野口和彦(県女)のブログへようこそ

研究や教育等の記事を書いています。掲載内容は個人的見解であり、群馬県立女子大学の立場や意見を代表するものではありません。

ゼミ生たちの卒業論文

2022年02月16日 | ゼミナール
わたしが奉職する群馬県立女子大学国際コミュニケーション学部では、「国際関係論ゼミナール」を担当しています。ここでゼミ生には、卒業論文を執筆するよう指導しています。本学部では、卒業論文の文字数は2万字以上です。これは国際政治学会や国際安全保障学会の論文の文字数とほぼ同じです。ゼミ生たちは、最初は2万字も書けるのか、心配しますが、資料を集めて執筆を進めると、文字数に対する懸念はなくなっていくようです。卒論指導にあたって、わたしはゼミ生たちに、自分が熱心に取り組めるテーマを自由に設定させています。ゼミナール名は「国際関係論」ですが、卒論テーマは、国際関係論以外のものでも歓迎しています。

ここでは、わたしのゼミ生たちが完成させた、ここ数年の卒業論文をいくつか紹介したいと思います。

2018年度には「どのような国家でジェノサイドは発生するのか―国家の強大性と弱体性の観点からの考察―」という、国際安全保障分野でのたいへん重要な人道的テーマの卒論が提出されました。ここで執筆者は、専制主義的・権威主義的な強大な国家が国民を虐殺する仮説と、政府が弱すぎて内乱状態が起こりジェノサイドが発生する仮説をナチス・ドイツのホロコースト、文化大革命時における虐殺、カンボジアにおける大虐殺、ルワンダ内戦における大虐殺、スレブレニッツアの悲劇を事例により検証しています。彼女は、先行研究として、Benjamin A. Valentino, Final Solutions: Mass Killing and Genocide in the Twentieth Century (Cornell University Press, 2004) を読み込み、ここでの議論を発展させて、ジェノサイドの原因を政府の強弱に求めました。これは、とても質の高い卒業論文です。そのほかの卒論としては、開発途上国のガバナンスと発展の相関関係を定量的アプローチで調べた「アフリカにおいて経済成長を決めたものは何か―政治と治安の重要性の検証―」が高く評価できます。この卒論の執筆者は、現在、航空管制官として活躍しています。

2019年度には、近代化と宗教の復興のパラドックスに挑んだ「近代化は宗教の復興を引き起こすのか」という、興味深い卒論が提出されました。そのほか、国際関係論の「王道」ともいえる「経済的相互依存は紛争を抑止するか」をテーマに選んだゼミ生もいました。

2020年度で秀逸だった卒業論文は「日韓の歴史問題において謝罪することが解決につながるのか―謝罪における日本の反発と韓国の反応の検証―」です。これを執筆したゼミ生は「古い仮説を新しいデータで検証する研究デザイン」にともづいて、日韓の歴史問題を分析しました。彼女が先行研究に選んだのは、Jennifer Lind, Sorry State: Apologies in International Politics (Cornell University Press, 2008) であり、ここで提示された「韓国への謝罪に対する日本国内の反動」仮説を上記書が出版された以降の日韓関係のデータで再検証しました。その結果、この仮説は支持されず、日韓の歴史問題の根源は韓国の内政にあることを突き止めました。そのほか「なぜ日本は湾岸戦争時にフリーライドしたのか」という、国際関係論のなじみ深い問題を分析した卒論もありました。

2021年度では、政治学で長年にわたり広く深く研究されているテーマである投票行動に関する卒論「なぜ若者の投票率は低いのか―投票義務感・政治関心・政治的有効性感覚の観点から―」が、非常に優れていました。この卒論を書いたゼミ生は、副題にある3つの投票行動の仮説を膨大なデータで検証した結果、投票義務感が若者の低投票率を最もうまく説明できることを突き止めました。また、ソフトパワーに関連する卒論のテーマを選んだゼミ生もいます。それが「クールジャパン政策の失敗の要因―海外需要開拓支援機構の投資案件の事例検証―」です。クールジャパン政策がなぜ失敗するのかというリサーチ・クエスチョンについて、このゼミ生は「ジャパンブランドを前面に押し出せば海外で売れると過信し、現地のニーズを汲み取ったうえでローカライズすることを軽視した点」が原因だと結論づけています。「なぜ日本の脱炭素社会の実現のために原子力発電が必要なのか―日本の再生可能エネルギーの限界を知るー」は、政策志向の卒論です。この卒論の執筆者は、脱炭素社会のカギとして世界的に導入が進む再エネは、日本に適していないことを豊富なデータと諸外国との比較分析により明らかにしました。この分析結果は、日本に残る選択肢が原発の力であることを示唆しています。そして彼女は、原発稼働に必要な安全性の確立と国民の理解を得ることに急ぐべきだと提言しています。

これらすべての卒論に共通しているのは、①明確なリサーチ・クエスチョンを立てること、②先行研究を批判的にレヴューすること、③リサーチ・クエスチョンに対する答えに相当する仮説を明示すること、④仮説を証拠やデータにより検証すること、⑤結論から導かれる政策提言を行うこと、です。わたしはゼミ生たちに助言やアドバイスをしますが、卒論を書きあげるのは彼女たち自身です。毎年、学士論文として誇れる内容の卒論が提出されることは、執筆したゼミ生たちが最も達成感を味わっているでしょうが、指導する側のわたしにとっても嬉しいことです。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 外交における宥和戦略とスパ... | トップ | 日本の防衛政策に「科学」は... »
最新の画像もっと見る

ゼミナール」カテゴリの最新記事