電子手帳に記載されていた電話番号をもとにプライベート情報を裏からハッキングしてもらい、現実に交流のあった人物を15人にしぼった。しかし、そのうちの一人は、すでに死亡していた。自殺だった。

 殆どの電子メール交換は実際に会うことのない仮想の恋愛ごっこだったし、殆どの電話番号はインターネットに接続するためのプロバイダのアクセスポイントとデタラメに書いた存在しない番号だった。

 何故、彼女がそういう事をしていたのかはキックはあまり考えたくなかった。薄々思うところはあったのだが、まだ早いと思った。ただ最近の失踪者によく見られる非現実領域の拡張をやっていたのは確かだと思った。

 キックは、その死んだ一人を除く14人に直接会いに行き、レク夫妻の娘の最近の様子や行動について、さりげなく聞いて回った。

 集めた情報を整理し分析し、もう一度彼は、その14人に会いに行き、彼女の人物像について、再び、さりげなく聞いて回った。

 興信所の方でもキックのバックアップをしていた。情報屋から得たプライベート情報をもとに、その15人のごく親しい友人と見られる人々に彼らの性格や女性関係の事を、さりげなく近づいて調べ、分厚い資料にしてまとめ上げ、キックに手渡した。

 キックは、その会社からの資料と自分の聞き込んだ情報から、彼女と失踪以前に性的交渉を含んだ恋愛関係にまで発展したのは、どうやらカルチュアと死んだ一人を含めた5人であると断定した。

 聞き込みから彼女には“売春・愛人・風俗譲・アダルトビデオ出演・薬物中毒”などの不道徳な噂が数多く出てきたが、実際念密に調べてみると、そのような事実を証拠立てるようなものはいっさい見つからなかった。

 売春や愛人の相手らしき人物は存在していなかったし、あらゆる表裏の性風俗データベースにも、AV制作関連のデータベースにも、いっさい彼女の存在に該当するようなデータは無く、非合法ドラッグの販売ネットワークからも、彼女へまたは彼女からの関与に関する情報はまったく浮かんでこなかった。


 キックは、ここいらで少し、判明した事実を整理してみた。

 
1.失踪時にレス夫妻の娘と恋人関係にあったのは、カルチュアと自殺した1人を含めた5人である。
 
 
2.他に交流のあった10人とは、顔見知り程度で実際は殆ど話もした事のない関係だった。
 
 
3.どういう訳か死んだ1人を除く恋人4人も、他の10人も彼女のことを売春やドラッグ等の常習者だと思い込んでいて、口汚く罵る。
 
 
4.売春やドラッグ等の事実は全く確認できなかった。
 


 キックは彼女は何だか、とても自分自身を偽悪化させてみせる傾向があり、本当はとても孤独な人物ではなかったのかと思った。そして、次にカルチュアと死んだ恋人を含めた5人の恋人を集中的に調べてゆくことにした。
 

 一人は東京大学3年生の「カルチュア」

一人は九州の精神病院に入院している「キーホー」

一人は北大の1年生「キップル」

一人は四国に住んでいる某企業専属のフットボール選手「ミック」

一人は彼女が失踪した当日に自殺した沖縄の無職の「青年Z」


 キックは上記の順番通りに再び一人一人に直接会いに行き、彼女との出会いから失踪するまでの関わり合いの中に失踪の理由となるような出来事があったのではないかと、裏ポケットに隠しマイクをしのばせて録音しながら今度はかなりプライバシーに突っ込んだ聞き込みをしていった。自殺した無職の青年Zに関しては彼の住んでいたアパートの近隣住人と友人・知人関係から身辺調査をするしかなかった。

 今回の調査はかなり立ち入った質問が含まれていたり、強迫神経症のキーホーの病状が思わしくなく面会の許可を取るのに手間取ったりして、かなり難航したが、約3週間かけて日本中を飛び回り、約30時間分のかなり重要な手掛かりとなるような証言をテープに録音する事ができた。

 

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