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万葉集をわかりやすく解説

2019-09-08 11:26:34 | 地域と文化

作者 磐姫皇后(いわのひめのおおさき)  巻二  八五番歌

 君が行き 日(け)長くなりぬ 山たづね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ

訳:あなたがおいでになってから日かずも長く経った。山路をたずねて迎えに行こうか。それとも待ちつづけていようか。

 

解説

 「万葉集」には、「日本書紀」に出てくる人物や事件に関わる歌がいくつか見られます。

 磐姫は、「古事記」「日本書紀」に記される仁徳天皇の皇后で、たいへん嫉妬深い人物として描かれています。「日本書紀」では、皇后である磐姫のかねてからの反対にもかかわらず、天皇が磐姫の不在時に八田皇女を宮中に迎え入れます。これに怒った磐姫は、天皇のいる宮へは帰らず、山城の筒城(つつき)(現在の京都府京田辺市普賢寺一帯か?)に宮を作らせて移り住んでしまい、天皇が迎えに行っても帰らず、ついにはその地で亡くなったとされています。

 今回のこの歌は、「万葉集」巻二の冒頭の歌で、「磐姫皇后の、天皇を思(しの)ひて作りませる御歌四首」のうちの一首です。実際に磐姫が詠んだ歌というよりは、磐姫の歌として伝承された歌だと思われます。

 一首目のこの歌では、天皇が長らく磐姫のもとへ来ていない状況で、迎えに行こうか、いや、待ち続けていようか、と逡巡する気持ちが歌われています。続く三首では、こんな恋に苦しんでいないで、いっそ死んでしまいたい。この黒髪に霜がおくようになるまでも、あなたを待ち続けよう。秋の田にかかる朝霞のように、この恋は晴れることがない。と、変化の恋心が歌われます。

 待ち続けようという歌の流れからは、記紀が伝える激情の磐姫像とはやや違った印象を受けます。古代の人々は、記紀万葉に見られるようなさまざまな磐姫像を持っていたのかもしれません。

 このように記紀万葉を見比べることで、より多角的に古代の社会や古代の人々の思い描いた世界が見えてくるのだと思います。

 

万葉集ゆかりの地~ヒシャゲ古墳と佐紀盾列古墳群~

ヒシャゲ古墳

 この歌に登場する磐姫皇后の御陵として守られているのが、奈良市佐紀町のヒシャゲ古墳(ヒシアゲ古墳)です。この古墳ですが、全長220m以上もある巨大な前方後円墳で、現在、このヒシャゲ古墳は、宮内庁の管轄なっております。

佐紀盾列古墳群

 大和盆地北方に標高100m前後の丘陵が東西に横たわり、山背(山城)との境界をなしているのが「まらやま丘陵」です。

 国道24号線及びJR大和路線の通る谷間を境に、概ね東側が佐保地区、西側を佐紀地区となっています。佐保路、佐紀路という場合は、法華寺を境とし、転害門から法華寺までを佐保路、法華寺から西大寺までを佐紀路といいます。

 ならやま丘陵の西側南斜面(佐紀)の尾根筋に古墳時代前期~中期の古墳が築造されています。東西2㎞、南北1㎞ほどの範囲に、全長200mを超える巨大前方後円墳7基を含む多数の古墳が集積しています。巨大前方後円墳が盾列に並んでいるところから、佐紀盾列古墳群と称されています。

 歌姫街道(下ツ道)で西群と東群に区分でき、西群は4世紀、東群は4世紀末~5世紀の築造と見られています。

 

             

 

 

            

 

 

          

 

 

 

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