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情報公開・個人情報保護審査会 平成18年度(行情)答申 第127号 特定物件の新築工事に関して…

2006年06月15日 | 法人等に関する情報
諮問庁 : 厚生労働大臣
諮問日 : 平成17年 9月 8日 (平成17年(行情)諮問第383号)
答申日 : 平成18年 6月15日 (平成18年度(行情)答申第127号)
事件名 : 特定物件の新築工事に関して事業者から提出された保険関係成立届の一部開示決定に関する件

答 申 書


第1  審査会の結論
 特定物件の新築工事に関して事業者から提出された保険関係成立届(以下「本件対象文書」という。)につき,その一部を不開示とした決定については,審査請求人が開示すべきとする部分を開示すべきである。

第2  審査請求人の主張の要旨

1  審査請求の趣旨
 本件審査請求の趣旨は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「法」という。)3条の規定に基づく本件対象文書の開示請求に対し,平成17年4月20日付け東労発総第16-128号により東京労働局長(以下「処分庁」という。)が行った一部開示決定(以下「原処分」という。)について,取消しを求めるというものである。

2  審査請求の理由
 審査請求人の主張する審査請求の理由は,審査請求書及び意見書の記載によると,おおむね以下のとおりである。

(1)  審査請求書

ア  事業の概要及び発注者の情報を不開示としているが,これらの情報は,以下イからエまでに示すとおり,他の法令の規定により公開されているものであり,処分庁がこれらの情報を公開しても,法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害することにはならない。したがって,法5条2号イの不開示情報に該当しない。法5条では,不開示情報を除き,開示請求者に対し,開示しなければならないと規定されているので,これらの情報を開示すべきである。

イ  建築基準法93条の2及び同法施行規則11条の7の規定により,本件事業の建築計画概要書は東京都で公開されている。

ウ  東京都中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関する条例(以下「東京都建築紛争予防条例」という。)5条の規定により,本件事業の標識が所在地に設置されている。また,同条2項の規定による標識設置届が東京都で公開されている。

エ  都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(以下「東京都環境確保条例」という。)21条の規定により,本件事業の建築物環境計画書が東京都に提出されており,東京都のホームページにおいて公開されている。

オ  以上の理由により,不開示とした情報を開示すべきである。

(2)  意見書

ア  特定会社Aと特定会社B(以下,併せて「本件建築主」という。)が,本件施工者に共同住宅の新築工事を発注したこと及びその概要は,イ以降に示すとおり,公知の情報である。これらの情報を処分庁が公開しても,本件建築主及び本件施工者の権利,競争上の地位その他正当な利益を害することにならない。したがって,法5条2号イの不開示情報に該当しない。法5条では,不開示情報を除き,開示請求者に対し,開示しなければならないと規定しているので,これらの情報を開示すべきである。

イ  建築基準法93条の2では,特定行政庁(本件事業については東京都知事)は,「建築計画概要書」及び「建築基準法令による処分の概要書」の閲覧の請求があった場合には,閲覧させなければならないと規定している。この閲覧制度は,建築基準法の一部を改正する法律により,昭和46年1月1日に施行されたもので,周辺住民の協力の下に違反建築物を未然に防止するとともに,併せて,違反建築物の売買をも防止しようとするものとして設けられたものである。閲覧を請求できる者は限定されていない。誰でも特定行政庁に請求すれば,建築主,設計者,施工者,建築敷地の地名地番,建築計画の概要(配置図等の図面を含む。)等の情報を得ることができる制度として運用されている。

ウ  建築基準法89条では,同法6条1項の建築,大規模の修繕又は大規模の模様替の工事の施工者は,当該工事現場の見やすい場所に,国土交通省令で定める様式によって,建築主,設計者,工事施工者及び工事の現場管理者の氏名又は名称並びに当該工事に係る同項の確認があった旨の表示をしなければならないと規定している。上記イ及び工事現場において建築主等の情報が公にされることは,一般的に,建築主も施工者も承知していることと言える。

エ  東京都建築紛争予防条例では,建築計画の事前公開を義務付けている。建築主は,「建築計画のお知らせ」の標識に,建築主,設計者,施工者,建築計画の概要等の情報を記載して,工事の予定地に設置しなければならない。また,東京都知事に提出された標識設置届は,東京都庁の都民情報ルームの書架に置かれ,誰でも自由に見ることができ,都民情報ルームのセルフサービスの複写機で写しを取ることができる(本件事業の標識設置届は,文京区役所の行政情報センターの書架にも置かれ,誰でも自由に見ることができ,行政情報センターのセルフサービスの複写機で写しを取ることができる。)。

オ  東京都環境確保条例の規定により,本件事業の建築物環境計画書が東京都知事に提出され,建築主等の情報が東京都のホームページにも掲載され公知となっている。

カ  審査請求人の上記エ及びオの主張に対し,諮問庁は,「地方公共団体の制定する条例や規則は,法令と異なり,その適用範囲が限定されているものであることから,労働保険関係成立届(有期)のように,全国統一的な運営を図る必要がある制度の運用においては,条例等により公にされていることのみをもって,公知の事実となるとは言えないものである。」との見解を示した。これは,地方自治を軽視する考え方であり,非常に問題である。一般常識として容認されないものと審査請求人は考える。情報公開・個人情報保護審査会には,この見解について判断願いたい。

キ  そもそも,上記エの建築計画の事前公開の制度は,東京都に限ったものではなく,全国的に実施されているものである。背景には,参議院が昭和51年11月1日に,「地方公共団体が条例又は指導要綱等で定める建築計画の事前公開,事前協議等については,当該地方公共団体の自主性に十分配慮すること」との附帯決議をしたことがある。

ク  本件対象文書に記載されている事業の概要及び発注者の情報について,情報公開・個人情報保護審査会の判断を求め,それ以外の情報については,同審査会の判断を求めない。

第3  諮問庁の説明の要旨

1  諮問庁としての考え方
 法9条1項の規定に基づき,一部開示とした原処分を維持することが妥当であり,本件審査請求は棄却すべきものと考える。

2  保険関係成立届(有期)について

(1)  労働保険は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷等に対して補償を行う労災保険と,労働者が失業した場合等にその生活の安定を図るための雇用保険との総称で,今日の産業社会において,労働者の福祉の向上のために重要な役割を果たしており,労働者を使用する原則すべての事業に適用される強制加入保険である。
 このうち,労災保険において,建設の事業を行う場合については,災害発生率の相違を踏まえ,きめ細やかな料率設定を行う必要があることから,工事現場ごとに有期事業として保険関係の成立が図られることとなっており,労働保険の保険料の徴収等に関する法律4条の2第1項で,「その成立した日から10日以内に,その成立した日,事業主の氏名又は名称及び住所,事業の種類,事業の行われる場所その他厚生労働省令で定める事項を政府に届け出なければならない」と定められ,事業主はこの有期事業に係る保険関係成立届(有期)を提出することとなっている。

(2)  有期事業に係る保険関係成立届(有期)の情報は,労働保険番号,事業の所在地・名称,事業の概要,事業の種類,保険関係成立年月日(事業開始年月日),賃金総額の見込額,建設の事業の請負金額,発注者の住所又は所在地・氏名又は名称,事業主の住所・名称・氏名,(本社又は本店の所在地・名称),事業終了予定年月日(事業廃止等年月日),常時使用労働者数,業種となっており,この届を証するため,事業主の押印がされている。

(3)  原処分においては,事業の概要,賃金総額の見込額,建設の事業の請負金額,発注者の情報及び法人の印影の部分を不開示としている。これに対して,審査請求人は,不開示とした部分の取消しを求め,事業の概要及び発注者の情報については,他の法令により公開されており,不開示情報には該当しないので,開示するよう審査請求書を提出している。

3  不開示情報該当性について

(1)  法5条2号イは,法人に関する情報であって,公にすることにより,当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものを不開示としている。
 また,法人の経営戦略や経営状況等は,みだりに他に公表しない内部管理情報であることが通常であり,これらの情報が公になれば,経営戦略等のノウハウが明らかとなり,当該法人の競争上の地位にある他の法人・個人は,容易に当該法人の弱点や利点を収集することができ,結果として,他の法人・個人は当該法人に対して,有利に展開することができるため,当該法人の事業の遂行が不当に阻害されるおそれがある。

(2)  保険関係成立届(有期)に記載されている事業の概要は,適用されている労災保険率等を決定するための判断材料として重要なものであるため,事業又は作業内容,工法,設置物,構造及び規模などを具体的に記載することとなっており,一般的に,その内容は,通常は公とならない発注者と事業主間で締結した事業契約の内容が記され,これが公となることで,他の競争上の地位にある第三者が,当該事業の設備,使用品目・材質などによる請負金額の推定や,その妥当性の有無を判断したり,構造内部のセキュリティ面や工事手法を分析することも可能であり,発注者及び事業主の競争上の地位その他正当な権利利益を害するおそれがあると言える。
 よって,事業の概要に記載されている情報を公表することは,法人の内部管理情報を他の競争上の地位にある第三者に知られることを意味し,当該第三者が,その情報を基に自己に有利な戦略の検討を行うとすれば,当該法人の競争上の地位を害するおそれがあり,法5条2号イに該当する。

(3)  他方,保険関係成立届(有期)に記載されている発注者の住所又は所在地・氏名又は名称については,本件届を届け出るのは事業主であって,発注者ではない。
 事業主が保険関係成立届(有期)に発注者の情報を記載することは,本件届の様式で定まっているために当然であるとしても,その情報を公開されることについては,事業主の立場において,場合によっては意としないこともあり得る。
 つまり,事業主と発注者の関係は,当事者間の問題ではあるものの,その関係が公になることで,事業主の受注状況,受注傾向,さらに得意先の分布等が容易に判明することになり,通常では知り得ない内部管理情報である経営戦略等が,明らかになってしまうことから,事業主側の立場として,当該発注者あるいは他の発注者との受注関係に影響を及ぼすことも考えられ,事業主の公正な競争上の地位を害するおそれがある。よって,法5条2号イの不開示情報に該当する。

(4)  また,賃金総額の見込額及び建設の事業の請負金額については,審査請求人の審査請求の理由に,直接,開示の旨を示していないものの,不開示情報の該当性を述べると,賃金総額の見込額は,当該事業で使用するすべての労働者(事業主が下請負人を使用するのであれば当該下請負人に使用される労働者を含む。)の賃金の総額を言い,公になれば,競争上の地位にある第三者が,当該賃金の多寡を計算することも可能となり,このことから事業の労務費割合が推計され,後述の請負金額とも関連すれば,経常経費に占める労務費の割合から,企業収益率の程度が判明するとともに,賃金水準から,現下の人事労務策・経営方針が明らかとなるので,事業主の今後の経営に支障を来す。また,建設の事業の請負金額の公表は,前述の賃金総額に関連する場合のほか,やはり競争上の地位にある第三者が,請負金額から事業主の利益を計算することも可能となるとともに,上記(2)及び(3)の事業の概要及び発注者の情報の開示と関連して,発注者が事業主にどのような内容を,どのような金額で発注したか,逆に言えば,事業主の受注状況等を把握することも可能である。
 よって,これらの情報は,通常知り得ない内部管理情報であり,公にすることで事業主の公正な競争上の地位を害するおそれがあることから,法5条2号イの不開示情報に該当するものである。

(5)  さらに,法人の印影についても,審査請求人の審査請求の理由に,直接,開示の旨を示していないが,不開示情報の該当性を述べると,印影は,記載事項の内容が,真正なものであることを示す認証的機能を有する性質のものであるとともに,これにふさわしい形状のものであって,この印影が公にされた場合には,偽造され悪用されるおそれがあり,当該法人の正当な権利利益が害されるおそれがあることから,法5条2号イ及び同条4号の不開示情報に該当する。

4  審査請求人の主張について
 審査請求人は,審査請求の理由として,事業の概要及び発注者の情報は他の法令の規定により公開されており,処分庁がこれらの情報を公開しても,法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害することにはならない旨主張している。
 しかし,建築基準法93条の2及び同法施行規則11条の7は,建築計画概要書等について,閲覧の請求があった場合には,閲覧させなければならないと定めているだけであり,公表を定めているものではないことから,公知の事実となっているものではない。
 また,東京都建築紛争防止条例5条の規定による標識は,近隣関係住民への周知を図るために設置されているが,これは,東京都規則に定める期間内での設置であって,当該期間経過後は撤去されるものであり,一般の人がこれらの情報を容易に知り得ることにはならないものであることから,常に公になっているとは言い得ないものである。
 なお,東京都建築紛争防止条例5条2項の規定による標識設置届は,一般に公にされているものではなく,公知の事実となっているものではない。
 さらに,東京都環境確保条例21条2項は,建築物環境計画書の概要の公表を定めるものであるが,地方公共団体の制定する条例や規則は,法令とは異なり,その適用範囲が限定されたものであることから,労働保険関係成立届(有期)のように,全国統一的な運営を図る必要がある制度においては,条例等により公にされていることのみをもって,公知の事実となるとは言えないものである。
 したがって,事業の概要及び発注者の情報について,情報を公開することは適当ではない。

5  結論
 上記のとおり,本件審査請求に係る開示請求について,これを一部開示とした原処分は妥当であり,本件審査請求は棄却すべきものと考える。

第4  調査審議の経過
 当審査会は,本件諮問事件について,以下のとおり調査審議を行った。

①  平成17年9月8日  諮問の受理
②  同日  諮問庁から理由説明書を収受
③  同年10月24日  審査請求人から意見書を収受
④  同年11月2日  審査請求人から意見書を収受
⑤  同月15日  本件対象文書の見分及び審議
⑥  平成18年1月24日  委員の交代に伴う所要の手続の実施及び審議
⑦  同年6月13日  本件対象文書の見分及び審議

第5  審査会の判断の理由

1  本件対象文書について
 建設工事に係る労働保険については,有期事業として,工事現場ごとに保険関係が成立することとされ,当該事業主は,厚生労働省令に定める様式による保険関係成立届を届け出ることが義務付けられており,本件対象文書は,開示請求書に記載された特定物件の新築工事に関して,当該工事の事業主から処分庁に提出された当該工事に係る保険関係成立届(有期)である。
 本件対象文書については,原処分において,①事業の概要,②賃金総額の見込額,③建設の事業の請負金額及び④発注者の各欄の記載内容並びに⑤事業主である法人の印影について,公にすることにより,法人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,法5条2号イの不開示情報に該当するとして,当該部分を不開示とし,諮問庁も原処分は妥当とする。
 これに対し,審査請求人は,原処分において不開示とされた部分のうち,①事業の概要及び④発注者の各欄の情報については,他の法令の規定により公開されており,当該部分を開示すべきと主張し,それ以外の情報については判断を求めないとしていることから,当該部分の不開示情報該当性について,以下検討する。

2  不開示情報該当性について
 事業の概要及び発注者の情報について,審査請求人は,建築基準法に基づく建築計画概要書等の閲覧や工事現場での建築確認があった旨の表示,東京都建築紛争予防条例に基づく建築敷地での建築計画に係る標識の設置及び同標識設置届の閲覧並びに東京都環境確保条例に基づく建築物環境計画書のホームページへの掲載などを列挙し,これらにより,本件対象文書に係る事業の概要及び発注者の情報は,公知の情報であるので,これらの情報を公にしても,本件建築主及び施工者の権利,競争上の地位その他正当な利益を害することにならないと主張する。
 当審査会において本件対象文書を見分したところ,事業の概要欄には,本件物件の構造や建築面積などが記載されており,発注者の各欄には,当該物件の建築主の所在地(郵便番号を含む。),名称等及び電話番号が記載されていることが認められる。これらの事項は,建築基準法に基づく確認申請時に建築主から提出される建築計画概要書に記載することとされている事項であり,同概要書は,同法93条の2において,閲覧の請求があった場合には,これを閲覧させなければならないとされていることから,これらの情報は通常一般に入手し得る情報と言える。
 諮問庁は,保険関係成立届(有期)の事業の概要及び発注者の各欄に一般的に記載される内容について,種々の理由を挙げ,公になると当該法人の競争上の地位を害するおそれがあると主張するが,本件対象文書の当該欄に記載されている内容については,以上のとおり,通常一般に入手し得る情報であるので,これを公にしても,当該法人の競争上の地位を害するおそれがあるとは認められない。
 したがって,本件対象文書の事業の概要及び発注者の各欄に記載されている内容については,法5条2号イに規定する不開示情報に該当するとは認められないことから,開示すべきである。

3  本件一部開示決定の妥当性
 以上のことから,本件対象文書につき,その一部を法5条2号イに該当するとして不開示とした決定については,審査請求人が開示すべきとする部分は,同条2号イに該当しないと認められるので,開示すべきであると判断した。

 (第3部会)

 委員 大熊まさよ,委員 北沢義博,委員 高橋 滋


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