洛北の、鞍馬寺や貴船神社へ行く途中に見どころが多く有ります、ひっそりとたたずむお寺が有ります。あまり人の訪れないこのお寺こそ、あの絶世の美女「小野小町」が晩年を暮らした「補陀洛寺」(ふだらくじ)が有ります。
通称「こまち寺」と呼んでいます、天慶8年(945年)天台宗座主・延昌によって創建されました。
「小野小町」は御存じの通り、平安時代の歌人で、仁明天皇に仕え、崩御とともに宮廷を去り、余生を過ごした、有名な美女です。宮廷で華やかな暮らしを送った彼女ですが、晩年は零落して、陸奥の国まで放浪し、全国に「小野小町」のゆかりの地が有ります。
本堂には「小町寺」の額が上がっています。
宮中を出てからの「小野小町」は各地を流浪しましたが、終焉の地をここの寺に選びました。
しかし、晩年の彼女のやせ衰えた像が祀られているのは、このお寺だけだに有るそうです。
「小野小町すがたみの井戸」と言われており、最近まで水がわき出ていたという事です。
このお寺の、御本尊は「阿弥陀如来座像」「観世音菩薩坐像」「勢至菩薩坐像」(平安時代末期作)です。ここは撮影許可を頂きました。
「小野小町」供養塔です。
あまりにも有名な、「小野小町」の一首です。
花の色は移りにけりないたずらに
我が身世にふるながめせしまに
明日は、この晩年の「小野小町」像をお目におかけします。ワクワクこの、貴重な像も許可を得て撮影しました。
私一人の参拝者の為に、わざわざ本堂を解放頂き、御説明頂きました「補陀洛寺」様にお礼申し上げます。合掌。
注:延昌。平安時代中期の天台宗の僧。幼いころに出家し、比叡山に上って円人の弟子である玄昭に師事し顕教・密教を学んだ。