Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

土筆(127)

2018-07-11 10:47:24 | 日記

 「それで、それで、そもそもの馴れ初めはどんなだったの?」

息子の方は好奇心に溢れた目で尋ねて来ます。店主は困った顔になりました。この話はしたくないのです。

 「馴れ初めっていうか、まぁ、何かこうなっちまったんでさぁ。それでいいじゃないですか、お客さん。」

それだけ言うと、亭主は如何にも困ったような素振りでそそくさと厨房に引っ込むと、竈の影に身を潜めてしまいました。

 「なぁんだ、詰まらん。」息子は父に向かって「なぁ、詰まらないなぁ、父さん。」と同意を求めるようにぼやきました。が、そんな息子の様子に父は案外冷たい態度で、ふんという感じで座ったまま言いました。

「人にはいろいろあるんだよ。」

言いたくない事もあるものなんだ。そう言うと、父は人の嫌がる事をするなと何時も私が言っているだろうと人生の先輩らしく彼の行為を諭すのでした。

 息子が食堂で夕餉を終えると、父は早々に息子を近所にある彼の自宅に帰してしまいました。息子の方は店から出て行く時に、妻子がまだ留守で家に入れなかったら又戻って来るから、そう父に言い残して出て行きました。彼は母の化粧直しがのんびりで遅く、かなり時間が掛かる事を知っていました。また妻子の食事や外出に掛ける時間が何時も長い事も知っていました。

 『留守だったらまた戻って来て、父さんに酒の1杯でもご馳走になろうかな。』彼はそう思いながら自宅玄関前まで帰って来ました。家には明かりが灯っていました。残念だなぁ…、彼は思いました。