ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

断想:大斎節第4主日(2018.3.11)

2018-03-09 06:34:16 | 説教
断想:大斎節第4主日

大きな曲がり角   ヨハネ6:4~15 (2018.3.11)

<テキスト、私訳>
語り手:(この事件は、過越の祭が近づいていた頃、風光明媚なガリラヤ湖畔の小高い丘の上で起こりました。イエスを囲むように弟子たちが車座になり、その周りには大勢の群衆が囲んでいました。この人たちはイエスが行なった病人の癒しの奇跡を見て、イエスに何かを期待して追いかけてきたのです。)
イエスは大勢の群衆を見まわしながら、弟子の一人フィリポに問いかけられました。
 
イエス:この人たちはかなり空腹なようだが、この人たちを満腹にするためにはどれぐらいパンが必要かな。
フィリポ:そうですね。男の人数を約5000人ほどと見積もって、全体で最低200万円分ほどはかかるかも知れませんね。それでも足りるかどうか。
アンデレ:<それを横で聞いていて、面白半分に> 先生、さっき、大麦のパン5つと魚2匹とを持っている少年がいましたけど、まぁ、何んの役にもならんでしょうね。
イエス:<うれしそうにひとり頷きながら>そうだ、それで行こう。さぁ、みんなで手分けして、ここに集まっている人たちを草の上に座らせて下さい。

語り手:そこはピクニックなどでお弁当を開くのにもってこいの草原で、弟子たちの誘導に従って、人々はこれから何が始まるのかと期待して、がやがや喋りながら、草の上に座り、興味深そうにイエスと弟子たちとの動きを見ています。弟子たちも群衆も、イエスが何を考えておられるのか興味津々で、イエスの一つ一つの仕草を注目しています。イエスは少年から5つのパンと2匹の魚を受け取ると、みんなが見ている前で、先ずパンを取り上げ、食前の感謝を唱え、次に魚を取り上げ、同じように感謝して、弟子たちに手伝わせて、草の上に座っている群衆に分け始めました。

イエス:誰でも欲しいだけ取って食べていいですよ。パンも魚も十分ありますから遠慮せずに食べてください。

語り手:弟子たちもイエスの声に応じて、みんなに欲しいだけ分けていきます。あれあれ不思議、イエスの手から弟子たちの手に渡されても、イエスの手の中のパンはなくなりません。そして、弟子たちの手から人々に配られても、弟子たちの手の内のパンは減りません。魚も同様です。ともかく、そこにいたすべての人々が思う存分食べて満腹いたしました。それを見てイエスも満足し、弟子たちに言いました。

イエス:余ったパン片を少しも無駄にしないように、集めなさい。

語り手:弟子たちが集めた残りのパン片は12の背負い籠に一杯になりました。

人々:凄い。本当に凄い。この人こそ間違いなく、私たちが待っていた預言者だ。私たちのための王だ。

語り手:イエスはそのような人々の動きに気づき、弟子たちと待ち合わせの場所と時刻とを打ち合わせた上で、一人ひそかにその場を離れ、どこかに身を隠してしまわれました。


<以上>

1. 5っのパンと2匹の魚の物語
5っのパンと匹の魚で5000人を満腹させたという物語は4っの福音書全部が述べている物語である。共観福音書もヨハネ福音書も基本的なポイントでは一致しており、同じ資料に基づくものと思われる。ということは、基本的にはマルコ福音書に基づき、細部においてそれぞれの福音書の特徴が形成されている。本日はマルコ福音書と対比しつつ、ヨハネ福音書のメッセージを考えたい。
2.作業仮説としての基本形
まず、この奇跡物語の基本的なストーリーを確認しておく。
イエスは12弟子を2人1組にして周辺の町村に派遣した。彼らがその宣教旅行から帰還したとき、イエスは弟子たちを静かな場所で休養させようと望んだ。一行が目的地に着くと、そこに大勢の群衆が集まって来た。イエスはいつものような彼らに教え始めた。かなり時間が過ぎて、イエスは群衆に食事を提供したいと思われた。群衆の数は、男たち5000人であった。5000人の人々に食事を提供するためには少なくとも200デナリ(労働者200日分の給料に相当する)は必要であろうというのが弟子たちの勘定であり、そんな金はないことはもちろん、たとえ金があったとしてもそれを確保する方策はなかった。彼らの手元にあった食料は5つのパンと2匹の魚だけであった。イエスは群衆を草の上に座らせて、5つのパンと2匹の魚を取り、祈り、配ると、すべての人がそれらを食べて満腹した。パンの残りと魚の残りを集めると12の籠にいっぱいになった。
この奇跡物語からできるだけメッセージ性を除去した「裸のストーリー」は以上のようなものであろう。もちろん、このような形で伝承されたとは考えられない。一つの物語を伝承するということは語り手から聞き手に対してメッセージを伝達するための営みであり、当然メッセージ性のない伝承物語はあり得ない。従って、上記の「裸のストーリー」は作業仮説である。しかし、この作業仮説を立てることによって、それぞれの福音書記者は、どの部分をどのように補い、変更し、時には削除したのかが明白になり、そのメッセージが浮かび上がってくる。

3. マルコにおける民衆と弟子たち(マルコ6:30~44)
このストーリーでは登場人物は、イエス、弟子たち、民衆(ここでは「群衆」と訳すよりも「民衆」と訳す方がふさわしいように思う)の三者である。この三者をどのように描き、それぞれをどのように関係づけているのかということが重要である。
マルコ福音書の場合は、イエスは民衆を「飼う者なき羊の群れ」(6:34)とみなす。それを背景にしてイエスと弟子たちとの気持ちの行き違いが問題となる。弟子たちは、彼らが飢えているのは私たちの責任ではないと主張し、自己責任の問題とする。しかしイエスはどうしても彼らを飢えたままで帰らせるわけにはいかない。満腹させたいと言う。イエスは弟子たちに手元にある食料を確かめさせる。かろうじて5つのパンと2匹の魚だけしかないことが明らかになる。それでは5000人の男を満足させることは無理な注文であり、弟子たちの主張の方が正しいと思われる。弟子たちはその常識に従って、イエスに反抗的な態度を示す。しかしイエスは弟子たちの反抗的な態度を無視して、「皆を組に分けて、青草の上に座らせるように」(6:39)弟子たちに命じる。すると、「人々は100人、50人ずつまとまって腰を降ろす」。食料を配るために、100人、50人の単位に分けるということは不自然である。その点でルカは「50人ぐらいずつの組にして座らせる」(9:14)方がその目的が明白である。マルコの方は、この組み分けは配給のためというよりも、民衆を組織化する象徴行動と思われる。つまりイエスよって、「飼う者のない羊の群れ」が組織化されていく情景が描かれているのだと思われる。

4. ヨハネにおける民衆と弟子たち
しかしヨハネ福音書の場合は、「イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった」というのどかな情景から物語が始まる。この情景はイエスと弟子たちだけの内輪の学習風景のようである。その最中に、「イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見た」(6:5)と言う。そして、その「大勢の群衆」がイエスを追った来た目的が述べられている。「しるし」(6:2)を見たからだという。その「しるし」とは、弟子たちの宣教活動の成果かも知れない。この民衆は共観福音書が語るような「飼う者のない羊」というイメージではない。明確な目的意識とある程度組織化された5000人の男たちだけの集団である。この「男だけ5000人」という数え方に疑問を持ち、「女と子供を別にして」(マタイ14:21)という言葉を補うのはマタイだけである。かくして、マタイ福音書ではこの奇跡物語をピクニックに変えてしまう。
イエスはこの5000人の男たちの正体を知っているかのようである。その民衆を見て、イエスはごく自然にフィリポにこの民衆が満足する食事を与えるとしたらどれぐらいの金がかかるだろうか、と質問している。いかにも彼らを歓迎するという雰囲気がある。イエスは始めから彼らのために食事を準備するつもりでいた。その端的な現れが、6節のヨハネ自身のコメントに現れている。「こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているのか知っておられたのである」。弟子たちの「200デナリほどかかるでしょう」という返事も決して反抗的ではない。たんたんと事務的に語られている。要するに弟子たちの意見は無理だということであろう。その返事を聞き、しかもそれを無視して、いきなりイエスは弟子たちに命じて、大勢の民衆を草の上に座らせる。5つのパンと2匹の魚の出所を記録しているのもヨハネ福音書だけである。5つのパンと2匹の魚を提供した「少年」も、決して無邪気な幼子ではなく、私たちが持っている通常の「少年イメージ」よりももっと広く理解しなければならないだろう。この集団には「女と子供」とは含まれていない。
食料の分配方法もヨハネ福音書では共観福音書と異なる。共観福音書はパンと魚はイエスの手から弟子たちに配られ、弟子たちの働きで民衆に配給される。しかしヨハネ福音書では、細かく読むとパンと魚は弟子たちの手を借りずに、イエスの手から直接民衆に配られているように読める。ヨハネだけが付け加えている「欲しいだけ」(11節)という言葉も彼らの自治を想定する。
そして、食後余ったパンを誰が集めたのかということについては共観福音書では明言されていないが、ヨハネ福音書だけは、イエスは弟子たちに対して「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」(12節)と命じておられる。この違いはいったい何だろう。配るときには民衆の自治を尊重したイエスは「後片づけ」はスタッフである弟子たちにさせている。ここにイエスの民衆と弟子たちとに対する態度の違いが示されている。つまり民衆はイエスの客人である。客人は鄭重にもてなすが、決してそれ以上ではない。彼らの運動方針には決して乗らない。このあたりのイエスの気持ちを最もよく表現している言葉がヨハネ福音書にある。「そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。しかしイエス御自身は彼らを信用されなかった。それは、すべての人のことを知っておられ、人間についてだれからも証ししてもらう必要がなかったからである。イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである」(2:23~25)。

5. 食後の事件
ヨハネ福音書が他の共観福音書と決定的に異なる点は、食後の状況を伝えている点である。「人々はイエスのなさったしるしを見て、まさにこの人こそ、世に来られる預言者である」と確信し、イエスを王にするために連れて行こうとしたので、イエスは「ひとりでまた山に退かれた」(6:15)。イエスを追いかけてきた集団の目的が明白になった。彼らは「世に来られる預言者」を求めていた。しかし明確な確信が得られなかった。彼らはその「しるし」を求めてイエスを追いかけてきた。そして今やその「しるし」を見て、この方こそ「わたしたちの王」であると確信した。ところが、イエスはこの民衆運動の盛り上がりを迷惑に思っている。そしてイエスは民衆からも弟子たちからも離れて、ひとり静かに身を隠す。確かに、この民衆はイエスの活動に感動し、支持している人々である。そして、そのためには「献身的」でさえある。しかしイエスを批判し、命を狙う「ユダヤ人たち」と本質的には異ならない。やがて、その本質が明白になるときが来る。イエスを王にしようとした民衆は、「殺せ、殺せ、十字架につけよ」(19:15)と叫ぶ民衆でもある。

6. ヨハネ福音書の読み方
ヨハネ福音書は他の福音書、つまり共観福音書と呼ばれる3つの福音書とは編集方針も編集目的もまったく違う。マルコ福音書の場合は、人間イエス、つまり「ナザレのイエス」の生き方を「福音」として描き出すために書かれた。マタイもルカも大筋において同様である。ところがヨハネ福音書の場合は、「イエスを神の子メシヤ」(20:30)として論証するために書かれた。もう少し言い方を変えると、教会の信仰の対象としてのイエス、つまりヨハネの時代の教会の神学を語っている。従って、福音書で取り上げられるいろいろな事件も、その事件そのものを報告するというよりも、その事件を通して、現在の神学(ヨハネが属していた頃の教会の神学)を語る。
原本ヨハネ福音書の執筆年代はおそらくマルコ福音書が書かれて間もないころ、パウロやペトロが殉教した頃だと推測される(60年~70年)。つまりキリスト教がユダヤ教から異端であるとして認定された頃であろう。ヨハネ福音書にいろいろな個所にそのことが反映されている。特に、この5000人の男たちを5つのパンと2匹の魚で満足させたという奇跡物語においてはそのことが顕著に示されている。たとえば、「ユダヤ人の王」という問題がある。ユダヤ人たちがイエスを死刑にすべくローマへの訴状では「イエスは自らユダヤ人の王」と言っているということであり、刑法上ではそれがローマへの反逆罪となり処刑されたのである。イエスはポンテオ・ピラトから「お前はユダヤ人の王か」と問われたとき、イエスは「それはあなたが言っていることです」と返事をしたことになっている。恐らく、その通りだったのだろう。4つの福音書が揃ってそう記録している。ただヨハネだけがもう少し丁寧に「わたしの国はこの世には属していない」というイエスの言葉を挿入している。5000人の給食の事件が語ろうとしている重要なポイントの一つは、イエスをユダヤ人の王にしたいと願ったのはユダヤ人の民衆であり、イエスはそれを否定し、逃げ出したのだということである。この主張にはキリスト教会が語る神の国とは、「この世」に属するものではないということ、イエスを反ローマ因子として処刑に至らせたのはユダヤ人の陰謀であることを語る。
この事件の後、イエスは「ひとりでまた山に退かれた」(6:15)という。弟子たちと離れて単独行動を取られたのは、弟子たちをこの陰謀に巻き込ませないための配慮であったのか。もちろん、この事件そのものがイエスの時代の史実の再現であったとは思われないので、そういう風に演出しているのは編集者であるヨハネである。

7. 事件その後(ヨハネ6:22~71)
ヨハネがこの事件を取り上げるのは、この出来事がイエスの生涯において重要な事件であったからにほかならないが、ヨハネは事件そのものを語ることよりも、この事件の後に展開する議論が重要である。重ねて言うが、そのような議論が実際になされたかどうかということは不問にして、ヨハネ福音書の時代の教会における状況と主張に注目すべきである。
22節から26節の部分は少しごたごたしているので、整理すると、5000人の給食事件後、イエスは弟子たちと別行動をとった(15節)。16節から21節までの部分はイエスが水の上を歩いたという別の奇跡物語が挿入される。
5000人の給食事件の「翌日」、昨日の奇跡を体験した民衆はイエスと弟子たちとが別行動を取ったことに気付き、イエスを探し始める。昨日の事件の現場やその他の場所を探索するが、結局イエスをイエスの活動の拠点であるカファルナウムで発見する。民衆は「ラビ、いつ、ここにおいでになったのですか」(25節)と質問する。これは質問というより、イエスともう一度会うことができたことの驚きと喜びが感じられる。「ラビ」という呼びかけの言葉の中にその親しさと、尊敬の思いがもめられている。
そこで、イエスはなぜ、民衆から逃げるようにして姿を消したのかという理由を語る。「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満足したからである」(26節)。この言葉がややこしい。パンの奇跡は確かに一つの「しるし」である。奇跡を「しるし」というのはヨハネの特徴でもあるが、「しるし」とは何かを指し示すしるしであって、ヨハネの場合は、イエスという人物がどういう人物なのかということを示すしるしである。だから、パンのしるしを見たものはイエスという人物がどういう人物なのかということを理解するべきものであるが、人々はその奇跡を見て、奇跡そのものに感動し、奇跡を行うイエスを「王」にしようとした。彼らはイエスに感動し、イエスが意図し目指していることに従うことを決断したのではない。彼らが求めたものは、彼らのために何かを与えてくれることであった。つまり奇跡は何かを指し示す「しるし」ではなく、奇跡そのものが恩恵である。彼らが求める「王」とは民衆が求めているものを与えてくれる人物という意味である。イエスは、その姿勢を「朽ちるパン」を求めることと規定している。
27節から40節までの議論は、イエスと民衆との間でなされた。ここには弟子たちは登場しない。この部分の細かい解釈は別の機会にするが、ここでの議論の中心は「朽ちる食べ物のためにではなく、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい」(27節)であり、「わたしがその命のパンである」(35節)ということであるが、民衆はどうしてもそのことが理解できない。
41節からは「ユダヤ人たち」が登場し、議論はイエスとユダヤ人たちとの間でなされる。ここでの議論の中心も「わたしは天から降ってきた生きたパンである」(51節)ということであるが、民衆との議論より一歩進んで、「わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである」(51節)といういわゆる聖餐論に及ぶ。ヨハネは「これらは、イエスがカファルナウムの会堂で教えていたときに話されたことである」(59節)とわざわざ断っているが、議論の内容は、これはもはやイエスの時代の問題ではなく、明らかにヨハネの時代の議論である。
60節以下では、これらの議論を聴いて、多くの弟子たちがイエスに躓き、離れていったことが描かれている。そして、残った弟子たちに対して「あなたがたも離れていきたいか」(67節)と問うイエスの姿にはさびしさを感じる。
イエスに従うと決断した弟子たちの言葉が記録されている。「主よ、わたしたちは誰のところへいきましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています」(6:68,69)。この時の弟子たちの信仰とはこの程度のものであった。彼らはまだ「キリスト、神の子」とまでは告白するに至っていない。積極的にイエスに従うというよりも、消去法によって、他に選択肢がないという程度の信仰である。その証拠に、そこにはイスカリオテのユダも含まれている。
イスカリオテのユダの裏切りということは一応別な次元の事柄として、むしろ、ここで重要な点は、あなたがたがわたしを選んだのではなく、「あなたがた12人は、わたしが選んだ」(70節)という言葉である。しかし、この一見、無責任な関係が実は信仰の本質を意味している。信仰における「わたしの決断、わたしの選択」というものが如何に、無力なものであるかということはわたしたちじしんがよくわかっていることである。

8.「わたしはパンである」
 「わたしはパンである」というフレーズは、メルヘンならともかく、通常の言語感覚では理解できないのが正常である。まして、「わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである」(51節)という言葉はそれ以上に理解困難であろう。ただ、聖餐式という宗教的な祭儀ないしは信仰が成立している状況においてのみ、理解可能性が出てくる。従って、ヨハネ6:22以下の議論は、聖餐式が確立した後の神学的な議論であって、このような議論があって聖餐式が成立したのではないことは明白である。順序を逆にしてしまうとチンプンカンプンな議論になってしまう。
パンの奇跡においては「朽ちるパン」が、聖餐式においては「朽ちないパン」へと変換される。あの時、パンを祝福し、配るホスト役のイエスが、聖餐式においては、裂かれ、配られるパン、食されるパンへと変換される。それは、「イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである」(2:21)という、あの同一化、「イエスの体=パン」および「イエスの体=神殿」という宣言は単純な比喩ではない。それこそがキリスト教信仰の真髄である。

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