田舎暮らし山裾の日々

信州に移り住み16年 山裾になじむ今日この頃 ECOな生活“循環型社会”を志し 昔と今の田舎の生き方を愉しむ

スイーツを思わせる雪景色 

2010年12月29日 | 日記

12月29日(水) 夜半の雪   雪と薄陽が向後に変わる

雪が降るといっても粉砂糖を振りかけた程度のもの、今朝もいつもなら薄暗い時間帯にヤケに障子が明るい。リビングの窓から外を見ると今年初めて雪が降ったような気色となっていた。

裏側のロックガーデンもスイーツのように、粉砂糖をふりかけたようだ。濡れた石と雪の白さが際立って冬ならではの姿を見せた。 

今年最後の病院へ行く日になっていた。注射だけだが、途中の道は雪がない。朝の雲の様子で軽トラをスタッドレスに履き替えたのがムダのようだった。病院は年の瀬でも駐車場は満車、いつものように運良く滑り込んだ。 

昼過ぎに家に戻ってくると集落に入る道は雪が溶けていなかった。太陽もでないので朝の気温と変わらない。坂を下りながらの急カーブ、毎年雪の降り始めは注意を怠ってはけないところだ。

      

午後は再び雪が舞い始めたが、予定していたマキ割は無理だ。年内には全てを薪にする予定だった。

リンゴの細い枝を薪のサイズに切ったものを積み上げた“ログタワー”、これが雪でスッポリと覆われることを願っているが、この冬は願いを叶えてくれるだろうか? 

       

雲が切れて青空が見えたが、浅間山の頂上付近は降り積もった雪を巻き上げる猛烈な風が吹いているようだ。

夕方には再び雪、タイヤを替えたのはグットタイミングのようだ。 

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年の瀬に 申し訳ないような 穏やかさ

2010年12月28日 | 日記

12月28日(火) 晴れ   無風  暖かな一日 

 昨夜は明日の快晴を願いながら障子を開けると、縦に割れた月が辺りを照らし出していた。夕方まで吹いていた風は僅かに黒く竹を揺すっている程度だった。

早朝と云っても時間的には6時を過ぎているが、東の空には白い一文字の雲が、朝焼けの前の蒼紫色の空に存在感を表していた。

それ程までに、天気を気にしていたのは、庭の始末が全く出来ていないことだ。先ずは風知草、これは12月初旬には刈り取ることになっていた。また、梅花卯木の枝を剪定する作業、白樺の枝落とし、梅、プルーン、ラフランス ・ ・ ・ まだまだ無花果の冬囲いもある。更に太陽光パネルの裏側に伸びてしまったニセアカシア、ここまでくると到底今日の作業項目には入っていない。 

初めの作業は風知草の枯れ葉を全て刈り取る作業に決めている。これは大きな石を土留め代わりに三段に積み上げたところに植えられた草、4月からの新緑が爽やかな気分にして呉れる植物で、どうしても植えたかったものだ。植えるときには刈り取ることなど全く気にしなかったのだが、初めのときは火を着けて燃やしてしまえばよいとカンタンに思った。思っただけならよいが、実行してしまい昼間の太陽は炎を見せてくれないことを知ったのだが、遅かった ・ ・ ・ あわや大惨事・山火事を起こすほどだった。

これも8年間毎年続けていること、工夫と熟練で風知草も刈られる術を会得してくれたようで、今日も2時間で作業を終えた。

次に取りかかったのは、外灯の光が遮られることと、白樺の枝が風で揺れるときに灯体を叩くということもあり、枝落としに取りかかった。これにつづき、4本の白樺の枝落としと夏には虫たちのレストランとなった幹に穴を開けられたところに薬を塗り込んだ。 

       

昼飯の前に果樹の枝落としを終えて、Mが用意してくれた昼飯をあっという間に平らげて、梅花卯木の剪定をした。葉は既に落ちているのでツンツンしたシュートや細かな枝を拾い集めるので腰が痛くなった。

夕方ままで無心になって 動きっぱなし、最後は日曜日に運び込んだリンゴの細い枝を40cmの長さにギロチンに掛けてログタワーの高さを増した。既に暗くなり、今日の作業は目的の85%は完結した。

残る作業は年内にどれ程できるか ・ ・ ・ 焦るのはやめにしておこう。

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期待はずれの-8℃ 寒くはない朝

2010年12月27日 | 日記

12月27日(月) 快晴  あまり寒くない一日  夕方には冷たい風

昨夜のTVの天気予報では朝の気温が-8℃と云っていた。大寒波が襲来するので「充分に気をつけるように」とのことだった。

本格的な寒さを迎えると何故か嬉しくなるのは東京育ちのためだろうか?大雪と云っても15cmも積もれば交通は麻痺し、学校は休み?だったかの記憶はないが、何故か非日常となると力が湧いてくる。要するに“カジバノノバカジカラ”っとでも云うのだろう。

実際の処、少しだけ期待していたと云うのが正直なところ。陽の出前には具合良く雲が流れてきた。遠く東の上州のタンカーのような荒船山や兜岩など、物語がたくさん有りそうな山々が朝陽に染められた空にシルエットで並ぶ。

太陽は冬至が過ぎたから既に折り返し地点から戻っている。隣の集落とを隔てる山から昇って来る朝陽を見るとワクワクしてくるのは何故だろうか?

山裾の集落の中でも一番に光が届く我が家、目つぶしのような眩しさに感動する。リビングに陽が射し込むと、ストーブで薪が燃える暖かさと交代するように感じた。

 

この光の暖かさによって今まで堅く蕾を閉じていたセッコクが急に花を開きだした。この花は蕾を開くときに得も言われぬ甘い芳香を放つのだ。外では相変わらず強い風が家の角で唸りを上げている。

 

太陽が昇ると大気が安定して風が収まるのだろうか ・ ・ ・

昨日の薪材の運び込みで使った筋肉がギシギシ云うが少しだけ、だましながら薪材の並べ替えをした。北側の下屋へ行き今朝の温度を確認してみると最低温度の記録が-10℃となっている。太陽が昇ってから3時間も経っていない10時前、現在の気温が-2℃くらい、ヤハリ今朝の気温は下がらなかったようだ。

 

-10℃を記録した日は何時なのだろうか?また、最高温度を見ると31℃となている。12月の頭にはリセットしたように思うのだが ・ ・ ・  

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遅れて来た サンタクロース 

2010年12月26日 | 日記

12月26日(日) 強風  快晴   太陽はでるが寒い  一日中吹きまくる風

夕方、外の仕事を終えて家に入ると、宅配便が届いていた。昨日着くものと待っていたが ・ ・ ・ 急激に寒くなったことでサンタクロースも致し方ないことなのだろう。

今朝は未だ暗いうちから天気が気になった。朝焼けもない東の窓、雪は降っていないようだ。僅かに明るくなってきたので起きてストーブに薪を入れた。夕べいつ頃入れたのかわからないが、まだ火は充分に残っていた。直ぐに入れたばかりの薪が燃え上がりガラスが赤くなった。新聞を読んでいるとSalaはストーブの前に歩いてきて崩れるように座り込んだ。いつものお気に入りのポーズなのだが、不思議な格好で苦しくないのだろうか?

朝陽がリビングを照らし出したころ、発砲スチールの中の干し柿がどのように変化しているのか見たくなった。赤黒かった柿が橙色になり粉がふきだしている。藁と柿のサンドイッチに積み重ねた干し柿、年が明ける頃には食べ頃となるのだろう。

 

早めに昼飯を終えて、軽トラにチェンソーや鉈、燃料とチェンの潤滑油を積み込んで出かけた。町の一番北の集落のしかも高台にあるりんご園、昭和40年代に植えた木だというが、全て新しい品種に替えるために伐採する。既に切り倒してある物もあり、先ずは積み込める物を積み込んだ。二回目は伐採をしながら細い枝は置いていってよいと云うので太い薪になる物だけを積んだのだが、重く軽トラの前輪が浮くように軽くなる。

二往復分のリンゴの樹を、太い物と中くらいのもの、細く短い物を分けて積んだ。昨年の12月に運び込んだ物を最近になって薪にしたが、今度は次の薪材を運び込む前に短く切って割っておくことを肝に銘じている。

薪材の作業を終えてから寒さに弱いハーブたちをボイラー室に運び込んだ。ステビアは5℃以下はダメダと云うことだから手遅れカモしれないが ・ ・ ・ 辺りは暗くなり裏山の松の樹が強い風に煽られて唸りを上げている。 

夕食を終えたころにはSalaとArgoはベッドに入っていた。Argoは縁のパイピングを食い破り中の紐を加えたまま仰向けになって寝てしまったようだ。

こう言う姿を見ると温かいストーブの薪作りはどんなに寒くてもガンバッてしまう。

 

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静かな一日 クリスマスらしく食べて過ごす 

2010年12月25日 | 日記

12月25日 (土) 雪    強風に雪が舞う  度々からは晴れるが 風が冷たい

昨日は昼過ぎまで社協の歳末慰問で軽井沢の施設へいった。辺りは白く、問から施設目では綺麗に雪がどけてあった。町内から入所している人を訪ね、ささやかながらプレゼントを差し上げる。 

昼には久しぶりに蜻蛉の湯、村民食堂へいったが、夏のように人は多くないのがよかった。数組のカップルと二組の家族、それに俺たち男三人での食事は村民食堂に相応しい「銀鱈定食」だ。

http://www.hoshino-area.jp/sonminsyokudou/

ノンビリした環境でのそれぞれの生活に基づいた、農業の話、家畜の話と社協の仲間ならではの話題なのだろう。

夕方からは立科も雪、夜に降った雪が更に降り積もっているかと恐るおそる東の障子を開けた。東の空は朝焼け、霧でもなく朝靄でもない、曇りだ。曇りながらも明るく太陽が裏から照らしているようだ。

午前中にはりんご園で木を切ることを頼まれている。雪のために軽トラが入れるか電話をしてみると、無理だと云う。今日は晴れるから明日の午後なら大丈夫だろうと云う。そう言うことで急にテンションがさがり午前中は安息日とした。

昼飯は料理の名前を忘れたが、ポテトを細く切りホンの少しの粉を振りかけてフライパンで焼いた。この焦げたところが旨く、数十年前横田基地近くに住んでいた頃のアメリカンな味を思い出した。出来上がるまで夢中でフライパンをニギッテいたので写真を撮るのも忘れ全て腹に収めてしまった。

昼飯のあとは外へ出て薪の移動、生ゴミの堆肥化と寒さより厳しい猛烈な風を防ぐのにヤッケのフードを取り出して被った。家の入り口と集落の花壇に植えてある風知草を刈り取る予定だったが、しばし、躊躇する程だ。そこへ集落のHさんがラクータで坂を登ってきて揚げ餅を持ってきてくれた。そして、風知草刈っといたよ!!と云うではないか。申し訳ない思いだが ・ ・ ・ 昨日の作業だったのだろう。

少し休憩していると再び雪が横殴りになって降ってきた。

    

やがて陽がでるが、風が強い。まるで北風と太陽のように誰かの外套を脱がそうとしているのだろう。樋から落ちていた雪解け水も凍り付き風が吹くといつもはゆらゆらと揺れる鎖も今日は直線で僅かに斜めになるだけだ。

夕方になり、隣の集落のYさんが餅をついたと持ってきてくれた。包みを開けると緑のずんだ豆、茶色の胡桃味噌、そして納豆でくるんだ餅も入っていた。早速、ずんだ豆と胡桃味噌をいただいたが、旨い。ずんだ豆の自然の甘さと薫りが更に美味さを感じさせた。

結局、今日のクリスマス、一日中食べてばかりだった。

口にモノが 入っていれば シズカナ ワケダ メリークリスマス

 

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筋肉の休日 だから 指先と頭は空いている

2010年12月22日 | 日記

12月22日(水) 雨  午前中には雨も上がり 夕方には快晴になった

2日間の薪作りは筋肉的な体操として、今日はしっかりと休む予定だった。

“雨が降っているから外仕事は休み”と安心していると晴れてしまった。落ち着かない午後となったが、PCに向かう宿題も残っている。筋肉の休日だから ・ ・ ・ だらか指と頭は空いている ・ ・ ・ 脳みその裏側で問いかけをしてくる。

宿題とされているパンフレットの修正が出来ていないことを無意識にも気にしているのだろう。

PCを開いても気が乗らない・ ・ ・ グズグズしている間に夕方になってしまった。

東の山並みから月が顔を出し、やがて30°くらいまで昇ったところで廻りを見ると空気が澄んでいるのか遠くの灯りがやけに近くに見えた。

 

オフだからとグータラしている俺を尻目にしっかりと動いているのがウチパテシエM、彼女はオーブンで焼き菓子に励んでいる。玉子を8個、砂糖、小麦粉、蜂蜜を大さじ3杯、これをかきまぜてオーブンに入れるとカステラガ出来るという。途中で上段から下段に入れ替える作業のときに濃厚な蜂蜜の薫りがするが、これに反応するのはArgoだ。

犬にも個性がある。生活習慣ではないだろうが、Salaは石の上に横になるのはイヤがるが、Argoはストーブの輻射熱で適度に暖められた石の床がお気に入りのようだ。俺も一時は岩盤浴なるものに通ったことがある。

焼き上がったカステラは直ぐにラップで密閉する。これによってしっとり感が保たれるのだと云う。しかし、俺的なカステラは底に溜まったザラメ砂糖がなくてはならない。寂しいことにこれを要求すると甘さは控えなくてはイケナイとキッパリとした返事が返ってくる。

カステラもこの廻りの切り落としが非常に美味いのだ。砂糖と蜂蜜が焦げた臭いのする切り落とし。食べ慣れると云うか食べ付けると其れなりに口が合わせるようになるのかも知れないが ・ ・ ・

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犬語に変換できるパソコン そんなわけはない

2010年12月21日 | 日記

12月21日(火)  薄曇り  午後からは冷たい風  夕方早くから雨

昨日のつづき、朝から割った薪の積み上げる作業を始めた。今日中に全て片付けて、今週中には新たなマキ材を運び込まなくてはならない。 

マキを積み上げる前に、焚きつけにもならない木くずを集めて火を付けた。虫に食われたものや、赤ダニ、腐乱病のものは焼却するのが一番良いと云う。

午後3時過ぎには一通り片付けを終えて、風呂の焚きつけに使えるような木っ端をまとめて袋に入れ、軽トラに乗せた。これは風呂をマキで炊くようになている家ではマキを作るのが大変だと聞いた、これも高齢化が為すことだと思う。

5時過ぎに焚き火の火に水を掛けて消したところで雨が降り出した。辺りは暗くなった。

リビングのノートパソコンを見るとアルゴが使おうとしたのか沢山の手の後が着いていた。彼は俺がパソコンを使っているのを見て、自分でもやってみようと思ったのだろうか?

犬語で使えるPCがあるのかは定かでないが、Argoは本当に使いたいのか聞いてみた。 

いつもとは違い、機嫌が悪そうなArgo。

本当に使いたいのかもう一度確認してみると、返事もせずにSalaがいるキッチンへと歩いていった。 

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木を切って割る ヘトヘト 機械は何も言わないがヘトヘト

2010年12月20日 | 日記

12月20日(月) 晴れ   強い風   午後からは穏やかな気候

春に集めたストーブ用のリンゴの木、9月末までには全ての長さを45cmに切り分け、割ってマキとすることを俺なりに誓っていた。しかし、9月が過ぎ、10月もイソガシイから11月にと、それも、遅れて今日は絶対にマキにすると意気込んだ。

絶対に今日の仕事だと言い切って9時には支度を調えて、チェンソーの燃料とオイルを満タンにした。一抱えもある太い木は運び込んだころよりも大分軽くなっていた。チェンーは12時半まで休みなく稼働し、途中燃料を入れ、M刃を研いだ時だけエンジンを止めた。

 

昼飯の声がかかる前にチェンソーを使う作業は終えたが、腰を落としてチェンソーを使ったので腰を伸ばすとギシギシ音がする。昼飯を摂ってから直ぐに割る作業を始めた。この作業は丸太をスツール代わりに使っているので午前中より少しは楽だ。3時半には殆どのマキ割を済ませた。 

朝から3時半まででの作業、手がているが、これまでの作業で疲れたというのは申し訳ないほど機械が全てやってくれている。切る作業はチェンソー、割るのはマキ割機だ。リンゴの木を手で割ると云うことは誰もが首を振るほどのものだ。

割った薪を積み上げる作業は全て手作業になる。手作業と云うよりも腰作業と云っても過言ではない。マキを掴むときは必ず膝を曲げて腰を落とす。俺は今までに何度か腰痛を経験しているので、これだけは無意識に膝を落とす。両手で一本ずつ掴んだマキは結構重たくそれを積み上げるところまで運び今度は腕だけの力で上にあげる。

三分の二が済んだところで西の雲は夕日に染まった。今日中には終わらせようと云う意気込みが失せるようにズンズンと辺りが暗くなる。

 

全てを積み上げとところで小休止、浅間の頂上だけに淡く夕日が当たり月の明るさが際立っている。今日は十四夜なのだろうか?

機械を片付けて家に入るとストーブの横にはマキが山と積んであった。白く見える細い木は裏山のニセアカシア。この木は実生なのだが、乾燥すると軽く、マキとしては火力は強いが直ぐに燃え尽きてしまうが、山のように積んであるの見ると安心する。

 今日でマキの作業は終わりとするところだが、まだ少し ・ ・ ・ 少々残っているのは明日の作業としたい。

Salaはこのストーブがないと、信州の寒むい、冬を過ごすことは出来ないだろう。 

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クリスマスには一足早いのだが サンタクロースに託された

2010年12月18日 | 日記

12月18日(土) 晴れ    寒さは余り感じない   穏やかな一日

昼飯もそこそこにして俺たちは出かける準備に慌ただしく動き回っていた。イザ、出発となるとArgoとSalaはいつもなら玄関まででて来るのだが、今日は様子が違う。こう言うときは何か悪巧みでもあるのだろう。昨日は出かけている間にテーブルに登り俺のノートパソコンの上を歩き回り、Argoの足跡で犯人はお仕置きを受けている。 

公民館でジャリコンと表現してはいけないが、『小さな音楽家のクリスマスこ コンサート』が開かれた。人数も少なくアットホームな雰囲気なのがよい。 

プログラムは小学生から高校生、お母さんまでが演奏した。兄弟、姉妹、母娘の連弾など微笑ましい姿が見られた。 

一通りの演奏が終わるとジュースやコーヒー、お菓子は手作りの輪菓子にサツマイモの金団が用意された。 

 クリスマスらしい雰囲気を醸し出す訳ではないが、聖歌隊のようなスモッグを着た、一昔前のお母さんたちのコーラスで盛り上がった。

クリスマス コンサートの一番の出し物は出演者へのプレゼントがあった。ひとり 一人に手渡された赤い袋に入っているモノはサンタクロースから預かったモノだと云う。 

事なく一日を過ごした我々の帰りを家で静かに?待っていた彼ら。どうやらArgoは何かを腹にしまい込んだのか、晩飯のご馳走を口にしない。 

 

悪ガキArgoの意地っ張りか深夜になっても飯から顔を背けていた。 

 

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師走も峠を越え 急ぎ足で年明が来る

2010年12月17日 | 日記

12月17日(金)  晴れ  快晴  夕方には急に空気が冷たくなる。

このところ朝の寒さは一段と真冬に近づいている。冬の日課ともなっている朝の作業はストーブにマキを入れること。昨夜も遅くまで起きていて寝る前にマキを入れたのは4時間くらい前、赤々と燃えている薪が残っていた。

朝靄が徐々に薄くなり遠くの景色をぼんやり見せる。農作業が終わり植木など、定した枝でも燃やしているのだろ。真っすぐに立ち昇る煙が、カメラを構えるとフッと一吹きされたように動いた。

午前中は昨夜の会議の記録をまとめたり、提示したパンフのナオシをした。パソコンでの作業は思わぬ落とし穴があり、自分では直したつもりが印刷してみると前のままだったりする。それを人に見てもらう前にしっかりと見なおせばよいのだが、相変わらずのボケを踏むことになる。

朝から出かけているM、ピアノの上を見ると新聞紙で作ったオブジェがあった。Argoは今このように紙を丸めたものにスゴク興味をもっている。彼女がなぜトンボを作ったのかは定かでない ・ ・ ・

夕方前の浅間山は冠雪した雪も縦縞となり、僅かに噴煙を見せている。次に雪を冠ると3度目となるので、ここ立科の里にも降れば、根雪になるのだろう。

 

全く音がない静かな夕景色、この姿が好きだ。浅間を囲む空気がどこからともなく紅に染まる。

活火山ながら静かに薄暮に溶け込む前は、初々しさと優しさを感じさせ、何時の日か定かでないが、昔を蘇らせてくれた。 

 

 

 

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何が気に入らないのか 仲直りもシブシブ

2010年12月13日 | 日記

12月13日(月)  曇り   雨  天気予報とおり 一日雨  寒い一日

今朝は重たい雲に隠された太陽は姿を見せる気配はない。 本格的な寒さが来ると云うことでストーブもそれに合わせて焚き出している。

Argoが来る前にはストーブの前に陣取るのはSalaの定位置とされていたが、このところArgoの腕白ぶりが激しく、Salaは落ち着いてストーブの前にいることができない。

 昨日のブログには温和しく一つベッドで横になっていたが、あの後に一悶着あり激しいバトルを展開した。既に日付は今日になっていたが彼らがベッドにはいったのは別々だった。 

      

俺がよこでPCに向かっていると、SalaがArgoに話しかけている。ナンと声を掛けているのは定かでないが、“気まずい雰囲気を明日にもちこすのはやめよう~”なぁんて云ってるのだろうか?Argoも独り寝は寂しいのか ・ ・ ・  

のこのこ と 遠慮気にSalaのベッドに入ったのは良いが、なかなかリラックスはできないようだ。

朝になって、Argoは相変わらずのやんちゃぶり 朝飯のときのオスワリをしない。Argoが座るまでSalaは待たされる。仕方なく、シブシブお云うくらいにオスワリをした。 

Salaも朝飯の前は落ち着かない。“俺のメシ ど~ょ ちゃんとつくってる?” ってカウンターに飛び乗ろうとする。留守のときにカウンターの上に美味しいものを置いとけばSalaはしっかりと上に飛び乗っている。

やっとメシにありつけたフタリ Argoの朝飯は少ない、どこからアノエネルギーが出てくるのだろうか?   

 

 

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田舎ならではの味わい 収穫の喜び

2010年12月12日 | 日記

12月12日(日)  晴れ   霜は強いが 温かい一日

 早朝から準備に動き回り、昼どきに間に合い料理が並ぶ。

恒例の大深山の収穫祭が快晴のなか開かれた。快晴ということは珍しく、ここ数年毎年氷雨であったり雪だったり天候に恵まれなかった。今回は 参加出来なかった人がいるが、彼が雨男と云うわけではないだろう。

 

昼どきに合わせて料理を揃えるということで、朝八時には集落全戸からでて準備に当たった。若妻会の面々は各戸から提供された根菜類を調理に合わせて切り分ける作業。 

今年はMさん自ら種を蒔き、鹿の食害を防ぐ囲いを設けた麦を粉にいたという。その地粉でうどんを作ろうと作業が展開された。昨年は蕎麦打ちを徹底的にやったために、うどんは簡単だと云う。 

折角の地粉だからと打ち上げたうどんを切り、伸ばすのは手でやった方が美味いと云う。しかし、この手延べが難しい。引っ張りすぎれば千切れるし、上下に振ってだましだましの手延べ、伸びすぎたうどんはドンブリに何本入るのだろうか? 

呑んべぇ~ からは焼き鳥が欲しいというリクエスト。これには女性陣も加勢に加わり、地鶏を切り分け串に刺す。間にはネギを入れて文字どうりのネギマをつくる。 

串に刺された食材は直ぐに表の焼き方に託される。ここではどこから外してきたのか定かでないが、U字溝を使い炭も手作りの物。 焼き加減を見ながらの焼き仲間はビールと共に空串が並んでいます。

 収穫祭も数年前の食材と比べると少なくなりました。大根やかぼちゃ、葉もの野菜は獣たちの胃袋が優先されています。

2時間の大宴会も片付けを済ませたあとは新年を迎える行事の打合せを済ませてお開きとなりました。

家に帰って来るとSalaとArgoは正しい留守番をしていたようです。

夜の会議に向けて俺も一休みしていると彼らも留守番で疲れたのか、それとも俺が帰ってきたことで安心したのか、一つベッドで眠りに入っていました。

 

 

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泥縄だが 新年の注連縄作りを習う

2010年12月11日 | 日記

12月11日(土) 穏やかな 暖かな朝  午後 俄雨 冷たい風に変わった

南から温かい風が入る小春日和、9時に福祉センターへ向けて出かけた。会場は既に準備が整えら 、注連縄の材料の藁や松、酒までが用意されていた。

開会式と称して老人連合会の先生方が紹介された。男性は注連縄、女性はお手玉作りとなる。

 先輩の手さばきを見ているが縄と縄が交差しながら手のひらの中でねじられて二本が一本になって行く。更にもう一本の藁束をねじり上げてから前の物に合わせていくと一本の注連縄ができた。牛蒡のように先が細いからゴボウ注連と云うそうだ。

 

 一方舞台の上には低いテーブルが設えられ、子どもたちに高齢者が教えている姿がよい。今ではお手玉で遊ぶ子が少なくなったと嘆いていた。

注連縄の方は家族連れで来ているのが多く、親から受け継いだDNAがあるのか、皆さんそれなりに形が出来ている。

俺はと言うとゴボウジメが上手くできない。束ねた藁が手のひらの中で転がらない。片方だけよじれてもう一方はねじれないから合わせると一本の棒に藁が螺旋状にまとわりつくようになる。何本か作っているとなんとかみれるようになってきた。 

先輩諸氏のものを見に行くと、既に正月が明日来ても良いようにできていた。上手に出来るようになれば 古代米の藁があるから使えと云われたが、どうやら今のペースだと年が明けてから再来年用のものを作ることになる。

午後は昨日、買い出しに行ってきた調理用具を広げて確認をした。ネットで購入した大きなナベも揃えて集会所に運び込む。一流の道具が揃ったので調理に不足はないものと思う。 

雨の中集会所で収納場所を整理したが、明日の収穫祭は太陽が出て欲しい。 

 

 

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膝枕懐かしい言葉だが 朝の寝姿で見るとは

2010年12月10日 | 日記

12月10日(金) 夜半の雪  眩しい朝陽  温かい一日

 昨夜は大分冷え込みSalaたちが寝るのに床暖の温度を上げてねた。

隣の集落との境にある山の陰から太陽が昇ってくるのは予定より大分遅れた。信州の日之出時刻は6時48分となっているが山陰の時間を見ても朝陽が射し込んだのは7時10分頃だ。俺が起きてから既に80分くらいたっている。外は一面の雪とは云っても薄く粉を振ったようなものだったが、冬を感じる。

 

SalaとArgoは寝るときは別々だったが、寒くなったのでArgoがSalaのベッドに入り、上から毛布をすっぽりと被る。昨日は一段と寒かったので床暖をいつもより一段高くした。俺の起きたときは未だ暗くそ~とリビングに入ると彼らの毛布は丸められ、ArgoはSalaの膝枕で仰向けに寝ていた。このような姿を何処かで見ていたとは思えないが ・ ・ ・ 不思議な光景だ。。

午前中は急な原稿が舞い込み、急いで校正して送り返したが予定が狂ってしまった。午前中に済ませる予定だった、集会所で使うキッチン用品を買い揃えなくてはならない。でかい玉じゃくし、うどんを茹であげるときに使う取っ手の付いたザルなど等、若妻会のメンバが書きだしたメモをもって買い出しに出かけた。町内のホームセンターは小さく、家庭用の物しかない。大きなまな板やボールとザルのセットなど佐久平まで出かけて買った。

次は両面用の印刷ができる用紙だが、これもなかなか見つからない。昔から有る文房具店に行ったが、枚数の単位が多すぎてムダになり、紙だけで予算オーバーになってしまう。結局は少々高めだがヤマダ電機で購入した。

帰りの道はものすごい渋滞になっている。仕方ないので狭いが昔の道をとおりいくつかの集落を通り抜けて戻った。家に近い峠から見る烏帽子岳が微かに夕方の雰囲気を醸し出していた。

浅間山も淡いピンクの空をバックにして静かに暮れていくようだ。この時期は夕方がはやい。

夜は「ゴミ減らしま専科」の会議があった。行政に事務局があった団体だが、今年から自立することで、会則から見なおし事業の在り方など、確実に一歩前進した中身の濃い対話ができたのがよかった。 

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晴天の霹靂 俺にも避雷針がほしい

2010年12月09日 | 日記

12月9日(木) 晴れ  温かな陽射し 強風雪が舞う  夕方には再び吹雪

10月半ばに依頼したストーブのメンテナンスに来てくれた。ストーブを焚くと燃えが悪い、前回の煙突の掃除は昨年の2月、それまで8年間全く煙突掃除をしてなかった。だから、まさか、どうしても、煙突の具合が悪いとは思わなかった。

先ずはストーブのドアの密閉度を測る。パッキンは良好、熱による変形も見当たらない。空気の取り込み口も異常なし、春にムクドリが煙突に落ちてストーブ内部の石綿を掻きだしたが、それもOK、あとは煙突ですね。

と云うわけで、梯子を降ろし屋根に昇る。下から見ていると身のこなしがすごい。煙突のあるてっぺんまで行って雨よけのカバーを外したとき、何をするのかと思ったら、デジカメをポケットから出してパチリ!!次に折りたたみ式棒の先にブラシが着いた掃除用具を煙突に入れてゴシゴシとこすっている。

見ているとすごく簡単だ ・ ・ ・ 俺でもできる。 煙突から降りてきた若者は煙突の直径は150mmです。この掃除用具があれば自分で出来ますよ!!と云われた。確かに、我が家にはハシゴもある。道具を買えばマイブームになるかも知れない。

しかし ・ ・ ・ あの屋根のテッペンだと浅間を見下ろすことになる。

腰が引けた。

    

ストーブ屋さんが帰ると直ぐに風が激しく吹き出した。陽射しはでているが雪が舞い始め、風に流されて真横に降る雪と下から上に行く雪がぶつかり合う。本格的な雪になるはずはないと確信しているが見とれた。

昼過ぎには陽射しが戻り、暖かなリビングに戻った。こうなるとストーブは要らない。Argoは景色の変化が不思議そうに外を見つめているが、Salaは丸くなって寝込んでいる。

一時頃だろうかMが返って来たが、朝飯の片づけてないと雷が落ちる。確かにストーブのメンテ見物と猛烈な吹雪を堪能、その後は ・ ・ ・直前のコトだが記憶がない。至極簡単な昼飯を済ませて床屋へ行った。ここの町の床屋は電話を掛けてピッと云ったら直ぐに反応してOKなのが助かる。

遅い午後には友人宅へ行くと云うとMが同行すると云う。最近不幸があったが、いつもの笑顔で迎えてくれたので安心した。

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