付け焼き刃の覚え書き

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「天地明察」 冲方丁

2010-06-16 | 時代・歴史・武侠小説
 碁打ち衆として幕府に使える渋川春海だったが、彼が真に関心があるのは算術。江戸に来て神社の絵馬に書かれた数学問題を見た春海は感動にうちふるえる。
 そんな春海に、日本各地を回る天文観測への参加が命じられるのだが……。

 日本の暦を作り直した天文学者の半生を描いた時代小説で、吉川英治文学新人賞とか本屋大賞をとっただけあって確かに面白い。参考文献として書名を上げられ、その中に掲載してあった書簡の1節を引用された研究者がインターネットのブログにて、史学的には間違いがあることを人の研究を使ってもっともらしく書いてくれて困ったもんだ……と文句を言ってますが、私たちが娯楽として読む分にはまったく関係ありませんし、この本を孫引きして歴史研究しようというのは隆慶一郎を読んで徳川家康を研究するのと同じことで、そんな研究者はそもそも論外ですよね。

『今日が何月何日であるか。その決定権を持つとは、こういうことだ。
 宗教、政治、文化、経済--全てにおいて君臨するということなのである』

 たかが暦。されど暦。

 冲方丁はシュピーゲルのシリーズで、サイバーパンクをそのまま表現したような文章に目が回ってお手上げしてしまいましたが、こちらはきちんとした歴史小説の文体なので安心して読めました。
 人物の配置も巧くて手堅いですよね。才能も実力もあるけれど今ひとつ自覚がない、昼行灯と呼ばれそうな主人公。勝ち気で銭勘定には厳しいヒロイン。ライバルともいうべき同年齢の孤高の天才。同じくライバルともいえる年下の天才少年。一歩間違えば少年マンガになりそうな構図ですが、ライバルがそれぞれ算術の天才であり碁の天才なので、本筋として単純なライバル対決にはならないのですね。主人公を厳しく叱咤して押し上げる存在となります。それぞれがそれぞれの分野で頂点を極め、互いに影響を与えあってさらに研鑽を積んでいく緊張感だけがあります。
 主要な登場人物に暗愚な上司とか卑劣な敵とか出てこないのも安心して読めるところ。もちろん障害が幾つも行く手に立ち塞がりますが、基本的にそれらは硬直して旧態依然とした組織や制度であり、全貌が見えない天体の運行なのです。そういう意味では珍しい話ですね。名指しできる敵役がいないのですから。

 脳内イメージだと、春海はヤン・ウェンリー、水戸光圀は水戸コミケの黄門漫遊ミルク飴、大老酒井は神田隆……。
 それくらい情景が脳裏に浮かぶ話ということでご容赦を。

【天地明察】【冲方丁】【算術】【太陰暦】【水戸光圀】【安井算哲】【本因坊道策】【保科正之】【宣明暦】【関孝和】

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