* 平家物語(百二十句本) の世界 *

千人を超える登場人物の殆どが実在の人とされ、歴史上”武士”が初めて表舞台に登場する
平安末期の一大叙事詩です。

第百句『藤戸』

2012-04-15 10:24:13 | 日本の歴史

    浅瀬を教わった漁夫を、他の者に教えないようにその場で殺してしまう“佐々木三郎盛綱”

<本文の一部>

 同じく九月十二日(寿永三年(1184))、三河守範頼、平家追罰のために山陽道へ発向す。
あいしたがふ人々には、足利の蔵人義兼、北条の四郎時政、侍大将には、土肥の次郎実平、その子
弥太郎遠平、和田の小太郎義盛、佐原の十郎義連、佐々木の三郎盛綱、比企の藤四郎能員、天野
の藤四郎遠景、一法房性賢、土佐房昌春を先として、都合その勢三万余騎、都をたって播磨の国へ
馳せくだり、室山に陣をとる。

 さるほどに、「平家の方の大将軍には、小松の新三位の中将資盛、同じき少将有盛、丹後の侍従
忠房、侍大将には、飛騨の三郎左衛門景経、越中の次郎兵衛盛嗣、上総の五郎兵衛忠光、悪七兵
衛景清を先として、五百余艘の船に乗り、備前の国児島に着く」と聞こえしかば、源氏三万余騎、播磨
の室山をたって、備前の藤戸へぞ寄せたりける。

 源平両方、海のあはひ五町あまりをへだてたり。船なくしてはたやすく渡るべき様もなし。船はあれど
も、平家方に点じ置きたれば、「源氏方には船なし」と見て、平家方よりはやりをの者ども、小船に乗りて
おし浮かべ、扇をあげて、「源氏、ここを渡せ」とぞまねきける。されども、船なければ渡るにおよばず。

 むなしく日数をおくるほどに、同じき二十五日の夜に入りて、佐々木の三郎盛綱、この浦の遠見をする
よしにて、浦の男を一人かたらひて、「や、殿。『ここを渡さん』と思ふはいかに。馬にて渡すべき所はなき
か」と問へば、「案内知らせ給はでは、悪しう候ひなん」と申す。そのとき佐々木の三郎、小袖と刀を取ら
せて、「知らぬことはよもあらじ。教えよ」と言ひければ、「たとへば、川の瀬の様なる所こそ候へ。この瀬
が不定にして、「月がしらには東に候。月の末には西に候。馬の脚のおよばぬ所は、三段にはよも過ぎじ」
と申す。「うれしきことを聞きつるものかな」と思ひて、家の子、郎等にも知らせず、人ひとりも具せず、裸に
なりて、この男を先にたて、渡りてみれば、げにも、いたう深うはなかりけり。・・・・・・・・・・

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<あらすじ>

(1) 平家追罰のため山陽道に進んだ“源範頼”の源氏勢三万余騎の「武者揃え」を記す。
   寿永三年(1184)九月十二日、大将軍に三河守範頼、足利の蔵人義兼(頼朝の従弟)、北条四郎
   時政、侍大将には土肥次郎実平、その子遠平、和田の小太郎義盛らの名をあげ、都から播磨の国
   へ下り、室山に陣を敷いた。

(2) 一方平家勢は、大将軍に小松の新三位中将資盛、少将有盛、丹後の侍従忠房(以上三名は兄弟)
   侍大将には飛騨の三郎左衛門景経、越中の次郎盛嗣、悪七兵衛景清ら五百余艘の船に乗り、備前
   の国児島に着陣する。 これを聞いた源氏勢は室山を立って備前の藤戸に着く。源平両軍の間“五町
   余り”だが、平家に船はあるが源氏には船が無く海を渡ることができない。

(3) 空しく日を重ねる中、源氏の佐々木盛綱は地元の漁夫に声をかけ、馬で渡れる浅瀬や流れの様子
   を詳しく聞き出し、そのまま自ら裸になって海に入り確かめる。そしてその男が他の源氏武士に同じ
   ことを教えられては“まづい”と、その場で殺してしまった。九月二十五日の夜のことである。

(4) 翌二十六日午前八時ごろ、佐々木盛綱主従七騎は馬を海に乗り入れ、大将の範頼の“制止”を振り
   切って前進し、これを見た土肥実平も乗り入れ、続いて全軍が乗り入れた。 平家軍は“びっくり”して、
   猛烈に船から矢を放ち奮戦するが、一日戦い暮らして夜に入り遂に“退却”を始め四国へと落ち延び
   戦は源氏勢の勝利に終わったのであった。
    この「藤戸の先陣・戦功」により、佐々木盛綱は頼朝から備前の「児島」を賜ったと云う。

(5) 九月二十五日都では源義経が“五位”に叙せられ、「大夫の判官」と呼ばれた。 そして十月都では
   後鳥羽天皇の“大嘗祭”(新帝の即位後初の新嘗祭)が行はれ、源九郎義経が先陣に供奉したが、
   二年前の、安徳天皇の際の平家公達の供奉と異なり、似ても似つかぬ“やぼったさ”と酷評される。

(6) 源氏勢は、“藤戸の勝利”に続いて攻勢を加えれば、その年のうちに平家が壊滅する筈であったが、
   大将の範頼は高砂辺に軍勢を留めて、遊女などを集め酒宴に遊び戯れ月日を送り、遂に元暦も二年
   (1185)となってしまった。

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