* 平家物語(百二十句本) の世界 *

千人を超える登場人物の殆どが実在の人とされ、歴史上”武士”が初めて表舞台に登場する
平安末期の一大叙事詩です。

第四十二句「月 見」

2006-06-13 14:49:24 | Weblog

          舟の上でのお月見(左上は、住吉の社頭であろうか・・・)  

       <本文の一部> 

 同じく(治承四年(1180))六月八日、福原には、「新都の事始めあるべし」とて、上卿に徳大寺殿左大将実定の卿、土御門の宰相の中将通親の卿、奉行には頭の弁光雅、蔵人左少弁行隆、官人どもあひ具して、和田の松原の西の野を点(たひら)げて、九条の地を割られけるに、一条より下五条まではその所ありて、五条より下はなかりけり。

  行事(奉行)、官人ども参りて、このよしを奏しければ、「さらば播磨の印南野(明石郡)か、また摂津の国の昆陽野(現伊丹市の西)か」なんどと、公卿僉議ありしかども、事ゆくべしとも見えざりけり。

  旧都をばすでに浮かれ(離れて)ぬ。新都はいまだ事ゆかず。ありとしある人みな浮雲の思ひをなす。もとこの所に住む者は、地をうしなひてうれへ、今遷る人々は土木のわずらひを嘆きあへり。総じて夢の様なる事どもなり。

 土御門の宰相の中将通親の卿の申されけるは、「異国には『三条の広路を開いても、十二の通門を立つる』と見えたり。いはんや五条の都に、などか内裏を建てざるべき。まづ里内裏を造られべし」とて、五条の大納言邦綱の卿、臨時に周防の国を賜はって造進せらるべきよし、入道相国(清盛)はからひ申されけり・・・・・・・・

 六月八日、新都の事始めありて、八月十日棟上げ、十月七日御遷幸と定めらる。
旧都は荒れゆく。今の都は繁昌す。

  あさましかりし(意外な事件の続いた)夏も過ぎ、秋にもすでになりにけり。福原におはする人々の、秋もなかばになりぬれば、名所の月を見んとて、あるいは、源氏の大将の昔の跡をしのびつつ、須磨より明石の浦づたひ、淡路の瀬戸をおし渡り、絵島が磯の月を見る。あるいは白浦、吹上、和歌の浦、住吉、難波、高砂の尾上の月のあけぼのを、ながめて帰る人もあり。旧都にのこる人々は、伏見、広沢の月を見る。

  そのうちに、徳大寺の左大将実定の卿は、旧都の月をしたひて、入道相国の方へ案内(了解)をえて、八月十日あまりに、福原より都の方へのぼられけり・・
・・・・・故京の名残とては、近衛河原の大宮ばかりぞおはしける。

  実定の卿、その御所へ参り、・・・・大宮(二代の后の多子)は、昔もや御慕はしうおぼしめされけん、南殿の格子をあげさせ、御琵琶あそばしけるをりふし、大将つつと参られたり。「これは夢かや、うつつかや、これへこれへ」とぞ召されける・・・・

  小夜もやうやうふけゆけば、大宮は旧都の荒れゆくことどもを語らせおはしませば、大将は今の都の住みよきことをぞ申されける。
待宵の小侍従と申す女房も、この御所にぞ侍はれける。そもそもこの女房を「待宵」と召されけることは、あるとき、大宮の御前にて「待つ宵と帰る朝とは、いづれかあはれはまされるぞ」と御たづねありければ、いくらも侍はれける女房たちのうちに、かの女房、
       待つ宵の ふけゆく鐘のこゑきけば
                あかぬ別れの 鳥は物かは

と申したりけるゆゑにこそ「待宵の侍従」とは召されけれ。背のちひさきによってこそ「小侍従」とも召されけれ。

          (注)カッコ内は本文ではなく、私の注釈記入です。
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       <あらすじ>

(1) 福原(神戸)での新都造営についての話が先ずあり、六月から始めて
    十月にはご遷幸と決る。

(2) 新都・福原に在る人々は、”中秋名月”を見んと須磨や明石の瀬戸
    内に遊び、旧都に残る人々は伏見や広沢の月を楽しむ。

(3) 徳大寺実定の卿は、旧都の月を慕い清盛の許しを得て、京の旧都へ向う
    あちらこちらが、すっかり荒れ果て秋草の茂る野辺となり、たゞ二代の
    后と云われた”近衛河原の大宮”たゞお一人が住まっておられるだけで
    あった。

(4) 実定の卿は、この”近衛河原の大宮”を御所にお訪ねしての四方山話に
    大宮は、「旧都の荒れゆくことを・・・」、実定は、「新都の住み良い
    ことを・・・・」お話する。

(5) 大宮に仕える”小侍従”と云われる女房は、旧都の荒れゆくさまを今様
    にして歌う。
        
古き都をきてみれば 浅茅が原とぞあれにける
            月の光は隈なくて 秋風のみぞ身にはしむ

      ”小侍従”の「待つ宵の ふけゆく鐘のこゑきけば・・・」
      は、名歌として喧伝されたという。

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 下々のことゝは別天地!、都を遷すなどという大へんな折でも、お公家さん
 たちは優雅に月を愛でるのであります。


    
    
    

                                                                  


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