事の起こりは、創造の時にあった
父と母は共に同じ親の子
父は親の左手にいまし
母は親の右手にいまし
父と母の最初の子
その最初の子は、あってはならぬ子だった
あってはならぬ子ゆえ、はや子ではなく
ただ後に兄と呼ばれるようになった
母が死に
父の悲しみから新たな子が生まれ出でるそのずっと前のこと
遊演体が新たなホビーの形を模索して運営した期間限定のライブ・パフォーマンス・ゲーム。
今でこそインターネット上のオンラインを「ネットゲーム」といってますし、それがすべてみたいに思われていますが、当時はネットゲーム88こそがオンリーワンでした。パソコン通信どころかファクシミリもまだ高嶺の花で、ほとんどのやりとりが郵便と電話でおこなわれた時代です。インターネット? それなに?
根の国の死女王の復活を画策する鱗在衆という一団があり、これを阻止しようとする壮闘衆との戦いが我々の知らないところで繰り広げられていた。だが、死女王の目覚めを前にどちらも裏切りや計算ミスによって壊滅状態になってしまう。
壮闘衆の指導者であった光海師は最後の力で、きわめて薄いながらも壮闘衆の血を引く者たちに復活を阻止するよう呼びかけ、できる限りの情報を夢を通じて送ろうとした。一方、鱗在衆頭目である紫嵐は、怪物の血を引く者たちの覚醒を促すと共に、光海和尚が送ろうとしていた紙片の一部を奪い去り手下に与えた。
この世界の秩序を維持するため、あるいは世界を変革するため、新たな壮闘衆、新たな鱗在衆が動き始めたのだ……。
この設定の下、プレイヤーは「=キャラクター」として「人間側/ゴッドハント」あるいは「怪物側/ゴッドバンド」に別れ、封印の3つの鍵、瞑府へ通じる死穴の位置などを求め、争うことになります。基本のシナリオは、死女王の復活を阻止することですが、全貌がつかめないままのスタートですから、みんなオフィシャル誌『朝朝ジャーナル』に掲載されているあらゆる情報、事件の記事からコラム、一行広告、連載小説にいたるまで手当たり次第に食らいついていきます。もはや読者投稿欄のメッセージがプレイヤーのものかNPCのものかすら定かではなくなります。まだAR(拡張現実)なんてものが形になっていなかった時代に、手に入る範囲のもので現実化しようとしていたのです。
なので、オフィシャルから送られるキャラクターデータやリアクション/アウトプットは他人に閲覧できないものと決められていました。自分の記憶は他人に見せられないから当然です。そのため、リアクションの到着が遅れて情報が届かないときは「まだ先月の記憶が戻っていませんが」というのがお約束。
キャラクター設定も「オカルト知識がある」とか「組織力があって人望もある」という設定よりも、実際にプレイヤー本人に司書資格があったり読書家だったり、あるいは日本全国飛び回ってコネクション作りに走った人の方が有名になってしまったゲームです。あくまで「活躍できる」……ではなく「ゲーム内の知名度が上がる」というところに注意。
増刊少年サンデーに連載されていたマンガへのファンレターが怪しい文書の断片だらけになったとか、渋谷SEEDの伝言板に怪しいメモが書き殴られていた、自衛官の間で怪しい手紙が行き交って検閲受けて事情聴取された、葬儀屋や新興宗教団体から手紙が届いたとかのエピソードは枚挙に暇がありません。
ストーリーも、たくさんの事件やNPCがどう絡むのか分かりません。本筋なのか枝道なのか、シリアスなのかギャグなのか、幕が下りるまで判断付かないのです。
いかにも怪しい陀厳宗の教祖、マサ小泉を追いかけた者は雪の月山で初詣を迎えて新たな信仰に目覚め、仮面トラッカーと中年仮面トラッカー隊とおやっさんは特訓を繰り広げ、覆面女子プロレスラーはひたすらレスリングの試合を繰り返しました。
当初は最有力とされていた謎のインド人の失踪を追いかけたプレイヤーも、波紋法の使い手や警視庁の警部、冒険家を巻き込んだ大冒険に巻き込まれ、ヒマラヤでのナチス残党との戦いを経由して最後はシャンバラの遺跡での大立ち回りとなりますが……それでも本筋から大ハズレの余談にすぎません。
とにかく、日本全国のプレイヤーとプレイヤーが手紙で知り合い、電話で情報交換し、実際に北海道の人間と四国の人間が大阪で会談し、ファックスが飛び交い、当時最新鋭のパソコン通信環境を整えるのに何十万とつぎ込み、ライブ会場では実際にNPCにインタビューし……といったゲームの枠を超えたゲーム。もちろんノリについていけずにクソゲーと評価する人もいましたが、仕方がありません。
当時、まだマイナーだったクトゥルフ神話や日本書紀や古事記から延喜式まで読みふけり、テーブルトークRPGや読者参加ゲームをプレイしていて、大学図書館の書庫に潜り込め、何もないところから何十人何百人とプレイヤーを集めて組織作ろうとしたりイベント開催したりしようとし、とにかくゲームのためには時間とお金はいくらでもかける……そんなピーキーなバカだけが生き残ったようなゲームです。
けれど、このゲームの興奮と熱狂を再現しようとして多くの人がかなわぬ泥沼にはまっていくことになります。ゲームは単にシステムやシナリオだけではなく、プレイヤーや時代がマッチングしてこそのゲームなのに……。
まさに、オンリーワンのロール・パフォーマンスでした。(2017/04/17)
新宿アルタじゃなくて渋谷SEEDだろ?と大角童子に指摘されたので訂正。うん。笑っていいともじゃないねん。なんで間違えたかなー?(*゜∀゜*)
あ、先日、30年ぶりに88呑み会やりました。物故者も既に何人か出ていて残念だったけれど、それでも30人ほど集結して8時間ほど呑みまくりながら熱く激論かわしてました。「あの終盤のストーリーはシステム的には許容されてもプレイヤーの心情的に許されない」「システムとシナリオとマスタリングが乖離していた」「初物だから初物好きなゲーマーに受けたのだ」「あの時の組織作りのポイントは……」「心優しいとか言われてますが、わたしはいっぱい殺してました」「だから、あのリアクションは……」と、まるで3ヶ月くらい前のイベントでもあるかのように、当時の思いとか裏事情とか吐露して回っていて、曰く「おまえら、みんな面倒くさい」。
まあ、みんなあれで人生変わった人が多くて、「あのゲーム作ったのは私です」「あのTRPGデザインしました」「今度、新作でます」「公式ジャッジでアメリカ回ってました」「ネットゲームを記録に残したくて××書房から本だしました」「あのときやってたのと同じようなイベントを幕張メッセでやってるだけです」とか、いろいろ変わりすぎ、影響されすぎだー。
ところで、当日の記録が小冊子にまとまっているので、閲覧希望の88プレイヤーはご連絡ください。(2018/03/15)
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