馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

10月 ある日曜日 朝 娘は走る。

2016-10-31 16:59:49 | 日記

10月のある日曜日 朝7時

娘は太陽の光が射し出した道路を

横断して駅方向へ走って行く。

午前8時 予約した銀座の美容室にてヘアーメイクする。

それから目黒駅に降りてタクシーに乗り

10時に始まる結婚 式披露宴に列席。

 

16時に帰宅した。

帰宅直後に、パンを食べた。

小食の娘なのに驚いた。

尋ねると

「料理の量が非常に少なかった」と言う。

私も若い頃、利用した格式高い会場なのだが

旧宮家の庭園が素晴らしい。

やはり、食材高騰が影響しているのだろうか?

 

学生時代の仲良しの式披露宴。

祝い金を聞いてビックリ。

そんなに高額なのか?

葬儀に列席は多いが

結婚式に招かれることは

久しくない。

 

「相手の男性はどんな人」?

「弁護士」

「禿げてる」

「中高大とK出身」。

「ふ~ん 凄いね」

 

大学時代 仲良し3人組で

鍋パーティー、旅行をしていた。

 

もう一人も既に結婚

その友達も弁護士と結婚。

弊社の展示会を娘と手伝ったことがある。

静岡の産婦人科医院の娘。

彼女は一流大学出身で大手銀行に勤務する

彼氏がいたが、振った。

理由は

「サラリーマンの妻になって、地方転勤を繰り返す

生活なんて嫌だ」

その友達の披露宴席で、友達の母親は

私の娘に言った。

「別れた人の方が良かったのだけどね」溜息ついた。

結婚後、月~金は静岡暮らし

金曜夜新幹線で上京

月曜 新幹線で静岡へ

土日妻である。

出産して子供の幼稚園お受験に懸命。

格差社会 厳然と階級社会が構築されつつある。

正社員 嘱託、限定、パート、バイト

階級をあげることが不可能な現実。

大企業に勤めても、倒産、リストラは

突然起きるのだ。

私も、ある日 突然会社を首になったのだ。

 

日本国の大不況の前では、女性の結婚選択条件は

愛情よりも富裕安定を求める。

 

娘は、大学生の頃

母親に「結婚なんて面倒だけど、年取ったら寂しい」と言う。

 

弊社のデザイナー女性も結婚願望がない。

美人で優しい。

「この人だ」と思う男性が現れない。

互いが少し我慢してマイナスを受け入れないと

結婚生活は難しいことだ。

デザイナー女性が言った。

「結婚しないなら、社長の娘のようにキャリアにならなければならない」。

う~ん 親としては、豊かでもなく、平凡な結婚を望んでいる。

 

これでは、結婚できない男

結婚したくない女。

少子高齢化に歯止めはかからない。

 

私が 若者で今だったら、結婚は無理。

結婚前提条件を満たしていない。

 

オリンピックで巨額の税金浪費するより

日本社会での若者の未来展望と安定化に金使え。

 

小池都知事の言動は、至極真っ当なのだが

各スポーツ団体は、アスリートファーストを声高に叫ぶ。

国民アスリートだろうが。

国民不在でオリンピック。

今後の展開を見守りましょう。

安陪さん 何のコメントもしません。

 

 

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近辺を徘徊 迷う 認知症ではありません。

2016-10-30 17:36:52 | 日記

10月30日(日)

朝8時半 自宅を出る。

定番のホームレス風 上下ジャージに踵が擦り減ったジョギングシューズ。

茜浜に向かう遊歩道もマンネリなので、

反対方面に向かう。

冷え冷えした空気は初冬を感じる。

 

船橋大神宮に向かう。

 

入内して最初に包丁塚がある。

ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作首相の文字が刻まれている。

新しく建立された常盤神社。

  

徳川家ゆかりの神社だそうだ。

燈明台がある。

江戸の昔 船橋港を通る船の目印。

境内には、七五三の家族が参拝に訪れる。

船橋大神宮 七五三 (1)

数年すると、孫に付き添い参拝したい。

船橋大神宮 (2)

大神宮で柏手を打ち、海老川沿いを進む。

横道に入ると、休耕田が広がり

秋のススキが冷風で波打つ。

 

新興住宅と畑、田んぼが混在する裏道が

トラックが通り抜ける。

 

休耕田

ススキに覆われたあぜ道に入ると

子供時代の冒険が蘇る。

 

本能なのか、野原と繁みは生理現象が起きる。

山岳部時代、樹林に繁みで雉打ちした。

登山の隠語である。

誰もいないのを確かめて爽快であった。

 

目印がなく方角が分からなくなり、街道に出た。

木下街道だ。

同期の墓参りの時歩く道だ。

 

10時50分 有名なラーメン屋 かいざんの前にやってきた。

 

TVでも紹介される全国的に有名な店。

商売的には、飲食店のロケーションとしては良くない。

上記ブログにも、行列する写真を掲載した。

迷ったが、まだ行列がないので入店しました。

豚骨系にラーメン。

旨いが、若者の舌には合うが

団塊世代には、胃袋が重い。

 

街道を急ぎ足で帰途方向へ。

11時半 自宅前 ショッピングセンターに着いた。

11月1日 新規開店する、これ又有名店

「蒙古タンメン中本」

  

亀戸にある、蒙古タンメン中本で食べたが

強烈な辛さで、ビール、タンメン、水を

順番に喉に通過させないと食べきれない。

千葉県に初出店だそうだ。

息子、娘が挑戦したいと言っている。

 

センター内に入ると凄い行列。

何やら 抽選会。

 

子供連れの別行列もある。

何なのか分からないので、エスカレーターで2階に上がる。

アンパンマン ショーだ。

   

このショッピングセンターは道路対面にある

日本有数のショッピングセンターに押されて

苦戦中である。

最近 大塚家具、ニトリを隣合わせでテナントとした。

洋服の坂善、本屋のジュンク堂

次々と有名店を入居させたのだ。

百貨店、スーパーの衰退。

消費不況は、大型店舗の業態を困難させる。

弊社のようにネット販売のウエイト

70%を占めるようになった。

 

 

12時 自宅に着いた。

妻は、昨日 製麺所でサービスでくれた

焼きそばを準備していた。

 

妻に言った。

「さっき、チョット ラーメン食べたんだ」

「連絡しなさい」と小言。

 

今日も歩いた。

 

 

 

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介護保険 月額支払い2

2016-10-30 15:00:57 | 日記

10月28日(金)

介護保険 月額支払い1 続き

 

健康な体で80歳以上寿命を全うしたなら

半分でも葬儀費用として支払いがあるならGOODだが

要介護認定されて末期をベッドで過ごすのは

金を貰っても嬉しくない。

親父のように、親父は旅先で客死。

 

 温泉入浴後の心筋梗塞死のように

ピンピンコロリで旅立つのがベスト。

 

だが、死ぬのに失敗はないが

死に方は選択できない。

要介護認定されたら、身内には

介護費用の負担は少なるが

精神的負担は軽くならない。

お袋は親父が亡くなって28年

介護病院に入って丸4年が過ぎた。

松濤の立派な施設だが

身内に囲まれる暮らしもなく

三途の川を渡る順番待ちしている。

月額30万円 戴いても

酒飲めて美味しい料理を味会うこともできない。

嫌だ いやだ!

ところで、倒産した損保会社 社員は失業保険は支給されただろうが

仕事上 自社保険にも数種は加入していただろうが

保険金貰えただろうか?

 道玄坂 円山町LOVE HOTEL 享楽通りを抜けて

中華喜楽の坂を下る。

相変わらず 行列だ。

渋谷中華喜楽

2階通路窓ガラス越から、スクランブル交差点を眺める。

降り注ぐ雨水を受けようとキノコが

動いているようだ。

 既に ハロウィン姿の若者がスクランブル交差点を渡る。

キノコが歩く 渋谷スクランブル交差点

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柳橋 薬研堀祭り

2016-10-29 22:39:52 | 日記

10月28日(金)

午前10時 柳橋に金太鼓が打ち鳴らし

着物姿が川辺のクルーズ船に手を振っています。

薬研堀の祭りを宣伝するチンドン屋さんです。

大きな体の人が通り過ぎました。

セルビア人の画家です。

 

柳橋 薬研堀祭り

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介護保険 月額支払い金額。(1)

2016-10-29 18:05:24 | 日記

2016年10月28日(金)

17時45分 渋谷スクランブル交差点に立ち信号待ち。

中雨の交差点に傘が交差して

冷たい雨風が首筋にまとわりつく。

若者二人が、互いの肩に触れると音が出るおもちやを

周囲に気づかせている。

雨の渋谷スクランブル交差点1

18時10分 介護病院に入る。

直後に弟もやってきた。

 

お袋の真向いのベッドは、既に空になっていた。

入院してひと月足らず。

来るたびに、大声で看護師を呼び

絶え間なく何やら訴えていた。

 

今日 看護師さんに尋ねた。

戸惑いの表情で

「出られました」

同室の介護老人達は気にならないが

介護士は、日夜相手にしなければならない。

 

「私のお袋はどうですか」

「逆ですよ、癒されます」

 

弟に

私は先日 郵送された

「介護費用・積み立て介護費用保険 契約内容の確認」の

書面を見せた。

 

契約内容

介護費用(月額20万円)

施設費用(月額10万円)

準備支度金(200万円)

 

弟は、介護支払い金額を見て驚いた。

「こんなに貰えるの」!

契約年月日は 1999年 平成2年2月19日から終身。

26年前の契約です。

老人介護が日本社会で政治問題として騒がれ

損保会社が介護保険を売り出し始めた最初だった。

販促用品を取引していた損保から

ボールペンを5万本発注の条件として

私自身の介護保険加入を要請された。

渡されたパンフには、一括払い

43歳 200万と記載。

息をのんだが、仕方ない。

ボールペン 一本に10円上乗せしてくれ

100万円は損保が負担。

実質100万が個人負担であったが

5万本製作したが、当時 円高により

十分利益が出ていた。

翌年も発注があり妻が加入した。

まだ 39歳だったので契約金額150万円

月額支払いは 20万円

準備費用は150万円

 

だが のちに震え上がる事態が発生。

9・11事件 所謂 アメリカ同時多発テロ事件

その事件から11年後

台北行 午前中 日本アジア航空に乗っていた。

空中小姐(キャビンアテンダント)から渡された

新聞を読んでいた。

社会面の見出しにくぎ付けになった。

私が取引し、介護保険に加入した損保会社が

倒産と報じられている。

倒産原因が9・11飛行機激突による保険金支払いが

債務超過によるもの。

 

保険会社自身が再保険をかけていなかったのだ。

保険会社が保険を掛けない

ありえないことだ。

 

台北滞在中は憂鬱だった。

他に妻の私的年金も毎月かけていた。

 

倒産損保は大手損保に吸収された。

積み立て年金は、新たな損保会社に

一番安い障害保険に加入することにより

減額されて支払いされた。

問題は介護保険である。

これは、国による保証で

損保会社が引き継ぎ保護されたのだ。

 

後に、介護保険を契約した担当者に会った。

「介護保険 保護されて良かったですね」

「あのような。高額充実した保険は今後ありません」

倒産した損保社員2千数名は、その後

吸収された会社に入ったが

殆どが退社したと聞いた。

経営陣の出鱈目で

社員は露頭に放り出されたのだ。

どんなに慎重に石橋叩いて渡っても

真坂が突然やって来る。

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

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