馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

海で魚獲る人は貧乏人、その魚を銀座で食べる人は金持ち!

2011-04-29 23:01:09 | 日記

 

 

中国文学に「順口溜」という風刺文学があると読んだ。

その中に

 

田んぼで稲を植える奴は貧乏人だが、庭で花育てる奴は金持ちである。

 

土を耕す奴は一生貧乏人だが、土地を売買する奴は子孫まで金持ちである。

 

それでいけば日本では表題のようになるか?

 

三陸の漁師は魚獲り、逃電役員は銀座でその魚を鮨で食べる。

 

あるいは小沢一郎のようか?

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久しぶりに中野のスナックへ行く。

2011-04-29 18:19:13 | 日記

428日(木)17時、中野にあるスナックへ行く。

通常であれば柳橋事務所でシルバーグループと飲むのだが

今回は久しぶりに中野の店にした。

17時集合、シルバーが6人集まり、スナック代一人¥3千円

ビール、日本酒、焼酎、ウイスキー飲み放題

肴、つまみは刺身、ブリ大根煮、枝豆、から揚げ

その他一杯、カラオケ歌い放題

   

弊社で時々仕事の手伝いしてくれる中国人女性が

ママさんとして経営している。

おじさん達皆大喜び、現役引退して幾年月

大震災によりキャパクラ、銀座クラブは閉店相次ぐらしい。

銀座の店も逃電役員、社員が出入り禁止になってホステス解雇が

300人以上らしい。

カラオケの曲がすごいんだ。

石原裕次郎、小林旭、灰田勝彦、藤山一郎、ディックミネ等

シルバー達皆様、画面に流れるカッコイイ男になりきって

今宵は半世紀前に戻った。

73歳の大先輩は「この年でこんな大災害に遭うとは思わなかった」と言った。

すかさず私は「73歳まで生きていて体験して、これから思い残すことなく

黄泉の国へ逝けますね」!

21時、解散、

中野は全国一番住みたい街なったと聞いた。

飲み屋横丁は明かりと人で一杯。

安くて庶民的で都心にある!

日本人以上に日本人らしい中国人ママが中国語の夜来香を熱唱すると

他のお客様が「ママ中国語上手いね」と褒める。

ママ、「だって私中国人だもん」

客 沈黙!?

    

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久しぶりの隅田川テラスジョギング

2011-04-29 17:27:25 | 日記

    

4月27日(水)15時半 隅田川テラスをジョギング出発

下流に向かう、日本橋川にかかる豊海橋を渡り清洲橋を横切る。

テラスにドッグランがあり、おば様達が談笑している。

永代橋に近づくと佃島の高層高級マンション群が見える。

東日本大震災後、居住する外国人が続々逃げ出したらしい。

オール電化で50階に住んで停電したらどのように動けばよいのだろう。

ありえない災害前提で作られた快適マンションが虚構の建築物で

今後日々、地震への恐怖を絶えず注意しながら就寝するのはさぞ嫌だろう。

まあ!私にとって無縁の高級マンションだが

永代橋を渡り墨田区側から両国橋へ折り返す。

隅田川を見つめる松尾芭蕉像の下を抜け清洲橋が見えてくる。

 

八百長相撲で話題になった春日野部屋を左横手に見て、

 

まもなく両国橋に差し掛かる。

両国橋手前の泥鰌料理の桔梗屋

を通り、両国橋交番で相撲取り並みの太ったお巡りさんに挨拶して

柳橋事務所にゴール。時計を見ると1640

直ぐに浅草橋駅近くの弁天湯に行く

 

先客爺さんが二人いるだけ(俺も外から見たら爺さんか)?

激熱の湯に浸かり、シャンプーして全身石鹸で洗い流す。

17時半事務所に戻り、隅田川に夕暮れの陽を浴びたスカイツリーを見ながら

発泡酒、ホッピーをスーパーで買った鯵のたたきを肴に飲む。

少し後でデザイナー女性が、ラーメン屋に卸す麺を工場から買ってきたので

チャシュー、海苔、野菜いり特製ラーメンを作ってくれた。

  

妻は癌治療も良くなり、再び母親介護でいないので一人食事しなければならない。

19時半帰宅するが、途中居酒屋あんこうで喉の渇きがおさまらないので

チュウーハイを一杯、22時自宅に着くと娘が入浴中なので

又発泡酒を一杯。

これではジョギングしても体重減少は難しい。

反省するが後悔はしない。

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東電 逃電(その2)

2011-04-26 17:28:42 | 日記

逃電社員に関して私と同様に逃電本社に配達に行くと

横柄な女子社員ばかりだとメールしてきた方がいた。

今も体質は変わらないのだろう。

自分達は特権階級と思い込み

「頭が高い、下々の者下がりおろう」!

そんな気持ちなんでしょう。

 

私が逃電近くの軽食喫茶に飛ばされた理由を書きましょう。

40年前、勤めた会社の物流部門にいた26歳の時

上司がペーパーカンパニー(トンネル会社)を作った。

登記上は実妹夫婦にさせたが、裏では全て取り仕切った。

下請け会社の一部をペーパーカンパニーに通させるような仕組みを作った。

一例を挙げると取引していたビニールカバー会社に末日で取引契約を解除通告する。

在庫10万枚については仕入れ単価50円であるが

単価15円にて10万枚一括仕入れをすると連絡。

期日までに指定場所(ペーパーカンパニー)納品しなければ

支払いはしないと電話で連絡する。

これら一連の交渉を全て私がするのだが、誠実な商売道徳など全く

欠如、これを本社に単価100円で販売する。

何にもせずに¥750万円がペーパーカンパニーに入る。

当時日本人が経済成長と共に豊かにになりも海外旅行に行き出した。

現在の中国人が日本旅行に押し寄せるように

ハワイ、香港には旅行カバン肩に掛け飛び立って行った。

カバンにも目をつけ従来の取引会社もペーパーカンパニーの下に置いた。

しかし、ノウハウもない会社ではトラブルが多発、その度に

私はクレーム処理で走り回り罵倒された。

ついに困った事態が生じた、現在大震災で被災した石巻の支社に

明日午前9時までに納品しなければならない商品が出来ていなかった。

女子社員の手配ミスとペーパーカンパニーを通した為に

生じた連絡ミスであった。

夕方商品は完成した。しかし

当時はまだトラック配送網はいまのようにスピーディーではなかった。

東北縦貫道もなく明日朝9時、石巻到着は不可能だった。

下請けの50代半ばのオジサンは夜半一人で運転して届けると言う。

女子社員も困っていた。

私は致し方なくこっそり同行して運転して石巻に向かうことにした。

幸い納品日が土曜なので会社出社もないので心配しなかった。

9時、浅草を出発、途中田舎食堂で天麩羅蕎麦食べただけで

ひたすら私は運転して翌日午前820分石巻支社に届けた。

そのまま寝ずに運転、昼間なので東北道は渋滞

浅草に着いたのは午後の11時半だった。

大地震石巻道路

 

月曜日、出社すると、ペーパーカンパニーを作った上司から

怒鳴りつけられた。

会社で無断での行為を咎められた。

なぜ!ばれたのだろうと思った。

手配ミスした女子社員が告げ口したのだった。

ペーパーカンパニーであることを私が事故起こせば

発覚するのを恐れたのだ。

又、女子社員が密告したのは、少し後で分かったのだが

上司と不倫関係にあり、ペーパーカンパニーも二人で実質経営していた。

会社内ではうすうす気付いていたが誰もが無関心を装った。

ある日、他部署の課長が私に囁いた。

「あんたの上司はおかしい、部長にキチンと言うべきだよ」

埼玉の和光に作ったペーパーカンパニーの会社に

私は連日風呂も入れず泊り込みで、荷造り梱包の作業をしなければならなかった。

私より若い社員が部に入ってきた。

彼らも疑問を感じていたが沈黙していた。

ついに顧客から大クレームが入り私を詐欺で訴えられるところまできた。

私は赴任して、まもない部長宅に夜押しかけ、事情を説明した。

4時、部長の言葉は非情だった。

「管理監督不行き届きで処罰されるより成績不振で処罰されるのがまだ良い」

翌週、私は新橋の軽食喫茶で皿洗いをしだした。

続く

 

 

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ブライダル

2011-04-26 12:30:51 | 日記

 

 

 

弊社の革巻きボールペンがブライダル産業新聞に掲載された。

トップにスワロスキーを着けた。

革ケース2本入り 個人名彫刻

だが、大震災によりブライダルはより質素になりそうだ。

 

ブライダルフェアもギフトショーも出展するか否か思案中

恐らく出展しないだろう。

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