台湾に渡った日本の神々---今なお残る神社の遺構と遺物

日本統治時代に数多くの神社が建立されました。これらの神社を探索し神社遺跡を紹介するものです
by 金子展也

能高寺の手水鉢

2017-12-17 09:14:11 | 日本統治時代の遺構と遺物

2016年に埔里図書館に訪問した際、職員から館内に展示されている手水鉢を見せてもらった。説明書には、隆生橋(埔里鎮隆生路2段)の付近で発見されたものとある。この手水鉢には「大正十二年十一月吉日 佐藤善次奉納」と刻まれており、当時の能高寺(真宗本派本願寺埔里布教所)に埔里で土木業を営む佐藤善次が奉納したものであると書かれている。

能高寺は、昭和6年(1931)10月27日に霧社事件で亡くなられた殉職殉難者139人の1周年法要が行われた場所でもあった。

現在は埔里基督長老教会(埔里中山路2段)となっている。


 




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