もんろーの部屋

音楽について自分について哲学しちゃうページ・・・美味しいものもちょっと

見学レポート

2005-03-11 | 音楽療法
昨日、某国立病院まで行く。そこの難聴ベビー(0~2才)のクラス見学。
私は、1才半からのリトミックのクラスを持っているし、幼稚園などのレッスンで難聴の子は見たことがあるのだが、難聴の子だけが集まっているという状況を見るのは初めてのことだった。
まず、表情が乏しい事にいささかショックを覚える。私が普段見ている子供達の5分の1くらいか?この表情のなさ・・・。それだけ彼らに刺激が少ないと言うことか。そして、その子たちをめぐる親達の表情もまた乏しい。まあ、当然のことかも知れないけれど。
その現場でSTをしている友人によれば、某県立病院の音楽療法士は、難聴の子供に対するセッションで、大きな大きな太鼓を用い、それをダン、ダンと力いっぱいにたたきながら童謡を歌うのだそうだ。限られた、彼らの聴力にコレでもかと働きかけるわけか・・・。聞いた話ではあるのだが、あまりに非音楽的行為に唖然とする。彼女も、他にやり方があるだろう、と・・・。そう考えるだろ、普通・・・。

さて、2歳児の自由遊び。
超ベテランST、N先生が子供達に必死に働きかける。N先生独り舞台。N先生がんばれ。フレーフレー、N先生・・・。努力は徐々に報われ、だんだん子供たちもほぐれてくる。お疲れ様でございます・・・。子供の表情が乏しいと、親も働きかけなくなる。それでまた、子供の刺激も少なくなる、という悪循環になるらしい。音も、勿論色々な音を聴かせる。音は楽しいと思わせる。良く聴くようになる・・・。 
まあ、そんなお話だった。

ここでも音楽は、大変な力になるように思われる。
たとえば、完全失聴していても、リズムを感じ取ることは出来る。骨伝道でも勿論良いし、リズムを感じる動きを見せること、また動いてみることで、リズムを感じることが出来る。この緊張と弛緩。鋭さと優しさ。「リズム感のある子供」の育成が出来るかもしれない。
歌にしてもそうで、声を出すことで、身体は活性化する。ストレスの発散になる。代謝が上がる。誰かとその「うた」を合わせることにより、一体感が感じられる。他者を感じることが出来る。コミニュケーションが取れる。また、「良く聴く」というトレーニングにつながるだろうと思われる。
私の、リトミックのクラスでは、よく
「(子供はもちろん)私が楽しいです。」と
お母様方に言っていただくことがある。最近はお父様も増えた。それも、実は、大変に大事なことであるように思われる。

こんな現場を見ると、また、「音楽の力」というものを考える。
ミューズ・・・貴女の偉大さ・・・