稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

№98(昭和62年10月29日)

2020年03月14日 | 長井長正範士の遺文


さてこの続飯(即意)付の心得で大切なのは肩から両腕全体をつかうのではなく、手首、手の内だけで味わうのです。もし両肘(第二関節から)から手首全体に力を入れ即意付のつもりでピタッと鎬をつけて攻め行くと、相手が手首堅しと見てとり急に剣を右下(相手側が右下に)に外すと仕太刀は手元が堅いからガクッと左斜め下へ上半身が崩れ、その刹那、打太刀はこれぞ幸いと逆に刃を返し仕太刀の首を斬るなり突くなり思いのままに仕太刀を仆す(たおす)ことが出来るから、前述のように手首を柔らかく、手首だけで相手の剣を先に押える。打方も己が剣を右に抑えて突きにくるから、これ又手首だけで軽く相手の剣を左に押えてさがるから、お互いの剣がピコピコと左右に揺れ動き、両鎬があたかも続飯でひっついたようになり、最後は打方がきらって無理に仕太刀を左下(打方から見て)に烈しく払い挫くので、仕方はこれに逆らわず、それをむしろ助け、ひっつけた剣をパッと低い姿勢の脇構えにはずす。このところが大事な勝どころであります。

この即意付は一刀流の組太刀の中で各所に出て来ます。その中で皆さんもやっておられる下段の付中正眼の即意付、切返しの攻め入る所等、各所に見られる通りであります。この「敵に従うの勝」でもう一つこれに関連して申し上げておきたいのは「浮木」であります。少々横道に入りますが、これは一刀流組太刀の傑作であり、私はこの「浮木」で、どれだけ竹刀剣道に役立っているか計り知れないほどいつも有難く思っておりますので、その大事なところだけを述べ、是非ともこの浮木を体得されるよう希望して止みません。竹刀剣道をやる前、準備運動として毎回やって頂きたく、手おぼえ、足おぼえ、体におぼえさせて頂きたいと思います。

〇浮木について、先ず構えた自分の竹刀を浮木と思って以下申し上げることを理解して頂きたいのです。水に浮かぶ丸太の原木を棒で突くとします。この場合、丸太の中心より右にそれて突いた時は丸太はくるりと右回りにくるくると廻ります。きつく突くと廻り乍ら水中に沈み、廻り乍らポカッと浮いてきます。これと同様に左の方を突くと丸太はくるりと左廻りに廻ります。きつく突くと左廻りし乍ら水中へ沈み、廻り乍らポカッと浮いてきます。両方とも突く力の度合いに応じて廻る速度、深さがはっきりと判ります。こんなことを何遍くり返しても同じことで遂には突くのに疲れ果てて相手は根負けしてしまいます。この浮木が自分の竹刀でありまして、相手が自分の竹刀を左右にたたいても、くるりとその力を利用して相手の中心(咽喉とか胸に)剣先をつけ、或いは一拍子で突き、何のこだわることなく浮上り乗っとるのであります。このように相手にこだわることなく、はずしては上に乗り、争わずして勝つ技であります。わが心を水とし、竹刀を浮木として乗ずるところが一刀流の秘伝ともいうべき大事な技であります。これを「争わずして勝つ上乗の太刀技である」と言われているのであります。浮木は真の真剣の理が篭っているのであります。

但しここで誤解のされてはいけませんので蛇足ですが、つけ加えておきますと、相手が竹刀を叩いて打ってこようとした時に、打たせまいと意を用い、剣先くるりと廻し、向かい突きしようとしたり、咽喉元に剣先を意識してつけて打たさないようにするのでは決してないという事であります。即ちこの浮木のように無意識にくるりと廻るだけで、そこには決して「叩かれたら中心を攻める」という意思など全然なく、手首が勝手に動き、思わず竹刀の先が相手の中心にいっている。この所が大事であることを知って頂き前述のように不断の稽古により無想の攻めを体得しなければならないと思います。浮木をやる手首の柔らかさは勿論大事ですが、私はこの時の両手首の廻す主役は右手の親指と人差し指の二つであることを発見しました。力学的に成立しますが、相手が自分の竹刀を叩くと、柄を握っている両手首を平等に軟らかく、くるりと廻しても、やはり両手で持つ柄の長さだけ廻すのに抵抗があります。それを右手の親ゆび人差しゆびだけで持ちこたえ、他の右手の三本の指、左手の握りの指、全体の握りの力を抜くと、叩かれた竹刀の柄の右親ゆびと人差しゆびの接点を軸として、くるりと廻るわけで、何等廻転を束縛する事なく速やかに廻ります。そしてあとの主役(廻るとすぐ)は左手五本と右手三本の指で締め、次に備えるわけです。従ってくるりと廻る主役と中心につける時の主役が交代する、この所が大切であり、これをやがては無意識に出るまで浮木を鍛錬するのです。説明不充分ですが大体のところお察し下さい。
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