* 平家物語(百二十句本) の世界 *

千人を超える登場人物の殆どが実在の人とされ、歴史上”武士”が初めて表舞台に登場する
平安末期の一大叙事詩です。

第八十三句「兼平」

2010-09-13 08:58:45 | 日本の歴史

       大津の打出浜で再会を喜ぶ右下隅の“兼平”と対面の“義仲”、
           そのすぐ後ろに続く
”の主従の一団。

<本文の一部>

 さるほどに、木曽は「もしもの事あらば、院をとりたてまつり、西
国の方へ御幸なしたてまつり、平家とひとつにならん」とて、力者二
十余人用意しておいたりけれども、「院の御所には、義経の参り給い
て守護したてまつる」と聞こえしかば、「力およばず」とて、数万騎
の大勢の中に駆け入り、討たれなんずること度々におよぶといへども
駆けやぶり、駆けやぶり、通りけり。

 「かくあるべしと知りたりせば、今井を瀬田へはやらまじものを。
幼少より『死なば一所にて、いかにもならむ』とちぎりしに、所々に
て死なんことこそ本意なけれ。今井が行くへを見ばや」とて、河原を
上りに駆けけるに、大勢追っかくれば、とって返し、とって返し、六
条河原と三条河原の間、無勢にて多勢を五六度まで追っ返す・・・

 木曽殿は、信濃より巴、款冬(やまぶき)とて二人の美女を具せられ
たり。款冬は労ることありて、都にとどまりぬ。巴は七騎がうちまで
も討たれざりけり。そのころ齢二十二三なり。色白く髪長く、容顔ま
ことに美麗なり。されども大力の強弓精兵、究強の荒馬乗りの悪所お
とし。いくさといへば札よき鎧着て、大太刀に強弓持ち、一方の大将
にさし向けられけるに、度々の高名肩を並ぶる人ぞなき。

 大津の打出浜にて、木曽殿に逢いたてまつる。一町ばかりより、た
がひに「それ」と目をかけて、駒を早めて寄せ会はせたり。
木曽殿、今井が馬にうち並べ、兼平が手を取りて、「いかに今井殿、
義仲は、今日六条河原にていかにもなるべかりしかども、幼少より
『一所にていかにもならん』とちぎりしことが思はれて、かひなき命
のがれ、これまで来れるなり」とのたまへば、「さん候。兼平も、瀬
田にていかにもなるべう候ひつるが、君の御行くへのおぼつかなさに
敵の中に取り籠められて候ひしを、うち破りてこれまで参りて候」
と申す・・・・・・・
 

         (注)カッコ内は、本文ではなく“注釈”記入です。
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<あらすじ>

(1) もし瀬田・宇治の合戦に敗れることがあれば後白河院を拉致し
  て、西国に向かい平家の軍と合流しようとの腹づもりであった
  義仲は、院の御所がすでに義経の守護することを知り、こゝに
  至り最後の覚悟を決めて、東国の大軍勢の中に突っ込み駆け入り
  駆け破り、何度も危うい場面に逢いながら切り抜け、粟田口松坂
  にまで落ちのびてくる。

(2) 昨年、五万の大軍で信濃を進発した義仲軍も、ついに主従七騎
  となってしまったが、離れ離れになっていた今井兼平と大津の
  
打出浜で再会を果たすことができた。(文初掲出の絵巻)
   ここで敗走中の自軍の兵が、そこかしこから集まり三百余騎に
  までになった。

(3) 義仲は、最後の一戦をと願い近くに居た武田源氏の一条(武田)
    忠頼軍の六千余騎の中へ突っ込む。左右十文字に駆け破り,更に
    千余騎の
土肥実平の勢を駆け破って出たところで五十騎あまり
    となり更に東国の諸勢の中を突破するが遂に主従五騎となる。

(4) 義仲は、最後まで残った召使いの“”に、落ちのびて後世の
  供養を命じるのであった。
  「良い敵が現れれば、義仲殿に最後の戦いをお目にかけたい」
  と願った“”は、たまたま遭遇した武蔵の国の恩田八郎師重
  
の三十騎ばかりの中へ駆け入り、武蔵の剛の者と云われた師重
  
に組みつき、その首をねじ切ってしまう。
   この後、“”は泣く泣く東国に向けて落ちて行ったと伝え
  られる。

(5) 義仲は、兼平に勧められて粟津の松原で“自害”しようと馬を
  乗り入れるが、不覚にも泥田に踏み込み抜け出せぬまゝ、兼平
  
を案じて振り向いたところを、相模の国の石田為久に額を深々
  と射られ、遂に首を取られ生涯を閉じたのであった。
   元暦元年(1184)正月二十日のことである

(6) 義仲を討ちとったとの“名乗り”を聞いた兼平は、今はこれま
  でと敵軍の目の前で、太刀を口に含んで馬から真っ逆さまに落
  ち、自らの太刀に体を貫かれて壮絶な最期を遂げたのであった。

(7)  正月二十四日、義仲兼平などの首級が都大路を引き回され
  たと云う。

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