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「雨族」
断片29-風のなかで眠る女
「2章・パリのまねき猫」~3.二十歳までの僕の二つの恋への関わり方Ⅱ
その後、僕はボートの転覆事故で死んでしまった女の子と最後に過ごした夜について考えると、とても奇妙な心境に陥る。まるでウルトラQの1/8計画に参加したような気分になる。
とにかく彼女は僕の人生を何らかの形で予言して死んでいった。また彼女は僕に予言的なメッセージを送るために僕と三ヶ月間を過ごしたのではないかとも思える。
やはり彼女は、もうひとつの僕自身、コインの裏側にすでに入り込もうとしていた僕のために僕を心配している僕自身の影だったのかもしれない。これは、後々思ったことだ。
僕は、とりたてて彼女の事も他の誰の事も好きじゃなかった。どうして誰も好きになれないのか皆目見当がつかなかった。やはり、人を好きになると言うことは面倒くさくて疲れて苦しむから嫌だったのだろう。ただ、付き合っているだけがいいんだ。恋をせずに。頭を少しはまともに保っていくためにだ。
二十歳に近付いた十九才の秋に僕は映画サークルの合同コンパで短大一年生の女の子と知り合って週に一度か二度、映画を観に行ったり、遊園地に行ったり、ビールを飲みに行ったりした。
僕たちは、やはり理想的なカップルに見えたと思う。前の彼女の時と同じ事を大勢の友人に言われた。進歩なし。
「やらせろ」
彼女は、とてもゴージャスな女の子だった。贅沢で欲求が強く、誰が見ても肉惑的だった。目や口の作りがはっとするほど大きく身体もまるでゴム製のように張り切っていた。
僕には余り性に対する欲望が無かったのだが、我々は一度だけ集中豪雨のようなSEXをした事がある。吉祥寺にあった僕の友人のアパートを開けてもらい、そこで二人きりで入り込み、一晩中激しく抱き合った。
僕は何故だか頑強にキスを拒んだ。どうしてだか分からない。彼女は、とても困っていた。でも僕を許した。僕は誰ともキスしたくない。どうしてだか全然分からない。
ベッドの中で夜明けを二人で眺めていると、おかしな気分に襲われた。僕は何故か「スローターハウス5」でトラルファマドール星で囚われの身となったビリーの事を思い出し、悲しくて悲しくて、たまらなくなった。僕は大粒の涙をボゴボゴ流していた。
「何を泣いているの?」
と彼女は言い。
「キスする事くらいできないなんて、あなたは、どこか、とっても、オカシイワ」
「オカシイと自分でも思うよ」
と僕は言った。
夜明けの青白い月が窓から覗いていた。実に夜明けの青白い月になった気分だった。
「自分でも、どうしてそうなのか、よく分からない。たぶん、これは僕の宿命なのだと思うよ。キス出来ないようにプログラミングされているんだ」
彼女は眉をひそめて聞いていた。そして、一度意を決したようにうなずくと、限りなく断定的な口調で言った。
「あなたは永久に自分が分からない。まるで分からない。分からない分からないで、ちっとも分かろうとせず、取り返しのつかない事になる」
僕はビクリと身を震わせた。そして恐る恐る次の言葉を発した。
「どうなるの?」
彼女の乳房をいじくりながら僕は食い入るように夜明けの青白い月を見つめていた。そして、ある種の予感が訪れた。一瞬の間である。僕はこれから十何年も過ぎた後にいったいどうなっているのか。
そして、彼女の口から答えが出た。僕は実際聞いた後もまるで信じられなかった。
「雨族よ」
彼女は、きっぱりと、そう言った。
彼女について言えば、その後当然のごとく僕と別れて、二年間の短大生活を終え、マスコミ関係に就職をした。
彼女にとって僕は、とても仲のいい友達という事になって、よく事ある度に電話や手紙を貰った。それは、すべて彼女の人生の報告だった。僕の事なんか一つもない。
それから二年半後に彼女は経理事務をやっていたテレビ局のディレクターと結婚して女の子を生み再び二年半後に別れた。そして、それ以後、行方が分からなくなった。消えてしまった。
その頃、僕も社会からリタイアして消えていたのだから、かなり彼女の失踪の気持ちが分かる。消えたい。消えたい。そういう時期があるんだ。僕も彼女も試してみたんだ。
僕は家に篭もったが、彼女はどこかに出ていった。知っている人なんか誰もいない世界に行ったんだろう。
僕は変な話、少し責任を感じている。彼女に僕の雨族性をうつしたんじゃないかと。あの青白い月の出ていた夜明けに。彼女は決して純粋な雨族にはなれなかったけど、いい線をいっていると僕は思う。
雨族は人を愛せない。彼女は僕を愛した。そして僕の雨族性に感染し中途半端な雨族的人生に突入してしまったのだ。だが、それはあくまでも雨族的人生であって、雨族の人生では無い。
雨族とはもっと悲しく虚しくひとりぼっちなのだ。できるだけ長くSEXかキスのどちらかを抑制しなければならない。
雨族とは何か?
断片29 終
This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)