台湾に渡った日本の神々---今なお残る神社の遺構と遺物

日本統治時代に数多くの神社が建立されました。これらの神社を探索し神社遺跡を紹介するものです
by 金子展也

台東廳 新港祠

2008-12-20 22:28:34 | 台東廳
新港祠は昭和2年(1927年)に高砂族教化指導のために建立された。マラウラウ祠とも呼ばれ、一般住民の寄付により現在の公民路の小高い丘に建立された。当時の新港祠は神苑が狭く、また比較的さびしそうな場所にあったため、住民の寄付により現在の三民里にある新港中学校(グランド西側の高台)に移されたとのことであった。
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台東廳 呂家祠

2008-12-20 22:26:14 | 台東廳
呂家祠は利嘉国民小学の裏にある。保存状態は良いほうであるが、以前はごみ捨て場にちかかったと、この神社を保存している卑南族の陳さんが言っていた。
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台東廳 シャラパワン祠

2008-12-20 22:20:24 | 台東廳
シャラパワン祠は台東県の海側に建立された部落神社の中では比較的内陸に入った泰源村にあった。全くの山の中にあるため、あくまでも神社の対象は当地の原住民であるアミ族のためだけであった。神社は泰源浄水場の裏山にあり、基壇の上には本殿を取り除き新しく「阿弥陀仏」と刻まれた石碑が置かれていた。
場所が大変分りにくいが、泰源村の派出所の方に向かって登って行くと兒童学佛成長營がある。神社遺跡はその裏の泰源浄水所奥にある。
コメント (3)
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