Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(125)

2018-07-08 16:55:37 | 日記

 彼女は背筋がしゃんと伸びると、思い付いた様に直ぐ頬に手をやりました。指先には緩んだお白いのぬるぬるとした感触が感じられました。これは大分剥げていると思うと、彼女は斑になった自分の顔を想像して険悪な表情になりました。彼女にとっては気の滅入る事ばかりです。人前と思うと、彼女は何時もの和装のつもりで袂で顔を隠すようにしました。が、洋装のスーツの袖では顔を隠すには狭すぎたようです。はにかんだ目と照れ笑いの口元が覗いています。

 「母さん、今日は洋装、スーツだよ。」

夫が気を利かせて注意を促しました。彼女はそれと気づいて困りましたが、あからさまに人様にみっともない自分の顔を見せるのが憚られ、直ぐに洋服の袖をどける訳にも行きません。左手はハンドバックを抑えている為動かせないのでした。進退窮まり身動きできない彼女は、お父さん、お父さんと小声で呼ぶと、目で夫に何とかしてくれるようにと合図を送りました。夫はすぐに妻の合図に思い当たりました。背広の内ポケットに畳んで入れてあった男物のハンカチを取り出しました。それを要領よく開くと、テーブルの下から片手で彼女のハンドバックを受け取り、彼女の空いた手にそれと、開いたハンカチを渡しました。洋服の袖を夫のハンカチに変えて、顔を隠した彼女は漸く人心地が付きました。夫にハンドバックから手鏡を出してもらうよう頼んで受け取り、顔をハンカチで覆ったまま、その内側に手鏡を持ってくると化粧の様子を確認してみます。

 「まぁ大変。御亭主、こちらのお家の鏡台をお借りできますかしら。」

そう尋ねる彼女に、店主はへいへいどうぞと、奥から自分の家内を呼び出すと、お客様の御内儀を店の奥へお通ししなさい、鏡台が所望だよ。と案内させます。2人の女性は連れ立つと、店の奥にある鏡台の一間へと消えて行きました。