鍛冶俊樹の軍事ジャーナル
(2023年2月27日号)
*太陽の男 石原慎太郎伝
猪瀬直樹・著「太陽の男 石原慎太郎伝」を読んだ。実に面白い本だが、読み始めてすぐに気が付くのは、これは猪瀬氏の石原慎太郎の名を借りた三島由紀夫論であるということだ。猪瀬氏には既にペルソナ三島由紀夫伝」(1995)という優れた三島の評伝がある。ならば、なぜ再び三島論を展開したのか?
三島についての研究書は山のようにあるが、3年前に出版された「暴流(ぼる)の人 三島由紀夫」(井上隆史・著)は、それらの集大成、決定版とも言ってよく、2020年読売文学賞を受賞した力作である。
井上氏は、この書の中で、猪瀬氏の「ペルソナ」を高く評価しており、「ペルソナ」の視点は「暴流の人」の中に十分生かされている。私自身も「暴流の人」で三島論の文学的視点はほとんど出揃ったと思っていた。
ところが今般、猪瀬氏は、三島の行動には、石原の強い影響があったとする、新説を打ち出したのである。「暴流の人」には石原への言及は、ほとんどないから、従来の三島研究にはない斬新な視点であると言えよう。
「暴流の人」に文学的に欠落した視点があったとは、思わない。文学的な視点において、それは完全無欠であり、三島の文学を論理的に説明できる視点が網羅されている。だがそれは、あくまで文学論であり、作品論であって三島の行動についての説明ではない。
文学研究としては当然であって、三島が強い関心を示していた政治や軍事にまで論点を拡大すれば、文学研究としては破綻を来すことは目に見えている。従って「暴流の人」が三島文学の研究の決定版であるのは間違いない。
三島は文学青年であったが、ほどなく認識と行動、精神と肉体、政治と軍事、生と死、文と武のパラドックスに強い関心をいだき、最期は文学と決別し武人としての死を選んだ。従って、その行動を文学的に解明することは不可能と言う事になる。
猪瀬氏は、この不可能に挑んだではあるまいか?三島の行動を、普遍的な文学論ではなく、石原という個人の行動から解明すると言う道である。ならば必然的に、文学論ではなく行動論にならざるをえない。エピローグから引用しよう。
『帰り際、石原さんは真顔になって同じ言葉を三回、繰り返した。「猪瀬さん、日本を頼む」玄関でていねいに頭を下げるのだった。こうして僕は今「院内」で赤絨毯が敷かれた議員席からあの淡い琥珀色のガラスの天井を見上げている。何か少しぐらい「日本」のために貢献できることがあればと思いながら』
これは猪瀬氏の行動宣言である。
(2023年2月27日号)
*太陽の男 石原慎太郎伝
猪瀬直樹・著「太陽の男 石原慎太郎伝」を読んだ。実に面白い本だが、読み始めてすぐに気が付くのは、これは猪瀬氏の石原慎太郎の名を借りた三島由紀夫論であるということだ。猪瀬氏には既にペルソナ三島由紀夫伝」(1995)という優れた三島の評伝がある。ならば、なぜ再び三島論を展開したのか?
三島についての研究書は山のようにあるが、3年前に出版された「暴流(ぼる)の人 三島由紀夫」(井上隆史・著)は、それらの集大成、決定版とも言ってよく、2020年読売文学賞を受賞した力作である。
井上氏は、この書の中で、猪瀬氏の「ペルソナ」を高く評価しており、「ペルソナ」の視点は「暴流の人」の中に十分生かされている。私自身も「暴流の人」で三島論の文学的視点はほとんど出揃ったと思っていた。
ところが今般、猪瀬氏は、三島の行動には、石原の強い影響があったとする、新説を打ち出したのである。「暴流の人」には石原への言及は、ほとんどないから、従来の三島研究にはない斬新な視点であると言えよう。
「暴流の人」に文学的に欠落した視点があったとは、思わない。文学的な視点において、それは完全無欠であり、三島の文学を論理的に説明できる視点が網羅されている。だがそれは、あくまで文学論であり、作品論であって三島の行動についての説明ではない。
文学研究としては当然であって、三島が強い関心を示していた政治や軍事にまで論点を拡大すれば、文学研究としては破綻を来すことは目に見えている。従って「暴流の人」が三島文学の研究の決定版であるのは間違いない。
三島は文学青年であったが、ほどなく認識と行動、精神と肉体、政治と軍事、生と死、文と武のパラドックスに強い関心をいだき、最期は文学と決別し武人としての死を選んだ。従って、その行動を文学的に解明することは不可能と言う事になる。
猪瀬氏は、この不可能に挑んだではあるまいか?三島の行動を、普遍的な文学論ではなく、石原という個人の行動から解明すると言う道である。ならば必然的に、文学論ではなく行動論にならざるをえない。エピローグから引用しよう。
『帰り際、石原さんは真顔になって同じ言葉を三回、繰り返した。「猪瀬さん、日本を頼む」玄関でていねいに頭を下げるのだった。こうして僕は今「院内」で赤絨毯が敷かれた議員席からあの淡い琥珀色のガラスの天井を見上げている。何か少しぐらい「日本」のために貢献できることがあればと思いながら』
これは猪瀬氏の行動宣言である。