馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

再掲 あいつを連れて弘法山へ 「山路越えて」

2022-04-20 05:33:08 | 日記


馬鹿も一心ブログを応援してくださる方
シャアの大喜利写真館と映画とカラオケのブログ

エスプリを効かせた写真と短文読ませて頂いている。
私のブログを遡って読まれ
応援リアクションをプッシュ。
ありがとうございます。
昨日は、12年前 のブログへのリアクション
学生時代同期の膵臓がん発症から2年間の闘病生活
そして61歳で死去。
その後を断続的にブログ更新しました。
その記録を読み続けてリアクションプッシュして頂いております。



黄泉の谷を渡って一月後
同期の遺品のリュックを背負い山登りしました。




再掲です。


再掲 あいつを連れて弘法山へ

2010-07-21 12:17:01

7月19日(月)海の日 AM8時 あいつのマンションへ行く
3階の角部屋のブザーを押す。
「おい!俺だ これから行くぞ」呼びかける。
私のリュックに乗れ!
船橋から総武快速に乗る、錦糸町で総武線に乗り換え
お茶ノ水で中央線快速に乗り換え、新宿で小田急に乗車
急行小田原駅行きに乗って鶴巻温泉下車
10時半 駅前の立ち食い蕎麦屋に入る
肉入り蕎麦を注文、旨くは無いが朝食食べていないので
腹に入れる。給水機から水を飲む。
やはり丹沢の水はおいしい。
実家は横浜で水道水は東京よりおいしいが
ここ秦野盆地は丹沢山塊の水だから更においしく
お茶にしたら旨さの違いが分かる。
東京ではペットボトル 船橋でも宅急便で水を買っているが
それより数倍おいしい。
わざわざ車で汲みにくる人が多数。
鶴巻温泉駅前を歩き出す。
温泉旅館街を通って弘法山ハイキングコースと書かれた案内板から
樹林のゆるい登りが始まる。

昨夏、あいつが山に登ってみたいと言い出した。
弊社でお手伝い頂いている先輩達(既に70歳前後)3人と
去年の海の日にハイキングに行くことになっていた。
しかし、あいつに食道癌になっていることが分かり
「みんなに迷惑かける」と遠慮したのだ。
食道癌手術後、メモに「やはり行けば良かった」と書いた。
あいつは、登山シューズやリュックまで買い揃えていたのだ。

弘法山は標高235m起点の鶴巻温泉から下山の秦野まで6.1km
弘法大師(空海)が若き日修業を行った故事に由来
権現山、浅間山と連なり桜の名所としても有名

緩やかな樹林を登ると鳥のさえずりが木々にこだまして心地よい。
1時間程汗かいて弘法山頂きに出る。
頂上から秦野盆地、平塚、その先に相模湾が霞んで見えた。
駅前で買ったポカリスエットを飲む。
私は単独で日帰り登山する時はペットボトルの水のみ
時々りんごを一つ持参するだけにしている。
大した理由は無いがリュックが重くならない、登山中に
用足しが省ける、ダイエットになる。
下山後の飲食がおいしくいただける。
17歳の時から登山を始め海外遠征、雪山、岩登りを経て
長年の経験値から安全、やすらかなハイキングへ辿りついた。

ぼんやりと雲海の切れ目に浮かぶ点在する街並み
うすいブルーの海とかすかに江ノ島が見えていた。

あいつの妹さんが言ったことを思い出していた。
「兄は苦労しませんでした、軍人で後に防衛庁に在職した
父の長男一人息子として育ち、母は50歳過ぎても
結婚しない兄を心配しながら亡くなりました。
実は兄には婚約者がいましたがうまくいきませんでした。
ところがその婚約者の弟と妹である私が結婚したのです。
兄も驚きその婚約者は嫉妬に狂いました。
そして未だ独身です。
私も昨年2月その夫とも離婚しました。
最初の子供(女)は9歳の時病で亡くし
40歳で又女の子を産みました。
その娘は現在15歳になり私は55歳です。
埼玉の県営団地につつましく住んでいます。
兄とは一時喧嘩別れしました。
父母が建てた戸建ての家を勝手に処分してしまいました。
しかし今兄は貧しい妹とその娘にささやかですが財産を残してくれました」。
相続手続きは我々の同期の行政書士が請け負ってくれた。

13時 秦野に向かって樹林の山道を下る。
すれ違うハイカー お年寄り夫婦が多い。
若い父の背負子に赤ちゃんがいた。
ゆっくり登ってくる。 こんにちは!に挨拶
暫くすると若い母親が背負子に赤ちゃんをおんぶしていた。
挨拶すると、お母さんは背中を横に向け赤子を見せてくれた。
何かしらこみ上げてきて「生きること」の意味が感じたのだ。

14時半秦野の街道に出る。
下山口から5分程の処に、湯河原温泉 万葉の湯というスパがある。
入館料1890円を払い 露天風呂に浸かる。
足裏マッサージを40分することにした。
秦野に住む高校時代の友人に電話してスパでマッサージしているから
その間に来て湯に浸かっていてくれ。
マッサージ後 畳大広間で友人がビールを飲んで待っていた。
50歳過ぎてからは毎年お盆の頃、丹澤に一人登る時
朝、秦野駅に向かえに来てくれ登山道入り口まで送ってくれ
下山の時も下山口まで車で向かえに来てくれるのだ。
そして温泉に浸かりとりとめない会話をするのだった。
スパを出て、駅近く水無川岸辺の居酒屋でまた飲む。
彼は男兄弟3人の長男、結婚して子供二人いるが
妻とは別居していて88歳の母親と同居
次男が昨年離婚、妻と子供が家を出て行った。
三男は独身のまま定年
88歳のお袋に食事洗濯の世話してもらい
60過ぎの白髪頭の老人が3人川に字で寝て
ごろんとテレビ見ているんだ。
こういうのを「共依存」と言うんだ。
ため息まじりに愚痴こぼす。
20時駅前で別れる。株主優待切符をくれる。
2階の駅階段を足がしんどくゆっくりと4段上がると
一休み、ふと振り返ると友人が見ている。
来年会って、山登って酒飲めるだろうか
互いに思い込んでいるのだ。

22時半 船橋着、あいつのマンション玄関で合掌。
 あいつが飲みに行った(居酒屋 あんこう)に入る。
店には客はいない。そろそろ閉店、チューハイを飲む。
店主に「あいつを連れてハイキングしてきた」
「そうか、彼も喜んだでしょう」
その瞬間、堪え切れず涙が出てしまった。 

「山路えて」    日本基督教団賛美歌404番


讃美歌404番 山路越えて ペギー葉山