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ホルマリンのマンネリ感

北海道在住、ホルマリンです。旅行、怪しい珍スポット訪問、廃墟潜入、道内ミステリー情報、昭和レトロなどなど…。

秘境・オタモイ海岸

2015-07-15 23:29:37 | ホルマリン漬け北海道 秘境編
数々の悲話が残る、小樽市最後の秘境。
(2008年4月取材 当時の文に加筆・修正)





 小樽市の北部に「オタモイ」という地名がある。なんとも奇妙な響きのこの名前は「砂の入り江」を意味するアイヌ語からきているそうだ。現在小樽で唯一のカタカナ地名である。
 で、そのオタモイ地区の住宅街を抜け、小さな山を越えたところに「オタモイ海岸」はある。急勾配、急カーブが連続する細道をかなり降りたところにあるこの場所は、澄んだ青い海に断崖絶壁が続く雄大な景色で、「秘境」という言葉がピッタリの場所だ。人はまばらで、聞こえてくるのは断崖絶壁に打ちつける波の音だけ。なんとも静かな場所である。

 にわかには信じがたいが、昭和初期、この場所には1日数千人が訪れたという一大リゾート地が存在していた。その名も「夢の里・オタモイ遊園地」。昭和11年、小樽市で割烹を経営していた加藤秋太郎という人物が、小樽の新たな名所としてつくり上げたものだった。遊園地はまるで竜宮城のような豪華なデザインでまとめられ、演芸場、相撲場、数々の遊具や食堂などといった施設が存在していたが、遊園地内のメインであったのは、崖の中腹に建てられた巨大な旅館「竜宮閣」であった。

 ここに、当時撮影された竜宮閣の写真がある。


こりゃ~
すごい!!

いやいや、もう建物のほとんどが海に張り出しているではないか!当時の技術でよくこんな建物を建設したものだ。
そして清水寺のような何本もの支柱を見てほしい。実際、当時の竜宮閣は清水寺を越える迫力があるとも言われていた。

 ・・・それにしても、今にも崖から転げ落ちそうである。個人的にはこんな旅館じゃあのんびりくつろげたもんじゃない。



 これは在りし日のオタモイ遊園地の光景である(白黒写真に着色したものだろうか?)。たくさんの家族連れでにぎわうほほえましい写真であるが、この光景がオタモイ海岸に戻ることはもう二度とない。

 オタモイ遊園地は長くは続かなかった。昭和15年、当時の日本は戦争一色であり、リゾート地でのんびりとくつろぐ余裕などなかった。オタモイ遊園地は客足が遠のき、閉園に追い込まれてしまう。

 昭和27年、終戦とともに遊園地も再開の計画がたてられたが、再開直前の準備中に「竜宮閣」が漏電により出火。周囲が崖と海に囲まれているため消火活動もままならず、あっという間に焼失してしまった。この思わぬ事故で再開計画は幻となり、園内の施設もすべて解体、オタモイ遊園地はあまりにもあっけなく、その幕を閉じてしまったのであった。

 オタモイ遊園地の閉園後、跡地は遊歩道として整備された。海に迫る断崖絶壁の途中に作られた細くて頼りない道は、あまりにも高い所にあるためかなりのスリルを味わえたのだが、近年は崖崩れが多発し危険なため、通行が禁止されている。以前は遊園地の遺構を眺めながら竜宮閣の跡地まで行くことができたのだが、残念ながら現在はそれも不可能だ。


↓※以下の取材は2008年のものです。
現在、オタモイ海岸の遊歩道は崖崩れで原則立ち入り禁止、最近は道が崩落し相当危険な状態ですので訪問はお勧めできません!
(冗談抜きで命の保証ナシです)
・・・僕のヘタッピ写真で我慢していただきたい。


小樽運河より車で約15分。オタモイ地区に入りローソンの角を曲がると、しばらくして「オタモイ海岸」と書かれた小さな看板が現れる。それを頼りに山道を登ってゆくと、オタモイのシンボルである立派な「唐門」が見えてくるはずだ(写真がなくて申し訳ない)。こちらの建物は、当時オタモイ遊園地の入り口にあったゲートを移築、復元したものである。
そして唐門の脇にあるのが、海岸へと降りてゆく細道。かなり狭いヘアピンカーブが7つも連続して現れ、しかも急勾配である。
道を降りた先には、だだっ広い駐車場がある。実はこの場所は当時、演芸場・相撲場・弁天食堂があった場所で、建物の基礎も残っている。
この駐車場までは現在も行くことができるので、興味を持った方はぜひ。

そしてここからがオタモイ海岸のハイライト・崖沿いの遊歩道だ。
念を押すが、現在の訪問は止めた方がいいです。命の保証ナシです。



崖に沿って作られた恐ろしく細い遊歩道を行く。かなり高い所に作られていて、高さは50メートルほどだろうか。崖には落石を防ぐ防護ネットが張られているが、たび重なる落石によってもうグニャグニャである。実際、取材当時の2008年も相当危険であり、途中にも土砂崩れの痕跡とみられる跡が数か所見受けられた。
そして見えてくるのが、なんともかわいらしい、そして不思議な雰囲気を漂わせている「唐門」だ。オタモイ遊園地の数少ない遺構のうちの一つである。中は小さな手彫りのトンネルになっていて、通りぬけるときは異界の地へ入り込むような不思議な感覚になってしまった。

トンネルを抜けると、いよいよ竜宮閣の跡地が見えてくる。当時の写真と見比べていただきたい。



御覧のようにわずかな部分だけ海に張り出していて、現在は竜宮閣の基礎を利用した展望台になっている。遊歩道内で一番のビュースポットである。
かなり狭い展望台であることがお分かり頂けるだろうが、こんなところに3階建ての巨大な旅館が建っていたのである。建物の半分以上が海に飛び出していたことになる。いや~すごいね。


…それにしても、この場所に旅館を建築するとは相当な作業だったに違いない。資材は海から船で搬入し、クレーンでつり上げたという。


展望台から、さきほど歩いてきた遊歩道を見る。いや、今までこんな道を歩いていたのか!よく崩れなかったもんだ(笑)。なんだか、スペインにある「王の小道」(ダム建設のために断崖に作られた恐ろしく細い道)を思い出した。
それにしても、崖沿いに作られた細道って、見てるとわくわくしてこないか?(しないか・・・。)


展望台の向かいには、崖をくりぬいた祠が造られている。入り口には比較的大きな唐門が建っているのだが、こちらは先ほどの物と比べてかなりボロボロである。海風をモロにくらっているのだろうか。
祠の中はというと、こちらもボロボロで、ろうそくが燃えているだけ。後ろの方には焦げたような木材の残骸が積み上げられていた。壁も煤のようなもので真っ黒。以前パソコンで見た写真には立派な赤い祠があったのだが・・・。どうやら最近になって、ろうそくの火が移ったか何かで燃えてしまった可能性がある(悲)。



さて、ここから道はさらに狭くなる。遊歩道はこの先にある「オタモイ地蔵尊」まで続いているようである。遠くに見える木造の建物群がそれであろう。
再び手彫りのトンネルを2つほど通りぬけるが、ゴツゴツした壁がなんともいい感じ。意外と長く、そして低いので、頭をかがめないと通れない。



トンネルの出口には「佐一郎地蔵」というものがあった。この地蔵は、竜宮閣の建設途中に誤って崖から落ちて死亡した1人の作業員を供養して作られたという。


遊歩道を最後まで歩き、「オタモイ地蔵尊」についた。オタモイ地蔵は、遊園地が建設される以前からここにあり、子授けなどのご利益があるそうだ。
こちらの地蔵は、かつて積丹の海で身投げし、この地に流れ着いた妊婦の遺体を供養するためにつくられたと言われている。こちらもなんとも悲しげな伝説である。
ちなみに、建物の横についている看板は、かつて売られていたお土産の名残と思われる。


この場所からは、今まで歩いてきた遊歩道や、竜宮閣の跡地が良く見える。

ここに「竜宮閣」があった!!


前ページの当時の写真と見比べていただきたい。よくみると、展望台の下には、当時の竜宮閣を支えていた支柱の基礎部分がまだ残っているのが確認できる。たくさんのコンクリートの塊のようなものがそれだ。


いかがだっただろうか。小樽にこんな場所があると知っていた方、結構少ないのでは?個人的にはかなり好きなスポットなので、遊歩道をしっかり整備し、ぜひまた行けるようにしてほしいものだ。

ここは、数々の悲話が残る、小樽の秘境の地である。


2014年夏、禁断の6年ぶり潜入レポートこちら!!
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オタモイ海岸 6年ぶり潜入レポ・その5

2014-08-01 22:48:46 | ホルマリン漬け北海道 秘境編
小樽最後の秘境 オタモイ海岸
今回で最終回です。

午前7時40分、「オタモイ地蔵尊」に着きました。



オタモイ海岸の最深部であり、最終到達地点です。地蔵尊の扉は閉じられておりました。
年季の入った建物の壁には、全盛期に売られていたと思われる「地蔵せんべい」のホーロー看板が。「参拝記念に!」の文字が泣かせる。
ともかく貴重な遺物だ。

地蔵尊周辺は広場になっており、参拝客用のベンチや住人の生活道具が並んでいましたが、人の気配は無し…。



おそらく、こちらが管理者の住居。1階部分はかつて商店を営んでいたと思われます。
ガラス戸から内部をのぞいてみると、年代物の自動販売機がいくつか並んでいて、時間が止まっていました。中に入ってじっくり観察したい~!

既に人が去ってしまった後なのかと思っていましたが、カーテンの閉まりきった2階から人の話し声が聞こえたような気がしました。
もしかしたら…まだひっそりと生活を続けている?

しかし、ここまで来る道中はクモの巣だらけだったぞ。
ここの住人、今まで歩いてきた断崖絶壁の遊歩道を原付バイクで移動しているという武勇伝をお持ちでしたが、現在は危険なので止めてしまったのでしょうか。

噂によると、ここからも山の向こうの住宅街に抜ける山道があるらしいですが、よくわかりませんでした。


海を見下ろす場所に小さなベンチが。「シャングリ・ラ」という単語が頭に浮かぶ。
オタモイ海岸の最後の住人は、この場所に腰掛けて何を思うのでしょうか。

ここはオタモイの最後の楽園だ。
しかし、いつ崖崩れに飲みこまれて消えてしまうか分からない。


この場所からは、今まで歩いてきた断崖絶壁の遊歩道を遠くに見る事ができ、なかなか良い眺めです。
往時の様子と比べてみましょう!

ここに「竜宮閣」が建っていた!!

          ↓


土台部分や支柱の基礎部分が見事に残っているのがお分かりでしょう。
窓から眺める夕暮れ時の光景は最高で、遊園地内の名物であったと聞きます。



秘境の地蔵尊周辺を散策し、断崖絶壁がつくりだす壮大な景色を眺める。
結局、この場所にまだ住人が居るのかはよく分かりませんでしたが、人の気配が無いわけではない。
勝手に侵入してここまで来てしまったので、あまり長居していたら怒られるかもしれない。

名残惜しいですが、このへんで引き返すことにしました。


遊歩道をひたすら戻り、
午前8時10分、生還。
案内板の立つ広場に帰ってきて、なんとか死なずに済みました(笑)。



最後に。
せっかく小樽に来たので、このまま札幌に帰るのはもったいない。
小樽の中心部まで戻り、「小樽市博物館 運河館」を訪問しました。
こちらにオタモイ遊園地の展示があると聞いていたのです。

「小樽市の歴史」など館内の見物もそこそこに、お目当てのオタモイコーナーへ。
こぢんまりとした展示が端っこの方にありました。



オタモイ遊園地の資料は現存するものが数少なく、非常に貴重なのだそうです。
竜宮閣で使われていたという食器や、従業員の制服が残っているというのは素晴らしい!現物を見る事ができて感動です。


オタモイ遊園地の絵ハガキと、案内のパンフレット。じっくり拝見させていただきました。

この博物館には、オタモイ遊園地の現役時を収めた貴重な動画も収蔵されているという事でしたが、現在は公開していないようです。
残念だなぁ。見られるかと期待して訪れたんですが。

小樽運河周辺をブラッと散策し、小樽駅でオタモイ遊園地の繁栄に思いをはせながら「和風きのこパスタ」を食べて、JRで札幌へと帰りました。



おそらく、もうオタモイ海岸を訪れる事は無いでしょう。
思い出もたくさんあるお気に入りの場所なのですが、また今回のような危険を冒してまで探検するのは嫌ですので…。
これからは、こうした記事で記録に留めておくとともに、自分の記憶の中に残していくのみにしたい思います。

今回、6年ぶりの訪問をしてみて分かりましたが、あれほど傷んでしまった遊歩道を補修し、人々に開放するのはもう不可能だと思われます。
これからもあの場所は少しずつ崩壊の危機にさらされ、ひっそりと、人知れず存在し続ける事でしょう。

そして崖崩れに飲みこまれて完全に消えてしまう時、オタモイ海岸は「幻の遊園地」の記憶とともに海の底に沈み、伝説の場所となる。
それがいつになるのかは、誰にも分かりませんが。


オタモイ海岸 6年ぶり潜入レポート
完。

お読みいただきありがとうございましたm(__)m

※オタモイ海岸の遊歩道について。
近年は大規模な崖崩れが頻発しており、柵が壊れた箇所が存在し道も崩れかけています。また、いつ崖崩れが起きてもおかしくない状況のため非常に危険です。訪問はお勧めできません。

詳しくはこちら。
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オタモイ海岸 6年ぶり潜入レポ・その4

2014-07-31 15:25:18 | ホルマリン漬け北海道 秘境編
小樽最後の秘境 オタモイ海岸
おまたせしました!第4回目です。


「オタモイ地蔵尊」を目指して、さらに奥へ進みます。


ご覧のように、道はさらに狭くなってきました。ギリギリまで崖が迫ってきていて、頼りない砂利道が怖すぎます。まず、柵もちゃんと固定されているのかどうか…。
もし崩れ落ちたら50~60メートル下にまっさかさまですね。


「竜宮閣」跡地を覗き込んでみます。

(↑「オタモイ遊園地」の当時の絵ハガキ。ネット上より拝借)
     ↓

土台跡や支柱の基礎部分が未だに残っているのが凄いです!こりゃ~もう遺跡だな!!


ステキな手掘りトンネルを2つくぐり抜けます♪
かなり小さめなので、思いっきり腰をかがめないと通れません。トンネル内は真っ暗なので、まるで「胎内めぐり」のようです。





2個目のトンネルは直角に曲がっていて、傾斜も結構ありました。遊園地のお客さん達は、こんな狭いところをゾロゾロ通って参拝していたんですな~。ロマンですな~。

そしてトンネルを抜けると静かに立っているのが「佐一郎地蔵」。竜宮閣の建設途中に、誤って崖から転落して亡くなった一人の作業員を供養して作られたといいます。こちらにも新しい花が供えられてありました。
…この辺は崖崩れが頻繁に起きているらしく、お地蔵さんを守る鉄のポールがボッキリ折れていました(汗)







遊歩道は草木の中へと入って行き、再びデカイ虫やクモの巣と格闘。
苦労しながら進んでいくと、アジサイの花に囲まれた小さな祠が現れました。


不気味なほどに鮮やかなアジサイ。まるで人工的に着色されたかのよう。その中にたたずむ祠はなんだか幸せそうです。
遊歩道が崩れて消えてしまったら、ここの神様は人々から忘れ去られてしまうのでしょうか。


最後にご立派な巨大クモの巣が現れ、不気味な主が真ん中に鎮座しておりました(汗)。
できるだけ壊さないように下をくぐり抜け…。

午前7時40分、オタモイ地蔵尊に到着。



次回・・・最終回です。
オタモイ海岸の最後の住人には会えるのか!?


続く。
コメント (2)
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オタモイ海岸 6年ぶり潜入レポ・その3

2014-07-26 10:01:35 | ホルマリン漬け北海道 秘境編
※遊歩道への侵入はオススメできません。道が崩落寸前で下手すりゃ死にます。どうか訪問はなさらぬよう!!

小樽最後の秘境 オタモイ海岸
命がけの潜入レポ・その3です。
第1回目はコチラ、第2回目はコチラからどうぞ!


ボロボロの祠の内部へ。
しっかり手を合わせて内部を撮影させていただく。ちなみに生きて帰れるように本気でお願いしました(笑)。




過去の写真を見ると立派な朱塗りの祭壇があったようですが、2007年訪問時にはボロボロの木材の残骸が散乱しており、洞窟内は煤のようなもので真っ黒でした。
どうやら何かしらのトラブル(ろうそくの灯が移って燃えた?)で焼失してしまった可能性がある。
現在はキレイに片付いており、小さな祭壇が。掃除道具が立てかけてあったが、洞窟内のお手入れ用でしょうか?
・・・新しい花が供えられてあったので、現在でも人は来ているようです。

洞窟内には「御賜恵遊園地 開拓功労者」と彫られた石板が。前回訪問時には気づきませんでした。

これは恐ろしく貴重だ。もちろん、オタモイ遊園地を作り上げた加藤秋太郎の名前が初めに彫られてあります。

祠を出て、ついに展望台へ。



いや~、綺麗だ。
海に張り出した小さな展望台ですが、往時はここに3階建の旅館「竜宮閣」が建っていたというのだから信じられません。
崖からはみ出した建物は何本もの支柱に支えられて崖に固定され、あの「清水寺」を凌ぐ迫力があるとも言われていました。
昭和27年に、竜宮閣は漏電によるトラブルにより全焼。オタモイ遊園地が幕を閉じるきっかけとなってしまいました。

火災後に残った竜宮閣の基礎部分を転用して、現在は展望台になっているわけです。


今まで歩いてきた道と、これから歩いていく道が見えます。
どれだけ頼りない道なのかがお分かりいただけるでしょう。

2008年の様子と比べてみましょう!
(2008年)

           ↓
(2014年)


草木がボーボーになっているのは季節の関係で仕方ないですね(2008年のは4月撮影)。休憩用のベンチが朽ち果てて無くなっている以外はそれほど変化はないですね。


「竜宮閣」の痕跡を探してみます。


・・・土台部分が結構残っています♪
以前のレポートでは、竜宮閣の遺構を撮影した写真が全くないのが気がかりでした。崖崩れでなくなってしまう前に記録しておかなければ・・・とずっと考えていたわけです。

ちょっと怖いけど・・・身を乗り出して下も覗き込んでみます。
あまりの高さに手が震えています(;^_^)


なんと鉄骨の切れ端みたいなものや、支柱の基礎部分であったブロックがバッチリ見えました!木の板まで残っていますよ!!
どうして前に来た時はこんな貴重なものを撮影していなかったのでしょうか!?

目を凝らして見ると、草木の中に同じようなブロックがずら~っと並んでいるのが見えました。
季節によってはもっと見えそうですね。秋ごろにまた来る?(←もうヤダ。)



展望台からの眺めはスバラシイです!

まるで積丹。小樽運河から車で15分そこらの場所に、こんな秘境が隠されているんですよ。
まだ知らない人もたくさんいるんだろうな~。
現在は基本的に立ち入り禁止になってしまっているので、人が来られない本当の秘境になってしまっていますがね。
皆さん、危険なので訪問はオススメできません!

雄大な景色の向こうに見えるのは「オタモイ地蔵尊」です。

ありゃりゃ、なんかズゴイ崖崩れの跡が見えるんですけど・・・。
断崖絶壁の遊歩道はあの場所まで続いています。地蔵尊の管理者の方が住んでいるはずなんですが。
現在はどうなのでしょうか。


次回!
崩落寸前の道を歩き、激狭の手掘りトンネルをくぐり抜けて…。
オタモイ地蔵尊を目指します。



続く。
(学校のテストがあるので遅くなるかもです・・・)
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オタモイ海岸 6年ぶり潜入レポ・その2

2014-07-23 21:58:37 | ホルマリン漬け北海道 秘境編
小樽最後の秘境 オタモイ海岸
6年ぶりの訪問記、前回からの続きです!


広場にあった案内看板

当時の竜宮閣の写真や絵葉書と共に、オタモイ遊園地の歴史が説明されています。なお、この説明板が立っている場所は、かつて「弁天食堂」があった場所らしいです(右の写真。説明板より拝借)。


・・・ということは、これは弁天食堂の土台跡?

意味ありげに空いた2つの穴。中にはタバコが捨ててあり、来客の灰皿と化していますが(←泣)、恐らく当時の遺構でしょう。いやぁ~、興奮してきますね!!


午前7時。

さぁ、ではオタモイ海岸のハイライトである遊歩道へと進んでいきましょう!!
・・・と言いたいところですが、遊歩道は崖崩れの危険性があるため、相変わらず立ち入り禁止の看板が立っています。
しかし状況は多少変化しており、完全に封鎖という訳でもないようです。
というのも、この遊歩道の先には「オタモイ地蔵尊」と、それを管理している方の住居があります。簡単にお地蔵さまを移動させる訳にもいかないのでそのままになっており、現在も参拝に訪れる方がいるので通行禁止にするわけにもいかない、というのが現状だということです。


実際、遊歩道の入り口は南京錠で鍵がかかっておりますが「オタモイ地蔵尊 鍵開けます 連絡ください 参拝の方」と書かれ、管理者の電話番号が載った看板が立てかけてありました。

という事で、勝手に侵入するのも嫌なので看板の番号にかけて許可をもらうことにしましたが…。
お客様のお掛けになった電話番号は、現在……

あれ?通じない?おかしいな。
もしかして管理者、とうとう引っ越しちゃった?


う~ん。これは先へ進んで現状を確かめるしかないでしょう。
ということで、許可はもらえませんでしたが柵を越えて潜入。
※注:遊歩道への潜入はオススメできません。この先の説明で分かると思いますが、道が崩落寸前で命の保証はありません。マネしないようお願いします!!



遊歩道へと入ってみたのですが…。
クモの巣がハンパないです(汗)。ものすごく立派なヤツが進むごとに現れて苦労します!
枝を拾って道を開拓しながら、おっかなびっくり歩いていきます(クモさん、ごめんねm(__)m)。


この様子では随分と人が来ていないようですね。
やはり、オタモイ海岸からはもう完全に人がいなくなってしまったのでしょうか…?


草木が生い茂る道をしばらく歩いていくと、視界が開けて崖沿いの遊歩道と、そこに貼りつく唐門が見えてきました。
いや~!この感じ、久々だなぁ!大好きな風景です♪


少し歩いたところで、遠くに小さく唐門が見えてきた。
うわぁ、これだ!ずっと見たかった風景。とても感動した。

・・・これはオタモイ海岸を初めて訪れた2007年、当時の取材ノートに書いてあった自分の感想である。当時中学生であったため、未熟な文章力でなんとか感動を伝えようと必死ですね(笑)。
この取材ノートは、当時撮影した数枚の写真とともにまとめたもので、現在でも大事に取ってあるんですが、あまりにも写真と文章が酷いので恥ずかしくて公開できません(^_^;)すいません。


で、ここから道は狭くなり、崖に貼りつくように高さ50メートルほどの高さをソロソロ進んでいくことになるんですが…
怖すぎる!!

↑この狭さですよ!!なんか6年前より狭くなってね?
しかも断崖絶壁が柵の下ギリギリまで迫ってきているので今にも崩れそうな感じ。
この辺はケータイで動画撮影しながら歩いていこうと思っていたんですが、足元見ていないとヤバそうなので止めました(笑)。


唐門まで来ました。ここらへんの雰囲気が本当に大好き。


内部は手掘りの小さなトンネルになっており、向こう側へ抜ける事が出来ます。
それにしても、破損箇所も少なく、しっかり残っていて安心しました。



唐門の短いトンネルを抜けるとついに・・・!
旅館「竜宮閣」の跡地である展望台が現れます!
久々に見るその光景・・・鳥肌が立ちました。

右が、竜宮閣が建っていた1930年代後半ごろ?の写真(オタモイ遊園地の当時のパンフレットより借用)。見比べてみてください!
すごく興奮しませんか?


いやいや、そんなことを言っている場合じゃなかった。
この辺は本当に危険でした(汗)。写真を見てください!↓

いやいや、これはマジで怖い。数十メートルの断崖絶壁の割れ目に、小さな橋が乗っかっている感じです。
・・・なんか体重かけたら橋ごと落ちそうなんですけど…。柵こわれてるし。

こりゃぁぁコワイわぁぁぁ」とかブツブツ言いながら、そぉ~っと早足で突破しました(笑)。
橋ごと崖下に転落する自分の姿が頭をよぎり、本気で死を覚悟しました。

そしてさらにイヤ~な事が。
この辺を歩くと、振動のせいなのか崖の方からパラパラという音が・・・(汗)。
く、崩れるんじゃないか…。


まさかこんなに危険な状況になっているとは思わなかった。
今回…生きて帰れるのか!?(^_^;)
クモの巣に怯えていた先ほどの状況が馬鹿馬鹿しく思えてきました。


竜宮閣跡地の展望台前には、当時に建てられた祠がそのまま残っていて、これまた良い雰囲気です♪
せっかくなので2008年の写真と比べてみましょう。

(2008年)                           (2014年)

おやおや。意外と崩壊していない。というかほとんど同じですね(*^_^*)安心しました。


次回!
竜宮閣の痕跡を探します。
相変わらず命がけです!


続く。
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